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なぜ建設業で賃上げが重要なのか
建設業では現在、人手不足が続いており、技能労働者の高齢化や若年層の入職者減少が大きな課題となっています。加えて、時間外労働の上限規制の適用により、従来のような長時間労働に依存した施工体制の維持が難しくなり、限られた人員で効率的に工事を進めることが求められています。このような状況の中で、優秀な人材を採用・定着させるためには、給与や待遇の改善がこれまで以上に重要となっています。
また、近年は資材価格やエネルギー価格の上昇に加え、労務費の上昇も建設業の経営に大きな影響を与えています。一方で、国は公共工事設計労務単価の引上げや適正な労務費の確保を推進しており、賃上げを前提とした価格転嫁を促す環境整備を進めています。そのため、適切な賃上げを実施することは、従業員の生活水準の向上だけでなく、採用競争力や受注競争力を高める経営戦略の一つといえます。
しかし、賃上げは人件費の増加につながるため、利益への影響を懸念して実施に踏み切れない企業も少なくありません。そこで活用したいのが、賃上げ促進税制です。一定の要件を満たすことで税額控除を受けられるため、賃上げによる企業負担を軽減しながら、人材への投資を進めることが可能になります。人材確保が企業の成長を左右する建設業においては、賃上げ促進税制を単なる節税制度としてではなく、持続的な経営基盤を築くための重要な制度として活用することが求められます。
賃上げ促進税制とは
賃上げ促進税制とは、企業が従業員の給与を前年度より増加させた場合に、その増加額の一定割合を法人税から直接差し引くことができる税額控除制度です。物価上昇や人手不足が続く中、企業による賃上げや人材への投資を後押しし、従業員の所得向上と経済の好循環を実現することを目的として設けられています。
本制度の特徴は、経費を増やすことで課税所得を減らす「所得控除」ではなく、算出された法人税額や所得税額から直接控除を受けられる「税額控除」である点です。そのため、要件を満たした場合には節税効果を実感しやすく、企業にとって賃上げを実施する際の大きな後押しとなります。
対象となるのは、青色申告書を提出している法人です。国内雇用者に対する給与等の支給額が前年度より一定割合以上増加していることなど、所定の要件を満たすことで適用を受けることができます。また、企業規模に応じて適用要件や控除率が異なります。特に中小企業については、賃上げを積極的に支援する観点から優遇措置が設けられており、比較的利用しやすい制度となっています。
制度を活用するためには、給与等支給額の計算方法や対象となる従業員の範囲、税額控除の上限などを正確に把握する必要があります。特に、役員報酬や役員の親族に対する給与などは対象外となる場合があるため、適用要件を十分に確認したうえで制度を利用することが重要です。
賃上げ促進税制の具体的な適用要件と令和8年度税制改正のポイント
賃上げ促進税制は、企業規模に応じて「大企業」「中堅企業」「中小企業」の3つに区分され、それぞれ適用要件や税額控除率が異なります。自社がどの区分に該当するかは、主に資本金や従業員数によって判定されます。中小企業は、原則として資本金1億円以下の法人が対象となります。中堅企業は、中小企業に該当しない法人のうち、常時使用する従業員数が2,000人以下の法人をいい、大企業はそれ以外の法人とされています。ただし、大規模法人の子会社など一定の法人は、中小企業の要件を満たしていても対象外となる場合があるため注意が必要です。
令和8年度(2026年度)税制改正では、賃上げ促進税制の対象が中小企業・中堅企業へ重点化されました。大企業向け制度は、2026年3月31日までに開始する事業年度をもって終了し、同年4月1日以後に開始する事業年度では適用を受けることができません。一方、中堅企業向け制度は継続されるものの、適用要件となる賃上げ率が従来より引き上げられ、制度自体も2027年3月31日までに開始する事業年度をもって終了する予定です。
これに対し、中小企業向け制度は継続され、最低賃上げ率も従来どおり1.5%以上とされています。ただし、教育訓練費の増加に応じて控除率を上乗せする措置は廃止され、最大控除率も35%と従来より引き下げられています。そのため、中小企業においても、制度を活用する際には最新の適用要件や控除率を確認し、自社の賃上げ計画と照らし合わせながら適用可否を判断することが重要です。
建設業における賃上げ促進税制の活用のメリット
建設業は、地域に根差した中小企業や専門工事会社が多く、資本金や企業規模の観点から、賃上げ促進税制の対象となる可能性が十分にあります。また、技能労働者や施工管理者など、人材への依存度が高い業種であるため、人件費が占める割合も大きく、賃上げによる税制メリットを受けやすいという特徴があります。近年は人材不足の深刻化により、基本給の引上げや現場手当・資格手当の充実、若手社員の処遇改善などを実施する建設会社が増えています。これらの取り組みは、採用力や定着率の向上につながるだけでなく、一定の要件を満たすことで賃上げ促進税制の活用にもつながる可能性があります。
また、賃上げを実施する際には、労務費率や工事利益率、見積単価、外注費とのバランスを踏まえた原価管理が欠かせません。国も公共工事設計労務単価の引上げや適正な労務費の確保を推進しており、元請企業との価格交渉においても、賃上げを根拠とした適正な価格転嫁を行いやすい環境が整いつつあります。賃上げ促進税制を活用して税負担を軽減しながら、人材への投資と適正な価格転嫁を組み合わせることは、建設会社の持続的な成長につながる重要な経営戦略となるでしょう。
建設業が賃上げ促進税制を活用する際の注意点
賃上げ促進税制は、一定の要件を満たした場合に税額控除を受けられる制度ですが、賃上げを実施すれば必ず適用できるわけではありません。企業規模ごとに定められた賃上げ率などの適用要件を満たす必要があるほか、税額控除額にも、法人税額の一定割合を上限とする制限が設けられています。そのため、大幅な賃上げを実施しても、法人税額が少ない場合には控除額を十分に活用できないケースがあります。
また、建設業では工事の完成時期や受注状況によって利益が大きく変動するため、賃上げの実施時期や決算時の利益見込みを踏まえて制度を活用することが重要です。決算前には、給与総額の増加見込みや控除可能額を試算するとともに、社会保険料の会社負担増加も含めた総人件費への影響を確認しておく必要があります。さらに、賃上げに伴うコストを適切に回収するためには、工事原価や見積単価を見直し、元請企業への価格転嫁もあわせて検討することが望ましいでしょう。
賃上げ促進税制は、税制改正により適用要件や控除率が見直されることがあります。そのため、毎年度の制度内容を確認し、自社の経営計画や人材戦略と連動させながら、計画的に活用することが重要です。
まとめ
建設業においても、人手不足への対応が企業の成長を左右する重要な課題となっています。賃上げ促進税制は、従業員の処遇改善と税負担の軽減を両立できる制度であり、単なる節税策ではなく、人材確保・定着や企業価値向上につながる経営戦略として活用することができます。
賃上げと適正な価格転嫁、原価管理を組み合わせることで、持続的な成長につなげることが期待できます。制度を最大限活用するためには、決算前のシミュレーションや税制改正の最新情報を踏まえた計画的な運用が重要です。
1981年北海道釧路市生まれ。新日本監査法人(現 EY新日本有限責任監査法人)監査部門にて製造業、小売業、情報サービス産業等の上場会社を中心とし た法定監査に従事。また、同法人公開業務部門にて株式公開準備会社を中心としたクライアントに対する、IPO支援、M&A関連支援、デューデリジェンス等のFAS業務に数多く従事。2008年に汐留パートナーズグループを設立、代表取締役社長に就任。2009年グループCEOに就任し、公認会計士・税理士・弁護士・社会保険労務士等のプロフェッショナル集団を統括。公認会計士(日本/米国)・税理士・行政書士。北海道大学経済学部卒業、慶応義塾大学大学院経営管理研究科(EMBA)修了。











