1.建設業界の動向
建設業界の短期の展望として、2020年の東京五輪の開催決定により、鉄道網や高速道などのインフラ整備が加速すると見込まれる反面、2019年をピークに建設市場は縮小し、量から質へと需要転換が本格化すると新聞等でいわれております。現状の国内需要を確保しつつ、今後もビジネスチャンスである海外分野等をどう展開していくかが課題とされます。
また、海外進出は大きなビジネスチャンスでありますが、当然ながらリスクもあります。
今回は、建設業界の動向とそのリスクを中心にレポートをしたいと思います。
2.海外進出における変遷
日本の建設業界の海外進出を振り返ると、戦後においては1954年から東南アジア各国に対する賠償工事として開始され、1970年代は中東のオイルマネーによる建設需要の恩恵をうけ、1980年代以降は、発展途上国に対するODAの計画的な拡大によってアジアでの受注を拡大してきました。1996年度には約1兆6000億円の受注実績を記録しました。
その後、アジアの通貨危機等の影響で落ち込みましたが、2007年には、ドバイなどでの大型工事の受注もあり1兆7000億円に達しています。その翌年、リーマンショックが発端となり受注額が大幅に減りますが、徐々に回復し2014年にはアジアや北米からの受注が高まり、1兆8000億円の最高記録を更新します。2015年も東南アジアで地下鉄建設の機運が高まり、高水準となっております。
出典:(社)海外建設協会
3.海外建設事業に伴うリスクについて
冒頭でも述べましたが、海外建設事業は大きなチャンスでもありますが、政治経済状況、取引慣行など、企業を取り巻く環境が異なるゆえに様々なリスクを伴います。海外にて建設工事事業を展開させる際には、次のようなリスクを考慮する必要があります。
現地事情に伴うリスク | ①為替リスク ②カントリーリスク |
事業関連に伴うリスク | ③現地国の法律・税制・各種規制 |
工事関連に伴うリスク | ④施工能力 ⑤追加工事支払リスク |
①為替リスク
為替リスクとは、現地通貨の為替レートの変動に伴い生じるリスクのことをいいます。発注者や下請け業者に対する請負契約がすべて現地国通貨建取引をしている場合、現地通貨の為替レートの変動により工事損益が変動する可能性があります。
②カントリーリスク
カントリーリスクとは、政治状況、経済状況等の現地国の状況に起因するリスクのことをいいます。特に法制度が万全に整備されていない新興諸国への参入に関しては、法制度が突如に変更されたり、規制が敷かれる可能性があります。また、内乱や戦争、テロや暴動等の発生により、工事が中断せざるを得なくなり、貸し倒れとなるリスクも存在します。
③現地国の法律・税制・各種規制
世界各国には、その国特有の事情に基づく法律、税制、規制が存在します。特に新たに海外へ進出する場合には、日本と異なる法律、税制、各種規制のリスクを十分に理解し、知識の把握、情報の収集が欠かせません。
④現地施工業者の施工能力
国内においては、過去からの継続的取引により、信頼のある下請け業者を抱えていることが多いですが、海外においては施工技術が未熟であったり、工事の手直しや遅延等により、追加的な工事コストの負担を強いられたり、下請け業者との希薄な信頼関係により、不測のトラブルやリスクが発生する可能性も生じます。
⑤追加契約交渉の長期化リスク
工事施工中に予期せぬ追加工事の必要が生じた場合には、施工業者は発注者に対して追加工事代金を請求するのが一般的です。しかし、海外工事の場合には、商習慣、文化の違いや当初契約の取り決めが曖昧であった等の理由により、請求交渉が長期化するケースが少なくありません。
このように、海外工事においては予期せぬトラブルが生じ、当初予定していた工事コストが大きく変動する可能性が小さくありません。
4.おわりに
従来は、国内建設市場の縮小に伴う売上高の減少を回避する目的で海外進出していましたが、今後の海外市場は当然のマーケットとして開拓されていくことが予想されます。各企業とも、国内人口が減少する中、アジア・アフリカ地域に積極的に日本の優れた建設技術で勝負をしている状況です。その一方で、十分にリスクを考慮して対応しないと、企業全体に甚大な損失を生じさせる可能性があります。これは海外進出を展開すべきか否かの調査の段階のみならず、進出後撤退すべきか否かの段階においても、常に考慮しなければならないものです。そのうえで、日本の建設技術が海外で認められ、また欧米企業等のプロジェクト・マネジメントの技術を習得することより、さらなる日本企業の活躍に期待されるところです。
北海道大学経済学部卒業。公認会計士(日米)・税理士。公認会計士試験合格後、新日本有限責任監査法人監査部門にて、建設業、製造業、小売業、金融業、情報サービス産業等の上場会社を中心とした法定監査に従事。また、同法人公開業務部門にて株式公開準備会社を中心としたクライアントに対する、IPO支援、内部統制支援(J-SOX)、M&A関連支援、デューデリジェンスや短期調査等のFAS業務等の案件に数多く従事。2008年4月、27歳の時に汐留パートナーズグループを設立。税理士としてグループの税務業務を統括する。