M&Aにおけるデューデリジェンスと バリュエーションについて①

はじめに

 近年、後継者問題の解決や企業の成長戦略として、M&Aは建設業に限らずあらゆる業界で増加しています。

 コロナ禍においては、譲渡価格が下がっている今が好機と考える企業や、苦境を乗り越えるべく経営の多角化に乗り出す企業など、積極的な買い手企業が増加していると言えます。一方、売り手側では資金確保や大手企業の傘下に入ることで安定したいといった傾向から譲渡を希望する企業が増えています。

 そのM&A交渉のベースとして必要不可欠なのがデューデリジェンスとバリュエーションです。コロナ禍を乗り切る戦略の一つとしてますますM&Aの重要性が高まっている今、今回から2回にわたりデューデリジェンスとバリュエーションの目的や実施プロセスを解説していきたいと思います。

多様なデューデリジェンス

 まず今回はデューデリジェンスについて解説していきます。

 デューデリジェンスを直訳するとDue=正当な、Diligence=勤勉・努力となり「当然に実施すべき注意義務および努力」といった訳になります。M&Aの現場においては、買収を成功させるために必要となる買収対象企業の情報・リスクの分析・調査、と一般的に認識されています。

 M&Aは統合後に大きな損失を被る可能性も高いため、対象企業のリスクを正確に把握しなければ適正価格の算定や的確な意思決定をすることはできません。リスクが高い領域は企業や業界によって異なるため、様々なデューデリジェンスが存在します。

 ・ 財務デューデリジェンス
 ・ 税務デューデリジェンス
 ・ 事業デューデリジェンス
 ・ 人事デューデリジェンス
 ・ 知財デューデリジェンス
 ・ ITデューデリジェンス

 その他にも不動産デューデリジェンスなど多岐にわたりますが、もちろんその全てを実施する必要はありません。買収対象企業の特性に合わせて特許が重要な製造業であれば知財デューデリジェンスを、赤字計上企業であれば税務デューデリジェンスをそれぞれ行う、というように案件に応じて適切なデューデリジェンスを組み合わせることが重要です。

 専門性が高いものが多く、これら全てを理解しておくのは困難なので、今回はM&Aにおいてほぼ確実に実施される財務デューデリジェンスにフォーカスし、重要論点や建設業におけるポイントをおさえていきたいと思います。

財務デューデリジェンスの概要

 財務デューデリジェンスは財務情報から対象企業の実態とリスクを抽出します。買収価額を決定づけるバリュエーション(企業価値算定)のベースを築くことが主たる目的となることが多いですが、他にも以下のようなことが挙げられます。

 ・ディールブレーカー(交渉破綻)要素の把握:重大な法令違反や訴訟案件など
 ・収益力の把握:PLの過去実績と将来予測の正確性など
 ・キャッシュ・フロー分析:資金繰りや設備投資の分析など

 目的は違いますが、実際の作業としては会計監査を受けることに似ている部分もあります。財務デューデリジェンスにおいても会計監査と同様に、対象企業の財務情報に誤りが存在しないかチェックする必要があるからです。適切なルール(=会計基準)で作成された財務情報を基にしなければ適切な分析はできません。そのため財務デューデリジェンスでは、一般に公正妥当と認められる企業会計基準に準拠して会計処理が行われているか調査を行い、その中で次のような情報を洗い出します。

① 粉飾決算

 まず粉飾決算です。程度の差にもよりますが、売上の循環取引や損失計上子会社の連結外しなど粉飾の事実そのものが契約の障害となる場合があります。期を跨ぐ工事や複数の工事が同時に進行するケースが多い建設業においては、工事間の収益・原価の付け替えによる利益調整などが行われていないかなどが重点的に確認されます。

② 会計基準の適用

 粉飾とは異なりますが、企業規模や上場・非上場といった、規模に大きな差のある会社同士の売買においては適用する会計基準等により思わぬ損失や負債が発生することもあります。税効果会計などはその代表例です。
 建設業界においては新収益認識基準・工事進行基準の適用範囲、減価償却の償却方法なども影響の出る可能性が高い項目として挙げられます。
 また近年ではIFRS適用企業も増加していますので、その場合はIFRSに移行した際の影響も見積もる必要があります。

③ オフバランス項目

 会計基準による差異以外にも、オフバランス(BS未計上)になっている資産・負債にも着目します。リース資産や保証債務及び保証債務による求償権など、見落とすとリスクが高く、適切な調査が行われないと判明しにくい領域です。
 これらの調査により買収側からみて正しい財務情報のベースができ、将来の収益力を予測したり資金分析をしたりすることが可能になるのです。そしてこの調査結果は契約交渉時の重要な材料となります。

財務デューデリジェンスのプロセス

 実際のプロセスは以下のような手順になります。

① 情報の入手

 まずは対象会社の財務情報を入手します。この際にいわゆる財務諸表だけでなく、業界紙や専門誌、プレスリリースなどからも可能な限り情報収集します。
 財務諸表以外の情報収集を行うのは、財務諸表に記載のない事項の影響を検討するためです。製品のリコール情報が発表されていれば特別損失や引当金計上の必要が出てきますし、大規模な設備投資予定がある場合などは現在の財務数値に表れていなくても、将来の財務数値に影響が出てくる可能性があります。

② 調査スコープの決定

 M&Aでは時間的制約があるケースが多く、短時間で対象企業の実態を把握し、リスクを抽出しなければなりません。そのためには全項目を同じ深度で調査することはできません。
 そのため、量的重要性と質的重要性の双方を勘案して調査スコープ、重点的に調査する項目を決定します。

③ 情報収集と検証

 ②が決定したら、追加的な情報収集を行っていきます。個々の企業の状況によって変わってきますが、代表的な調査項目としては以下のようなものが挙げられます。

・実物を査閲するもの

 時間的制約が限られているため省略されることも多いですが、現金預金や株式など現物によって実在性を確認できるものは実物を査閲します。

・取引先へ確認するもの

 売掛金や買掛金などは取引先にその残高を確認させてもらう場合があります。社内の台帳等の確認で終えることもあります。

・計上根拠を提出してもらうもの

 例えば賃貸借契約書や売買契約書など、計上に関してその金額や計上時期の根拠となる契約書等を閲覧します。また、債務保証契約などは履行された時の金額的インパクトが大きいためオンバランスされていなくても内容を確認しておく必要があります。

・計上ロジックを検証するもの

 引当金や減損損失、税効果会計などいわゆる「会計上の見積り」と言われる項目は契約書のような外部証憑が存在しないため、計上ロジックや算定に使用された財務データが適切であるかの検証をします。

④ 分析

 最終的に貸借対照表・損益計算書の分析が行われます。貸借対照表の資産項目についてはその資産が本当に実在するのか、負債項目については全てが網羅的に計上されているのか、という着眼点が重要です。また損益計算書ではとくに売上の前倒し計上や費用の繰越がないかというように正しい時期に計上しているのか、という点に注目しながら分析を行います。
 また過去の推移を踏まえた、将来の事業計画の妥当性や収益性の分析、キャッシュ・フロー分析・資金繰り分析なども実施します。事業計画やキャッシュ・フロー分析については、バリュエーションでDCF法を用いた場合のベースとなる重要な分析です(これら将来情報の分析は財務デューデリジェンスとは別で事業デューデリジェンスとして実施されることもあります)。

 以上のプロセスを経て、最終的にM&Aの意思決定に資するレポートが作成されます。

 今回は財務デューデリジェンスとして一般的な、Pre Deal(売買契約前)デューデリジェンスにフォーカスしましたが、近年M&Aの活発化によって注目されているPost Deal(売買契約成立後)デューデリジェンスでは、M&A後にそのシナジー効果を最大限に生み出すための課題やリスクを抽出するという観点からレポートが作成されます。

おわりに

 デューデリジェンスとはM&Aの各フェーズで必要不可欠なものです。

 Pre Dealの段階においては、買収の意思決定の判断材料となり、On Deal(売買契約交渉)では買収条件の交渉のベースとなります。また、Post Dealの段階においては組織統合後の課題解決に貢献し、PMI(=Post Merger Integration)と呼ばれるM&A後の組織統合プロセスでもデューデリジェンスの結果を踏まえて計画を策定することが重要視されています。

 コロナ禍において一服感がみられたようでしたが、建設業界においても人材確保などを理由にM&Aが増加傾向にあることは変わりありません。このような先行きが不透明な時勢においては、今までM&Aに縁がなかったという企業でも経営戦略の一つとして選択肢に入れておく必要があるかもしれません。当コラムが今後M&Aを経験される方の理解の端緒となれば幸いです。

 執筆者 maekawa_100
汐留パートナーズグループ
汐留パートナーズ株式会社 代表取締役
公認会計士(日米)・税理士 前川 研吾

北海道大学経済学部卒業。公認会計士(日米)・税理士。公認会計士試験合格後、新日本有限責任監査法人監査部門にて、建設業、製造業、小売業、金融業、情報サービス産業等の上場会社を中心とした法定監査に従事。また、同法人公開業務部門にて株式公開準備会社を中心としたクライアントに対する、IPO支援、内部統制支援(J-SOX)、M&A関連支援、デューデリジェンスや短期調査等のFAS業務等の案件に数多く従事。2008年4月、27歳の時に汐留パートナーズグループを設立。税理士としてグループの税務業務を統括する。

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