M&Aにおけるデューデリジェンスと バリュエーションについて②

はじめに

 近年、人材難や多角化などの企業課題の解決手段としてますます重要性が高まっているM&Aに関連して、前回はデューデリジェンスの目的や実施プロセスをご紹介しました。今回は、M&Aの価格交渉において重要なバリュエーション(=企業価値評価)について解説します。

 M&Aにおいては、価格交渉だけでなく、社内的な承認プロセスを経たり、ステークホルダーに対する説明責任を果たしたりするためにも価格決定の根拠が求められます。そのため、バリュエーションにどのような手法が存在し、どのようなプロセスで評価されるのかということを理解しておくことは非常に重要です。

3つのアプローチ

 バリュエーションの手法については日本においても海外においても必ずこれを使用しなければならない、といった基準や規定はありません。だたこれまでの実務から積み上げられた一般的な手法は存在します。

 それらの手法は何に着目して評価を行うかによって、大きく以下の3つに分類されます。

◆ マーケット・アプローチ

 株式市場等における株価や取引価格を基準に評価対象会社の価値を算定する

◆ インカム・アプローチ

 将来または過去のキャッシュ・フローや損益に基づいて評価対象会社の価値を算定する

◆ コスト・アプローチ

 ネットアセット・アプローチとも呼ばれ、企業の純資産を基準に価値を算定する

 それぞれのアプローチにはさらに細かく分類され多数の手法が存在しますが、今回は代表的な手法を簡単な数値例とともに解説していきます。今回は各手法の考え方をご理解していただくことを目的としているため、数値はシンプルにし、非事業性資産と有利子負債は無いものと仮定しています。

マーケット・アプローチ

 マーケット・アプローチはその名の通り市場取引における価格を基にします。上場会社であれば簡単に適用できますが、非上場会社の場合は類似の事業や取引を行っている企業の株式取引価格を参考に算定します。市場株価法や株価倍率法が一般的ですが、類似取引法という手法もあります。

① 市場株価法

 証券取引所や店頭登録市場に上場している会社の市場価格そのものを基準とする典型的な評価技法といえます。株価は様々な要因で変動するので、一定期間の平均値を用いることが通常です。1か月~6か月程度の期間を設定することが通例ですが、数値例では簡便的に5日間としています。

日付 X社株終値 出来高株数 終値×出来高株数
8月1日 400 1,000 400,000
8月2日 420 1,500 630,000
8月3日 450 1,600 720,000
8月4日 450 1,800 810,000
8月5日 500 2,000 1,000,000
合計 7,900 3,560,000

 X社株評価額 3,560,000(終値×出来高株数の合計)÷ 7,900(出来高株数計)= 450.6329

② 株価倍率法

 非上場会社が類似の上場会社の株価と比較して株式評価する方法で、類似会社批准法などともよばれます。具体的には以下の手順で算定を行います。

  1. 類似する上場会社を選定し(複数社)、1株当たり利益や純資産などの財務指標を計算する。
  2. 対象会社の財務数値と比較しその指標倍率を計算する。
  3. 選定した上場会社の市場株価に倍率を乗じて評価対象会社の株価を算定する。
対象会社X社 類似会社A社
20X1年3月期税引き後純利益 500,000 2,500,000
発行済株式総数 10,000 100,000
1株当たり純利益 50 25
株価終値 500
株価倍率 ※ 20

※ 500 ÷ 25 = 20 
X社株評価額 50 × 20 = 1,000

③ 類似取引法

 株価倍率法と基本的な考え方は同様ですが、上場会社の株価ではなく、過去の取引事例の数値を用います。業界によってはデータを正規に入手できるケースが多くない場合もあるため、利用できるケースは少ないかもしれません。数値例では規模が同等である4社を選定したと仮定して、売上高に基づき算定しています。

取引事例 年間売上高 売買価格 売買価格 / 売上高
A社 550,000 450,000 82%
B社 600,000 500,000 83%
C社 500,000 480,000 96%
D社 700,000 650,000 93%
平均 89%

 X社評価額 400,000(年間売上高)× 89% = 354,009

インカム・アプローチ

 インカム・アプローチは将来に生み出されるキャッシュ・フローや損益を基に評価しますが、その手法は実に多様です。今回は代表的な手法としてDCF法、収益還元法を解説したいと思います。

① DCF法

 DCF法は対象企業から将来得られるキャッシュ・フローの総和を現在価値になおして評価額を算定する方法です。DCF法の考え方を知るにはまず「現在価値になおす」という点を理解する必要があります。

 例えば100万円を金利2%の銀行に預金すると1年後に102万円になります。逆に考えると1年後の102万円の現在の価値は102万÷(1+2%)=100万円という式が成り立ちます。これが「将来得られるキャッシュ・フローを現在価値になおす」という考え方の基本です。一般的には将来のキャッシュ・フローを適切に現在価値になおすことができる割引率を算定し、それをもって割り戻しを行います。

 また、将来キャッシュ・フローを現在価値に割り戻すにあたっては将来のキャッシュ・フローの予測が前提となりますが、永続的にキャッシュ・フローを見積もることはできないため、ある一定の時点からは同額のキャッシュ・フローまたは一定の成長率でキャッシュ・フローが増加していくとの仮定をおくことも特徴です。

 DCF法は現在価値になおすための割引率やキャッシュ・フロー(フリーキャッシュ・フローといいます)の算定方法だけでも複数の考え方があり、非常に複雑です。今回は基本の考え方をご理解いただくために、それらの計算要素(割引率及びフリーキャッシュ・フロー)は所与のものとし、現在価値になおすための割引率を10%、フリーキャッシュ・フローは4年目以降同額が発生すると仮定します。

1.1年目から3年目のキャッシュ・フローの算定

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 20X1年~20X3年の割引現在価値は各年度のFCF/(1+10%)経過年数を合計した5,280になります。

2.4年目以降のキャッシュ・フローの算定

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 20X4年以降のキャッシュ・フローの合計は無限等比級数の和の公式を用いて、2,350/10%で算出します。この23,500は20X3年時点での価値なのでそれをさらに現時点まで割り引くと、17,649になります。よって20X0年時点での株主資本価値は5,280と17,649の合計の22,928円となります。

② 収益還元法

 多くのインカム・アプローチは対象企業の事業計画を利用しますが、事業計画が無い場合等に用いられるのが収益還元法です。この手法ではある一定の収益を永久還元することで株主資本価値を算定するため、使用する収益をどの値にするかが重要です。

 どのような収益を基準にするとしても、一時的な利益や損失を除くことは必須のポイントです。また会計上の利益と、配当額や株主帰属フリーキャッシュ・フローが一致していれば問題ありませんが、一致していない場合は会計上の利益を割り引く際の割引率の設定によりDCF法等で計算する価値と矛盾するなど、一見簡単な手法ではありますが計算の精度をあげるには知識が必要です。

 数値例では簡便的に3年間の税引後営業利益の平均を用いて、割引率を10%としています。

20X1年 20X2年 20X3年 3年間の平均値
税引後営業利益 2,000 1,900 2,100 2,000

 平均値である2,000を想定収益とし、DCF法と同様に無限等比級数の和の公式を用いて2,000/20%で算定され、株主資本価値は20,000となります。

コスト・アプローチ

 コスト・アプローチは純資産に焦点をあてる手法で簿価純資産法と時価純資産法に分類されます。

① 簿価純資産法

 会計上の純資産に基づいて1株あたり純資産額の額を計算する方法です。客観性には優れていますが、会計上の簿価と時価が乖離している資産を多く保有している場合にはそのまま企業価値評価に使用するのは難しいと考えられています。

② 時価純資産法

 貸借対照表の資産負債を時価で評価しなおして純資産を算出し、1株当たり純資産額をもって株主価値とする方法です。全ての資産負債を時価評価するのは実務上困難であるため、土地や有価証券などの主要資産のみを時価評価する修正簿価純資産法と呼ばれる方法をとることが多いです。

仮に発行済株式総数が100株であった場合、
簿価純資産法:5,600 ÷ 100 = 560 / 株
時価純資産法:4,750 ÷ 100 = 475 / 株 となります。

建設業における企業価値評価の注意点

 建設業のように業種が細かく分かれている業界においては、異業種間M&Aも数多く行われます。その企業価値算定にあたって類似企業の値を用いるマーケット・アプローチを採用する場合には、類似企業の選択が算定価値に大きく影響を及ぼす点に注意が必要です。

 類似企業の選定にあたっては同じ産業分野に属しているかだけでなく、事業規模や収益性、地域性、事業戦略などが類似しているか等を考慮します。また、建設業のように許認可の種類が多様な業界ではどの許認可を取得しているかも選定に際してポイントとなり得ます。

 また、これは建設業に限った話ではありませんが、企業価値算定においてはコロナ禍の影響を考慮する必要性が生じます。特にインカム・アプローチで最も用いられることの多いDCF法では事業計画を基に価値が計算されるため、コロナの影響をいつまで受けるのか適切に判断することが求められます。この予測については簡単なものではありませんが、業界全体の動向に加えてワクチンの普及率等も考慮し、業績見通しを立てていかなければならいない状況が続くものと考えられます。

おわりに

 今回はバリュエーションの代表的な手法について解説しました。

 実務で行う場合には、入手できる情報も考慮しながらどのアプローチを採用するのか決定しなければなりません。また、それぞれのアプローチにはメリットとデメリットがあるため、対象となっている企業を取り巻く環境や業種の特殊性などを考慮した上で、単独のアプローチまたは複数のアプローチを複合的に用いることが日本公認会計士協会から公表されている企業価値評価ガイドラインでも推奨されています。

 企業価値評価には多種多様な手法が存在するためとっつきにくいと感じる方も多いかもしれませんが、当コラムを入門編として参考にして頂ければ幸いです。

 執筆者 maekawa_100
汐留パートナーズグループ
汐留パートナーズ株式会社 代表取締役
公認会計士(日米)・税理士 前川 研吾

北海道大学経済学部卒業。公認会計士(日米)・税理士。公認会計士試験合格後、新日本有限責任監査法人監査部門にて、建設業、製造業、小売業、金融業、情報サービス産業等の上場会社を中心とした法定監査に従事。また、同法人公開業務部門にて株式公開準備会社を中心としたクライアントに対する、IPO支援、内部統制支援(J-SOX)、M&A関連支援、デューデリジェンスや短期調査等のFAS業務等の案件に数多く従事。2008年4月、27歳の時に汐留パートナーズグループを設立。税理士としてグループの税務業務を統括する。

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