1.はじめに
前回は概算要求がどのようなものかを確認し、令和4年度の概算要求にどのような項目が挙がっているのかをひと通り押さえました。今回はそれらの項目のうち、特に今後注目される項目を深掘りしながら、建設業界の動向を考察していきたいと思います。
2.グリーン社会の実現に向けた住宅・建築物の省エネ対策の強化
2020年10月に菅政権は「2050年カーボンニュートラル」を宣言し、それに伴う「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を掲げました。これにより電力部門の脱炭素化は大前提とした上で、他の産業においてもビジネスモデルを根本的に転換し、成長の機会とすることを目的とした枠組みを制定しました。財務省から示される「予算編成の基本的な考え方」においても「グリーン社会の実現」は重点化項目とされています。
国土交通省の予算においてもこの分野は前年度に比して要求予算が増額しています。「2050年カーボンニュートラル等グリーン社会の実現に向けた施策の展開」の項目の中で、最も予算額の大きい施策に「ZEH・ZEBの普及や木材活用、ストックの省エネ化など住宅・建築物の省エネ対策等の強化」があります。ZEHとはネット・ゼロ・エネルギー・ハウス、ZEBとはネット・ゼロ・エネルギー・ビルディングの略称です。
環境省ではZEH・ZEBについて「快適な室内環境を実現しながら、建物で消費する年間の一次エネルギーの収支をゼロにすることを目指した建物のこと」としています。下図にあるように、使用するエネルギーを削減するとともにエネルギーを創出することで建物のエネルギー収支が0になることを目標とします。
(引用:環境省HP https://www.env.go.jp/earth/zeb/about/index.html)
省エネ基準に関する改正も予定されており、この分野では大きな需要拡大が見込まれると同時に、省エネにかかる高断熱技術など住宅メーカー側の技術向上が求められます。
3.効率的な物流ネットワークの強化
国土交通省では迅速・円滑で競争力の高い物流ネットワークの実現を目指し、大都市圏環状道路等の整備やピンポイント渋滞対策等を併せて推進するとしています。令和4年度概算要求では物流ネットワークの強化に対して4,369億円もの予算が振り当てられています。
背景にはサプライチェーンのグローバル化があります。円高・人件費高等の影響で企業の海外進出が進んでいるのに加えて、国内生産される製品についても海外から部品調達を行い、国内で生産後に製品を輸出するといったモデルが増加しています。また、急速に進展するサプライチェーンのグローバル化に対応し、海外進出する日本の物流企業も増加しています。
こうした流れから、物流上重要な道路ネットワークの再設定が今後の重要課題とされ、国土交通省から以下のようなイメージが公表されています。重要な拠点間を大型車両もスムーズに移動できるよう端末のアクセスルートの整備が進められ、枢要な湾岸拠点へのアクセス機能の向上や走行距離の短縮につながるような橋梁補強などが実施される予定です。
(引用:国土交通省HP https://www.mlit.go.jp/common/000987229.pdf)
また、物流業界でも建設業界と同様に人材不足が切迫した問題となっており、ダブル連結トラックによる省人化なども進められています。また45ftコンテナ積載車両の走行支障解消に向けた取り組みも検討されています。こうした大型車両は橋梁に負荷がかかり、与える影響も大きいため道路の整備だけでなく、インフラ老朽化の対策も合わせて行っていくことが期待されます。
4.インフラ老朽化対策
国民の安全・安心を支えるインフラは、その多くが高度経済成長期以降の一定期間に整備されており、建設後50年以上経過する施設が加速度的に増加していくということは周知のとおりです。
(引用:国土交通白書2021より)
以前は施設の機能や性能に不具合が生じてから修繕等の対策を講じる事後保全を基本としていましたが、2018年に不具合が発生する前に対策を講じる予防保全の方が効率的であることが発表されました。そこで予防保全を基本とした上で国土交通省所管分野における維持管理・更新費の推計結果が公表されています。
(引用:国土交通省HP https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/maintenance/_pdf/research01_02_pdf02.pdf)
この推計では2044年まで予防保全費は増加し続け、最大で、発表時の2018年比で1.4倍の7.1兆円となり、そこから緩やかに減少に転じていくと推定されています。新技術やデータの積極的活用等を図り、持続的・実効的なインフラメンテナンスの実現が目指されています。
インフラ老朽化対策については、この先約25年間は手堅い増加が見込まれ改めて建設業界の下支えの領域となることが確実となりました。
5.今後の建設業の動向
ここまで確認した内容から、建設業ではカーボンニュートラルや物流ネットワークといった時代の先端テーマへの対応と、各種インフラ老朽化への対応という2つの柱にシフトしていくことが想定されます。特に、インフラ老朽化については物流ネットワークの構築にも関わるため、今後は、これまで統計数値でしかなかったインフラ修繕が実際の案件として急速に顕在化することが予想されます。
このニーズの顕在化は、従来人不足や働き方改革、IT技術浸透の遅れ、ダンピングなどの諸問題が積みあがっている状況で生じることから、業界のある特定の箇所にしわ寄せがいくような事態にならない取り組みが必要です。国や自治体から現場の個々人まで、今後の建設業界においては、あらゆる階層で今出来る取り組みを積み重ねていく必要性が増すことになるとみられます。
6.おわりに
今回は国土交通省から公表されている令和4年度概算要求の中でも今後注目の、建設分野における省エネ対策、物流インフラの整備、老朽化インフラ対策について確認しました。
概算要求の内容を知り今後の建設業界の大きな流れを掴むとともに、予算額を比較すれば注力される度合いも掴むことができます。毎年更新されていくものですので、過年度分と比較しながらご覧いただくと参考になるかもしれません。
北海道大学経済学部卒業。公認会計士(日米)・税理士。公認会計士試験合格後、新日本有限責任監査法人監査部門にて、建設業、製造業、小売業、金融業、情報サービス産業等の上場会社を中心とした法定監査に従事。また、同法人公開業務部門にて株式公開準備会社を中心としたクライアントに対する、IPO支援、内部統制支援(J-SOX)、M&A関連支援、デューデリジェンスや短期調査等のFAS業務等の案件に数多く従事。2008年4月、27歳の時に汐留パートナーズグループを設立。税理士としてグループの税務業務を統括する。