1.はじめに
ここ数年、建設業の景気状況は、震災復興事業等による受注が相次ぎ、建設業界全体では工事件数が増加しているため、好景気に見えます。
売上が増加しているのであれば、それに伴い利益も増加しているのが一般的ですが、昨今の建設業においてはそう簡単に判断する訳にはいかない複雑な状況があります。
例えば会計上、売上が増加していても原価、費用もともに増加していれば、当然利益の額は増加しないし、極端な場合には減少してしまうことになります。仕事をすればするだけ赤字になってしまうことも考えられます。工事期間が長期に渡る建設業においては、請け負った時の見積もり原価の額と実際に工事を行っていく上で、発生する原価、費用の額が増加することもあり、見積もりの時点の原価の額を上回ってしまうこともあり得ます。
そこで、今回は建設業における、売上、原価、費用の状況について少し詳しく見ていきたいと思います。
(1)売上について
まずは建設業において売上に相当する建設投資額ですが、国土交通省の調査によると建設投資は平成4年度の84兆円をピークに、平成28年度は約51兆円の見通しとなっており、依然として、過年度と比較すると低い水準で推移しているものの一定の回復は見せています。
(2)原価、費用について
一方、原価、費用の額に影響を及ぼすことになる材料費や人件費についてですが、国土交通省が取りまとめている「主要建設資材需給・価格動向調査結果」によると主要な建築資材は平成28年度において1、2月に石油価格がやや下落したものの、6、7月に価格上昇しました。平成28年度においても1、2、6月において石油がやや下落したものの、他は推移がないという結果になっております。以上からすると、資材価格の高騰は特に変動がなく維持されてしまっているのが現状であると考えられます。
最後に人件費ですが、一般社団法人全国建設業協会による公共工事設計労務単価の特殊作業員を参考にしてみますと、平成22年には17,500円であった一日あたりの労賃は平成25年には20,600円となり、平成28年度には22,700円となっております。この10年で約1.3倍に人件費が増加しているという調査結果となっています。主な要因は人手不足が挙げられており、それが短期的に解消できるとは思われないため、このまましばらくは人件費の高騰は続くのではないでしょうか。
2.人材不足について
少子高齢化は日本全体の問題ですが、建設業においては、就業者数のうち約3割が55歳以上である一方、29歳以下は約1割にとどまっており、全産業を大幅に上回るペースで高齢化が進展しています。10年後55歳以上の就業者のうち半分が引退したとしたら、建設投資としての需要はあるものの人材不足により工事ができないという状況が容易に想像出来ます。更に、建設業における新規学卒求人(平成26年3月高校卒業者)に対する未充足率は60.4%であり、製造業(15.4%)を大きく上回っています。さらに、高校卒業者の三年目までの離職率は48.5%であり、製造業(27.3%)を大きく上回っています。このため、将来にわたる担い手不足が強く懸念される状況にあり、処遇改善や教育訓練の充実・強化等その対応が急務となっております。新規高卒の入職者は平成4年度には3.4万人、平成27年度には1.8万人となり、平成4年度と比較すると5割程度まで減少しています。
東日本大震災の復興需要、東京オリンピック・パラリンピック開催による建設投資の増加にも関わらず長年の建設投資の減少に伴い、競争が激化したことにより技能労働者の就労環境の悪化により建設業の人材は不足しているのが現状です。
3.人材不足の解消に向けて
このような状況において、国土交通省と厚生労働省は連携して平成27年4月24日に「建設業の人材確保・育成に向けて」のとりまとめを発表しました。
本施策は「魅力ある職場づくり」・「人材確保施策」・「人材育成施策」の3つの視点を軸に掲げており、その施策の一環として社会保険未加入者への加入推進があります。
「建設産業においては、下請企業を中心に、雇用、医療、年金保険について、法定福利費を適正に負担しない企業 (すなわち保険未加入企業) が存在し、技能労働者の医療、 年金など、 いざというときの公的保障が確保されず、 若年入識者減少の一因となっているほか、 関係法令を遵守して適正に法定福利費を負担する事業者ほど競争上不利になるという矛盾した状況が生じています。」と国土交通省は平成24年3月26日に下請企業への社会保険加入推進対策をとることを明言しており、国土交通省における「社会保険における下請指導ガイドライン」においては「下請企業には、適切な保険に加入している建設企業を選定すべきであり、遅くとも平成29年度以降においては、健康保険、厚生年金保険、雇用保険の全部又は一部について、適用除外でないにもかかわらず未加入である建設企業は、下請企業として選定しないとの取扱いとすべきである。」と元請業者が率先して下請企業に対して社会保険の加入を徹底させるよう指導しており、最終的には社会保険の未加入企業には仕事自体を任せないようにすべきと述べています。
とはいえ、社会保険の加入には当然、相応の原資が掛かることとなります。そこで、国土交通省においては各建設業関係団体に対して、法定福利費の見積もりも含めた標準見積書の書式の作成をするように指導しました。その見積書を利用することにより下請業者が見積書作成の際に法定福利費の原資相当分を元請業者に対して請求することを一般化しようとしています。法定福利費の請求も含めた標準見積書の書式を国土交通省のホームページに建設業関係団体ごとに掲示しています。
4.社会保険等の加入状況について
このような取り組みの結果として雇用保険も含めた社会保険の加入率の推移は以下のようになっております。
社会保険の加入率は着実に好転していることが分かります。しかし、都市部や下請けにおける労働者単位の加入状況は依然として低水準で推移しています。下請け業者までは未だ福利厚生費分の原資となりうる金額が行き渡っていない様子が伺えます。まだまだ全員加入という訳には行かないと思われますが、建設業界全体として人材の確保に向けて前向きに取り組んでいることが伺えます。
この結果を受けて平成29年国土交通省においては、①都市部や2次下請け以下の労働者を中心とした加入状況に関する実態調査。②標準見積書の活用状況に関する実態調査。③調査結果を踏まえた、5年間の社会保険等未加入対策の成果の総括と、残された課題の整理を行うとしています。
5.おわりに
今回は建設業界における人材不足とその要因としての社会保険の未加入にクローズアップしました。現在の建設業における人材不足の原因のすべてが社会保険の未加入に集約する訳ではありませんが、原因の一端を担っていることは間違いのない事実です。社会保険に未加入である各建設業関連会社は現在の社会保険の負担により将来の人件費高騰を防ぐためにも前向きに加入を検討せざるを得ない状況になってきていると考えます。キャリアを積んだ技能労働者の流出を避ける意味でも、社会保険の加入により社会保険制度を利用できることは従業員にもプラスでありますし、万が一の際には、会社にとってもプラスになると思われます。どの業界にも言えることですが、業界全体として健全化を図れれば、若い人材が将来を描くことができます。そのような業界であれば人材の流出を防ぐことができるのではないでしょうか。売上のパイの取り合いは業界の中で行われますが、人材に対して業界をアピールすることは他の業界との争いになるため、業界全体を通して問題に取り組むことが肝要となるのではないでしょうか。
北海道大学経済学部卒業。公認会計士(日米)・税理士。公認会計士試験合格後、新日本有限責任監査法人監査部門にて、建設業、製造業、小売業、金融業、情報サービス産業等の上場会社を中心とした法定監査に従事。また、同法人公開業務部門にて株式公開準備会社を中心としたクライアントに対する、IPO支援、内部統制支援(J-SOX)、M&A関連支援、デューデリジェンスや短期調査等のFAS業務等の案件に数多く従事。2008年4月、27歳の時に汐留パートナーズグループを設立。税理士としてグループの税務業務を統括する。