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はじめに
2024年に改正され、2025年12月に全面施行された建設業法。今回の改正は、深刻な人手不足や処遇改善を背景に、取引の適正化をより強く求める内容となっています。とりわけ重視されているのが労務費の確保で、著しく低い労務費を前提とした見積や、原価を下回る契約、無理な短工期を強いる行為などが、これまで以上に問題視されるようになります。また、見積内容の透明化に加え、発注者・受注者双方への指導・公表制度の整備も進められました。今回はこの中でも労務費の適正化に関するポイントを解説します。
なお、労務費に関する基準は中央建設業審議会から2025年12月2日に勧告されており、同年12月施行分の枠組みの中核となっています。
労務費の基準導入の背景
今回の改正の大きな柱の一つが、労務費の基準の導入です。導入の背景には、建設業で人手不足が深刻化する一方、低い労務費を前提とした受注慣行が技能者の賃金停滞を招いてきた、という状況があります。こうした構造的問題を是正し、担い手確保と処遇改善を進めることが、本制度の目的です。加えて、基準は職種・地域ごとの「単位施工量当たり労務費」として具体値が示され、見積や価格交渉の共通言語として使える点も特徴です。
労務費の基準の対象
労務費といっても、全ての人件費が労務費に該当するわけではありません。
まず留意すべきは、対象となるのが技能者である点です。大工やとび工、電気工、左官工といった特定の技能を用いて作業を行う職人が対象であり、現場清掃など特定の技能を必要としない作業員については対象となりません。そのため、見積において両者を適切に区分する必要があります。また、労務費には法定福利費の事業主負担分、安全衛生経費、建退共掛金といった必要経費は含まれません(ただし、これらは「通常必要と認められる原価」として、適正な確保が求められています)。
導入による実務上の影響
今回の導入で注目すべきなのは、労務費の基準が参考価格ではなく、最低限確保すべき水準として法定化された点です。これを下回る額で見積を行ったり、契約の締結をしたりした場合には、行政処分や勧告の対象となり得るため、法的拘束力を伴うことになります。本制度は公共工事に限らず、民間工事にも適用されます。
この最低基準となる金額は、職種・地域ごとに定められています。国土交通省は 「労務費に関する基準ポータルサイト」(以下、ポータルサイト) で職種・地域別の労務費基準値(単位施工量当たり)を公開しています。見積者・発注者が同サイトで標準値を確認し、見積りや価格交渉に利用することができます。
実務では、基準値を参照したうえで、施工量(数量)や施工条件の根拠をセットで整理し、「なぜその労務費になるのか」を説明できる形にしておくことが重要です。ここが曖昧だと、値引き交渉の過程で労務費だけが削られやすくなります。
見積作成時の注意点
この改正により、見積書は単なる参考資料ではなく、法的にも重要な書面と位置付けて捉える必要があります。建設Gメンや許可行政庁による調査の対象書類となるほか、10年間の保管義務も課されています。
見積書の作成にあたっては「〇〇工事一式」といった記載だけでは不十分とされ、労務費を独立した項目として明記しなければなりません。概算見積であっても、労務費が基準額を下回ることは認められません。ポータルサイトでは、建設工事の見積書様式例の書き方ガイド(ひな型)も公表されているので、作成時の参考にするとよいでしょう。
また、見積内容の調整があった場合は、最終的にどの前提(数量・施工条件・工期)で合意したのかを記録として残しておくと、後日の説明や社内引き継ぎがスムーズです。見積書そのものだけでなく、見積内容に関する打合せ記録(写し)も含めて保存対象となる点を意識するとよいでしょう。
価格交渉・記録の整備
労務費の適正化は「受注者だけの責任」と捉えると、制度の狙いとズレが生じます。運用方針では、受注者が労務費等を内訳明示した見積を作成・交付し、注文者(発注者)はその内容を考慮・尊重するよう努めることが前提として示されています。価格交渉の場面で、どの項目をどう調整したのか、調整の結果として労務費が基準を割り込んでいないか、を双方で確認できる状態にしておく必要があります。特に発注者が価格を指定して契約するケースでは、契約後に下請から想定以上の材料費等が請求された場合でも、理由が下請の責に帰さない限り、元請は誠実かつ適正に交渉した上で、適正金額を支払うことが原則とされています。価格の押し付けが下流に連鎖しないよう、交渉の前提と責任分担を、契約・記録の両面で明確にしておくことが重要です。
対応策としては、(1)労務費の根拠(職種・地域、施工量、歩掛の考え方)を社内で説明できる形で整理する、(2)見積提示から契約締結までの修正履歴と合意事項を残す、(3)変更契約時にも労務費の再提示をルール化する、などが考えられます。
おわりに
今回の改正は、技能者の処遇改善と健全な競争環境の確立を通じて、建設業を持続可能な産業へと転換させる大きな転換点となります。資材高騰が続く中、これまでコスト削減の「しわ寄せ」を受けやすかった労務費について、他の費目と切り分けて確保すべきことが明確に示されました。今後は、安易な価格競争から脱却し、生産性向上を通じて適正なコスト構造を構築できるかどうかが、企業の競争力そのものを左右する時代となるでしょう。
加えて、制度は「ルールを知る」だけでは足りず、見積テンプレート・社内承認フロー・保存(紙/電子)といった運用まで落とし込めて初めて実効性が出ます。まずは自社の見積書が「労務費が独立項目で明示され、根拠説明ができ、記録が残る」状態になっているか、チェックリスト化して点検するところから始めるのがおすすめです。
・国土交通省「労務費に関する基準ポータルサイト」
・公益社団法人 全日本病院協会「労務費に関する基準の実施について」
・西日本労災一人親方部会「改正建設業法で導入される「標準労務費」とは?2025年12月全面施行」
・国土交通省「改正建設業法「労務費の基準」説明会~改正建設業法に基づく「労務費の基準」について~」
1981年北海道釧路市生まれ。新日本監査法人(現 EY新日本有限責任監査法人)監査部門にて製造業、小売業、情報サービス産業等の上場会社を中心とし た法定監査に従事。また、同法人公開業務部門にて株式公開準備会社を中心としたクライアントに対する、IPO支援、M&A関連支援、デューデリジェンス等のFAS業務に数多く従事。2008年に汐留パートナーズグループを設立、代表取締役社長に就任。2009年グループCEOに就任し、公認会計士・税理士・弁護士・社会保険労務士等のプロフェッショナル集団を統括。公認会計士(日本/米国)・税理士・行政書士。北海道大学経済学部卒業、慶応義塾大学大学院経営管理研究科(EMBA)修了。











