幾重にも重なる建設業の下請
建設業は多種多様な業種で構成されており、業種ごとに下請企業が「協力会社」という名前で存在する「多層構造」でできあがっています。元請の下に1次下請が入り、その1次下請の下に2次下請が入ります。一般的には「2次下請までとする」ことが「適正」だと言われていますが、実際のところは3次下請、あるいはそれ以上にまで達するということは、普通の現場ではよくあることです。いずれにせよ、各段階の下請企業は「企業」であって、そこで働く労働者は「社員」という形となり、相応の処遇を受けることになっているはずです。
国土交通省では、建設技能者の老後の生活や負傷時の保障といった場面での処遇を改善するために、2012年度から社会保険への加入対策を進めてきています。同省によれば2022年度には、ほぼすべての企業、技能者単位では9割以上が加入しているとのことです。社会保険に加入することは企業側に相応の負担増を招きます。当然のことながら、その負担増は法定福利費などの労働関係諸経費として計上され、工事請負代金の中に含まれるはずです。しかし、その諸経費を削減することを狙って、技能者の個人事業主化、つまり「一人親方」化が行われている可能性があるのです。国交省の聞き取り・アンケートでも「技能者の一人親方化が進んでいる」なかで「実際は雇用されている労働者であるにもかかわらず、偽装請負の一人親方として従事している技能者も一定数存在する」との実態が紹介されています。
社員と一人親方の違い
両者の違いをおさらいしましょう。
国交省が作成した「みんなで目指す クリーンな雇用・クリーンな請負の建設業界」というパンフレットには、両者の違いを次のように示しています。
報酬の受け取り方=一人「工事を完成させたら受け取る」、社員「給与として毎月受け取る」
働く時間・休日=一人「自分の判断で決める」、社員「会社の就業規則などで決まっている」
資機材=一人「自分で用意したものを使用」、社員「会社から支給されたものを使う」
工事の完成責任=一人「親方の責任」、社員「会社の責任」
労災保険=一人「自己負担」、社員「会社が負担」
社会保険=一人「国民健康保険・国民年金に加入。保険料は全額自己負担」、社員「協会けんぽ・厚生年金に加入。保険料は会社が半額負担」
社会保険を見ると、一人親方は全額が自己負担であり、社員は会社との折半となっています。つまり、一人親方には法定福利費などの労働関係諸経費を支払うことはないことから、その分を請負額から引くことができるため、一人親方になるよう技能者に要請し、数を増やすという「偽装」を施した方が工事金額を抑えられ、受注に有利に働くというわけです。このことが「公正・健全に競争環境の阻害を招く」と、国交省ではその弊害を指摘しています。
一人親方の実態を調査
一人親方の仕事内容は、その7割以上が「労務提供」だけという結果でした。また、その年齢・経験年数は10代が0・4%、経験年数3年未満が2%と、まさにガイドラインで示された「実態が雇用労働者であるにもかかわらず、一人親方として仕事をさせていることが疑われる例」が見られました(回答数1,612件)。
同時にこのアンケートでは「雇用労働者として働くことを希望する技能者が、一人親方として働いている理由」についても聞いています。その結果を見ると、回答数1,612件のうち約7割は「今後も一人親方として働きたい」と回答している一方で、およそ7%は「できれば雇用労働者として働きたい」と答えています。回答のうち最も多い理由が「高い報酬を得られる」と「好みの仕事を選べる」でした。「取引先から一人親方で働くように言われている」という回答も約2割ありました。不本意ながら、言われるがまま一人親方を続けている人たちがいるということが明確になった格好です。
一人親方に対する国交省の取り組み
かつて「怪我と弁当は自分持ち」と言われてきた建設労働者ですが、少しずつ、着実に労働環境は改善されてきました。とはいうものの、労働就業人口が減少するのに伴い、建設業への就業者数が減少していることは周知の事実です。特に若い人たちとその両親に対して、建設業が近代化している姿を見せることは、入職促進に必要不可欠でしょう。それは「働く場」だけではなく「働く環境=福利厚生」という面も含まれることは言うまでもありません。一方、一人親方という、一見、前近代的にも見える働き方を求める人たちも、少なからず建設業界にはいます。
国交省では2026年度以降に、「適正でない一人親方の目安」を策定することにしており、これに基づいた「規制逃れを目的とした一人親方対策」と「一人親方と建設企業の適正取引等の推進」に取り組むことにしています。
冒頭に書きましたが、建設業は「多層構造」な産業です。その層すべてが満足していることが重要であることは言うまでもありません。給与、休日などの処遇はいうまでもないことですが、加えて、すべてに満ち足りた「一人親方」を生み出せる土壌があってこそ、若手に「この業界はいいぞ」という思いが届けられ、また正々堂々とアピールできるのではないでしょうか。
顧問
服部 清二 氏
中央大学文学部卒業。設備産業新聞社を経て建設通信新聞社へ。
国土庁(現国土交通省)、通産省(現経済産業省)、ゼネコン、建築設備業、設備機器メーカー、鉄鋼メーカー、建設機械メーカーなどの取材を担当。特に建築設備業界の取材歴は20年以上にわたる。
その後、中部支社長、編集局長、企画営業総局長、電子メディア局長兼業務総局長を歴任、2019年6月電子メディア局の名称変更に伴い、コミュニケーション・デザイン局長に就任。建設通信新聞「電子版」、「月刊工事の動き」デジタル、講演集や各種パンフレットの作成、協会機関誌の制作、DVD撮影などを行う部署を管轄した。2021年7月から現職。
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