1.はじめに
近年、原材料費やエネルギーコストの上昇に伴い、親事業者が下請事業者への価格転嫁を適切に行わない事例が発生しており、これを背景に下請法の改正に向けた動きが活発化しています。こうした流れを受けて、日本建設業連合会でも「下請取引適正化と適正な受注活動の徹底に向けた 自主行動計画 」を2025 年3 月に 3 度目の改定を行いました。
今回は下請企業の保護を目的とした「下請取引適正化と適正な受注活動の徹底に向けた 自主行動計画」について解説したいと思います。
2.「下請取引適正化と適正な受注活動の徹底に向けた 自主行動計画」とは
「下請取引適正化と適正な受注活動の徹底に向けた自主行動計画」とは、親事業者と下請事業者との間の公正な取引を促進し、下請事業者の権利を保護するために、各業界団体が自主的に策定・実行する計画のことです。
この計画は、下請代金支払遅延等防止法(下請法)などの法令遵守を徹底するとともに、以下の内容を含む幅広い取り組みを推進することを目的としています。
・下請代金の適正な決定と支払い
・不当な減額や支払遅延の防止
・適正なコスト負担
・書面による契約の徹底
・適正な受注活動の推進
・発注者からの適正な請負契約の受注
・不当な廉価受注の防止
・透明性の高い見積もりと契約
・働き方改革への協力
・労務費、原材料費、エネルギー価格等のコスト増加した場合の価格転嫁
・約束手形の2026年利用廃止に向けての取り組み
・電子受発注システムの導入
この計画は、各業界の特性や課題を踏まえて、業界団体ごとに自主的に策定・実行されるものであり、その内容は業界によって異なります。
3.建設業の「下請取引適正化と適正な受注活動の徹底に向けた 自主行動計画」
内閣府の景気ウォッチャー調査によれば、景気は緩やかな回復基調にあると見られていますが、経済の好循環を中小企業にも波及させていくためには、下請企業の取引条件の改善が必要とされています。こうした背景のもと、建設業界では主要団体である日本建設業連合会に対し、下請取引の適正化に向けた自主行動計画の策定が要請され、同会は2024 年 3 月に本計画の改定を行っています。
具体的には、下請業者の適正な保護と、受注活動の透明性確保を目指して、以下のポイントが重要視されています。
(1) 適正な取引条件の確保:元請負人と下請負人の間で適正な契約を締結し、不当な取引条件や一方的な契約変更を避けることが求められます。特に、労務費や材料費などの適切な転嫁が確保されるようにします。通常必要と認められる原価に満たない金額を請負代金としないことや、元請負人が一方的に決めた請負代金の額を下請負人に提示(指値)して発注する指値発注をしないことを徹底すると強調されています。
(2) 透明性の確保:受注活動において、発注者からの指示や価格設定について十分な説明を行い、透明性を保つことが重要です。また、価格交渉においては、公正な基準に基づいて行うことが求められます。施工責任範囲、施工条件等を反映した合理的な請負代金、工期とするため、見積依頼は具体的な条件を提示の上、書面にて行うこととされています。
(3) 適正な受注活動の実施:過度なコスト削減を求めるような不適切な受注活動を防ぎます。例えば、過度な値引きや無理な納期設定は避け、業務が円滑に進むようにすることが求められます。
(4) 下請負人の労働環境の改善:下請業者の労働環境を改善するため、長時間労働の抑制や適正な賃金の支払いが促進されるべきです。また、働き方改革に向けた支援が行われ、業界全体での労働環境の向上が図られ、工期を見積もる際に、適切な休日確保についても考慮する必要があります。
(5) 下請代金支払の適正化: 下請代金の支払いはできるだけ手形を使用せず、現金比率を高めることとされています。また、手形を利用する場合の回収期間については60日以内とするよう努めることが求められます。さらに、正当な理由なく長期間にわたり保留金として下請代金の一部を支払わないことがないよう留意する必要があります。
4.取引適正化に向けた取組み
前項のような行動計画も実効性がなければ実態の改善にはなりません。そこで中小企業庁では、取引調査員(下請 G メン)による調査を行っています。秘密保持を前提として、下請中小企業等を訪問し、実態についてヒアリングを行うものです。
過去には、
・光熱費、原材料費などの値上げを申請すると、「他社はどこも言ってきていない」「貴社だけです」などと否定的な対応を受ける。
・金型の返却や保管料負担の話をするが、発注者側に一切対応してもらえない。
・手形での支払いによって下請代金の受け取りまでに数ヶ月を要し、資金繰りが厳しくなる。
といったヒアリング結果があり、改善に向けた基準改正が行われてきました。
5.おわりに
昨今の原材料費の高騰や人件費の高騰により、最終消費者への価格転嫁が進んでいますが、価格転嫁しきれない部分について下請企業へしわ寄せがいってしまう事例はまだ存在します。発注者側も受注社側も業界の行動計画の改正等を確認の上、自社の取引内容や労働状況が基準に照らし合わせて、適切な行動が取られているかを再確認いただけると良いかと思います。

北海道大学経済学部卒業。公認会計士(日米)・税理士。公認会計士試験合格後、新日本有限責任監査法人監査部門にて、建設業、製造業、小売業、金融業、情報サービス産業等の上場会社を中心とした法定監査に従事。また、同法人公開業務部門にて株式公開準備会社を中心としたクライアントに対する、IPO支援、内部統制支援(J-SOX)、M&A関連支援、デューデリジェンスや短期調査等のFAS業務等の案件に数多く従事。2008年4月、27歳の時に汐留パートナーズグループを設立。税理士としてグループの税務業務を統括する。

工事進行基準での収益計算
~資材高騰による見積原価変更の会計処理〜