設計労務単価の特別措置

 公共工事の労務単価で異例の特別措置/建設業界の労働時間の短縮と処遇改善は今年が正念場

はじめに

 国土交通省が2月中旬に発表した公共事業の積算に使う新しい公共工事設計労務単価は、特別な措置が取られた。2020年度の公共事業労務費調査で2000を越える設定単価のうち、約42%で前年度単価に比べマイナスとなったが、その単価をそのまま使わずに前年度単価に据え置いた。調査時点はコロナ禍で平時とは異なる市場環境にあったことは間違いないが、本来なら引き下がっていた単価を据え置くという措置は異例中の異例だ。2013年度に社会保険加入相当額や東日本大震災の復興事業の人手不足対応として、調査で得た単価に上乗せしたケースはるあったものの、今回の措置は国土交通省の英断と言える。なぜ、こうした特別措置を行ったのだろうか。

単純平均で1・2%の引き上げ、全国平均で2万0409円

 国土交通省が3月から適用を開始した新しい公共工事設計労務単価は、全国・全職種の単純平均で1・2%の引き上げとなった。特別措置がなければ0・4%だったという。全職種の加重平均(日額)で2万0409円。東日本大震災の被災3県(岩手、宮城、福島)は全国平均に上乗せし2万2164円とした(表を参照)。

 対象51職種のうち、サンプル不足で未設定となった職種(建築ブロック工)を除く50職種について都道府県単位で単価を設定。上昇に転じる前の12年度単価と比較した上昇率は、全国単純平均が53・5%。被災3県単純平均が69・8%となった。

 都道府県別で単純平均の上昇率をみると、▽福井▽福岡▽佐賀▽長崎▽熊本▽大分▽宮崎▽鹿児島-8県が1・7%となり、九州エリアで上昇幅が大きくなった。職種別は建具工5・3%、はつり工3・8%、土木一般世話役と高級船員各2・8%、橋りょう世話役と普通船員各2・3%、ブロック工2・2%となった。

 一方、設計業務委託等技術者単価は全職種の単純平均1・6%の引き上げ。特別措置がなければ1・0%という。全20職種の加重平均(日額)は4万0890円で、全職種平均の単価は9年連続で上昇した。

 業務別の平均は設計業務(7職種)が4万9471円(1・9%上昇)、測量業務(5職種)が3万4040円(1・3%上昇)、航空・船舶関係業務(5職種)が3万8580円(1・3%上昇)、地質調査業務(3職種)が3万6133円(1・3%上昇)。20職種のうち日額が最も高いのは設計業務の主任技術者の6万9800円だった。

 技術者単価は、国交省が発注する公共工事の設計業務として実施するコンサルタント業務、測量業務などの積算に用いるもので、毎年実施している給与実態調査結果に基づいて決めている。今回の改定で12年度単価に比べて30・9%上がったことになる。

 これらの設計労務単価は新年度からではなく、3月1日から前倒し適用となった。前倒し適用は8連続となる。

「利益なき繁忙」の再燃を危惧、担い手確保には賃金の引き上げ必要

 赤羽一嘉国土交通相は新単価が発表された当日の記者会見で、担い手の確保には賃金引き上げが重要になるとの考えを示した上で、「賃金の引き上げが労務単価などの上昇を通じて適正利潤の確保、さらなる賃金の引き上げにつながる。こうした好循環が続くよう、発注者、元請、下請などすべての関係者が改定後の単価の水準などを踏まえ適切な請負代金で契約し、技術者や技能労働者の賃金水準がさらに改善されるよう努めていきたい」と述べた。

 この発言は、設計労務単価の引き下げが公共事業の予定価格の下落につながり、2008年のリーマンショック以降に起きた「利益なき繁忙」が再燃するのを危惧したものだ。当時、建設市場の低迷で、過度なダンピング受注が横行。その結果、設計労務単価が下がり、予定価格も下がるという「負のスパイラル」が続いた。多くの専門工事会社や、そこで働く建設技能者にしわ寄せがいき、入職者が激減したと言われている。

 建設業界は55歳以上の就業業者が35%を占めるなど、高齢化が進んでいる。一方、29歳以下は全体の約11%しかおらず、仮に今の事業量が確保されると、数年後には確実に人手不足に陥る。特に現場の第一線で働く建設技能者の不足は深刻で、業界全体が立ち行かなくなる可能性さえもある。

 国土交通省は2012年から建設技能者の社会保険加入策を展開するなど、担い手の確保に向けた動きを本格化させた。昨年度の調査ではようやく労働者別の雇用保険、健康保険、厚生年金保険の加入率が9割前後まで達し、建設キャリアアップシステム(CCUS)の登録なども強力に進めている。能力に見合った給与が支払われ、若年入職者が将来を託せる産業だと思ってもらえるよう、業界全体で処遇改善に取り組んでいる。

 同時に2024年4月からは建設業界に罰則付き時間外労働規制が適用されるため、現場の労働時間短縮や生産性向上策なども進めている。設計労務単価の引き下げは、こうした動きに水をさしかねないと判断し、異例の措置を取ったと言える。

強靱化を含めた公共事業予算約8・5兆円の着実な執行を

 それともう一つは2021年度からスタートする「防災・減災、国土強靱化のための5か年加速化対策」の着実な事業執行体制の整備だ。5年で総額15兆円規模の新対策は、地方自治体なども巻き込み、抵抗する財務省からやっとの思いで勝ち取ったもので、これを着実に事業執行しなければならない。特に2021年度は2020年度3次補正で防災・減災、国土強靱化のための5か年加速化対策予算が盛り込まれ、当初予算と合せると、約8・5兆円規模の公共事業関係費が確保されており、工事量はかなりのボリュームとなる。

 仮にこれらの公共工事で入札不調が相次いで発生し、多額の予算が翌年度に繰り越されることになれば、2022年度以降の事業費確保に影響を与えかねない。国土交通省はもともと、防災・減災、国土強靱化のための5か年加速化対策予算を2021年度当初予算での計上を望んでいたが、財務省に押し切られ、補正予算で手当てすることになった。

 強靭化予算を安定的に確保するには、前の3か年計画の時のように当初予算の中で特別枠計上するのがベストと言える。補正予算ではその時の動向に左右される可能性があり、いつどのような理由でカットされるのか分からない。そのためにも、建設業界は確実に事業を執行していかなければならない。今回の設計労務単価の特別措置は、こうした国土交通省の熱いメッセージがこもったものだということを、建設業界は肝に銘じおく必要がある。

坂川 博志 氏 執筆者 
日刊建設工業新聞社
常務取締役編集兼メディア出版担当
坂川 博志 氏

1963年生まれ。法政大社会学部卒。日刊建設工業新聞社入社。記者としてゼネコンや業界団体、国土交通省などを担当し、2009年に編集局長、2011年取締役編集兼メディア出版担当、2016年取締役名古屋支社長、2020年5月から現職。著書に「建設業はなぜISOが必要なのか」(共著)、「公共工事品確法と総合評価方式」(同)などがある。山口県出身。

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