
2025年1月28日に埼玉県八潮市で発生した道路陥没事故。下水道管の破損が起因とされたこの事故は、公共構造物の老朽化対策が喫緊の課題であることを突き付けた。2012年12月に発生した笹子トンネル天井板崩落事故以降、インフラの老朽化対策が徐々に進められてきたが、予算の制約もあり、思うように進んでいなかった。特に地方自治体が管理する下水道等などは技術者不足も重なり、維持更新の必要性は分かっていながら、計画的な維持管理ができないのが実情だ。下水道の老朽化対策を中心にインフラのメンテナンス対策の動きをまとめた。
下水道管路の全国特別重点調査の実施を要請
八潮市の道路陥没事故は、下水道管内で発生した硫化水素で下水道管路が損傷し、陥没につながったと見られている。事故に巻き込まれたトラック運転手の方が亡くなられ、上流域の住民120万人に下水道利用が一時制限された。破損した下水道管は年内には復旧し、2026年3月には一部通行可能になる見通しだが、下水道管の複線化工事は3~5年かかるという。
国土交通省はこの事故を重く見て、2025年2月に有識者で構成する「下水道等に起因する大規模な道路陥没事故を踏まえた対策検討委員会」(委員長・家田仁政策研究大学院大学教授)を設置。大規模下水道の点検、更新・維持管理制度などの議論を開始した。3月には第1次提言として、下水道管路の全国特別重点調査の実施を要請。2段階で緊急調査を行う方針を示し、八潮市の事故と類似の下水管路を「最優先」と位置付け、夏ごろまでに緊急調査を実施。その後範囲を広げた全国調査を1年程度で完了させることを求めた。
提言を受け国土交通省は、すぐに地方自治体に特別重点調査を要請。判定基準をこれまでより厳しくし、ICTの積極的な活用なども指示した。最優先点検の対象管路は全国で1000キロ程度。ただ、この特別重点調査を受け、2025年8月に埼玉県行田市で下水道管路の点検中に作業員4人が亡くなる事故があり、国土交通省は安全確保への最大限の留意や、換気、流出防止措置などの安全対策の十分な実施を再び要請した。
管路にリダンダンシーやメンテナビリティを
検討委員会は2025年5月、「国民とともに守る基礎インフラ上下水道のあり方~安全性確保を最優先する管路マネジメントへ」と題する第2次提言を作成した。下水道管路の点検調査を「管路の損傷しやすさ(ハザード)」と「社会的影響の大きさ(影響力)」の二つの観点からメリハリを付けて行う必要性を指摘。多重化や分散化、DXなど今後の下水道管路の基本的な考え方も示した。
基本的な考え方では、下水道管路の維持管理業務が「極めて過酷」とし、安全確保を何より優先した上で点検や調査の高度化やコストダウンを「徹底的に進めなくてはならない」と強調。ハザードと影響力の二つを軸に、重点化した点検、調査の体系に転換すべきと主張している。
下水道管路にリダンダンシー(冗長性)やメンテナビリティ(整備性)を持たせるため、管路の多重化や連絡管の整備、容易に点検が行える構造への見直しなども必要と指摘。大口径管に対応した検査技術の高度化や安全性を高めるための遠隔化などDX推進も不可欠だと訴えた。人材確保や市民理解の醸成、財源確保の重要性も明示した(表1)。
表1 下水道等に起因する大規模な道路陥没事故を踏まえた対策検討委員会の第2次提言の概要下水道等のインフラマネジメントのあり方
1.点検・調査技術の高度化・実用化
・大深度の空洞調査など地下空間の安全確保を目的とした技術
・無人化・省力化に向けたDXとしての自動化技術の高度化・実用化
・管路内面の点検・調査のみならず、地盤の空洞調査など組み合わせ
・メリハリをつける観点から、「事後保全」などの扱いとする箇所も検討
3.リダンダンシー(冗長性)・メンテナビリティ(維持管理の容易性)を備えたシステム
・事故時の社会的影響が大きい大規模下水道システムの多重化・分散化
・マンホール間隔の見直しなどによりメンテナビリティを向上
4.地下空間情報のデジタル化・統合化
・道路管理者と道路占用者の連帯により、占用物情報をはじめ、路面下空洞調査の結果や
道路陥没履歴などの情報をデジタル化し統合化する仕組みを検討
5.下水道等のインフラマネジメントを推進するための財源確保
・必要な更新投資を先送りしないよう使用料を適切に設定
・集中的な耐震化・老朽化対策に対し国が重点的に財政支援
・広域連携や官民連携のさらな推進
第2次提言を踏まえ、国土交通省は2025年7月の検討委員会の会合で、下水道管路のマネジメントに関する具体的な方策を提示。その中には点検時の事故防止や道路下にある下水道管路の点検・検査の難しさを考慮し、メンテナンス技術の無人化・省人化技術の開発を挙げた。
技術例としてドローンや浮流式テレビカメラ、管路内の映像からAIで劣化を診断する技術などを示した。上下水道一体革新的技術実証事業(ABーCross)のような民間企業や研究機関からテーマを公募した上で行う補助事業や実証事業を活用する方針も提示。新技術は、今後5年程度で実用化したいとした。一方、管路の点検や再構築で今後重要となる点を具体的な基準などに落とし込むため、新たに「下水道管路マネジメントのための技術基準等検討会」を設置することも決めた。
「緊急度I」判定は72キロ、1年以内に対策
2025年8月に初会合が開かれた「下水道管路マネジメントのための技術基準等検討会」(委員長・森田弘昭日本大学生産工学部教授)は、下水道管路点検の頻度や方法、維持管理のしやすい構造などを検討中で、年内に検討成果として中間整理をまとめる方針。
その中間整理などをもとに国の「下水道事業のストックマネジメント実施に関するガイドライン」や、下水道協会が作成している「下水道維持管理指針」「下水道管路施設ストックマネジメントの手引き」など、管理関係の基準を包括的に見直す見通し。重要事項は国の技術基準などに引き上げる予定だ。
すでに議論に上がっている診断区分の見直しでは、現行の「緊急度」評価を廃止し、施設全体の状態を総合的に判断する「健全度」の導入が提案された。構造の健全性や施設の状態にフォーカスした複合的な診断を行うことで、管路の老朽化による事故発生リスクを従来に比べ 正確に評価する考えだ。現行の基準ではマンホール間単位となっている診断スパンも、管1本単位や異常箇所ごととする案なども議論されている。いずれにしても、ここでの議論が下水道管路の点検・調査だけでなく、更新・複線化などに大きな影響を与えることは間違いない。
一方、2025年9月に公表された下水道管路の全国特別重点調査結果では、対象となった腐食や損傷が生じやすく、敷設から30年以上経過した優先実施箇所約813㎞(128団体が管理)のうち、8月時点で全体の約9割に相当する約730㎞の調査が完了。最も危険度の高い「緊急度I」と判定されたのは72㎞に達した。国土交通省は対象自治体に1年以内の対応を求めた。
「緊急度II(応急措置を実施した上で5年以内の対応が必要)」と判定されたのは約225㎞。空洞は全国で6カ所確認され、うち4カ所は既に対策済み。残る2カ所は陥没する可能性が低いものの、早急な対応を要請している。調査対象のうち、残る優先実施箇所は9月中の完了を見込み、全国特別重点調査全体(約5000㎞)の完了は2026年2月末を予定している。
インフラ全般の維持管理手法を検討、見える化が鍵
検討委員会は第3次提言に向け、インフラ全般のマネジメントのあり方に関する議論を進めている。これまで下水道管路のマネジメントに焦点を当ててきたが、インフラ全般に共通する課題としてデータなどによる徹底的な「見える化」、メンテナビリティー(メンテナンスのしやすさ)やリダンダンシー(冗長性)の確保といった論点を掘り下げ、インフラ全体の老朽化対策を提言する。
第2次提言の内容を踏まえ▽徹底的な「見える化」▽点検・調査の「メリハリ」▽現場の「モチベーション」▽国民理解・協力への「モーメンタム」(機運)-の四つの論点に絞り込み、議論を重ねている。
あるメンバーは「インフラマネジメントの基本精神、“憲法”のようなものをつくりたい」と、第3次提言に対する考え方を表明。国土交通省所管に限らず他省庁所管や民間保有のインフラも包含するような共通事項をまとめる意向で、インフラの施設分野や管理者が異なる場合も、点検結果などの情報をデジタル化し、統合管理していく方向性を提示するもよう。年末までには第3次提言をまとめる予定だ。
造ったら終わりではなく、維持、活用する仕組みを
上下水道整備については、2024年4月に厚生労働省の所管する水道整備・管理行政が国土交通省・環境省へ移管された。移管は人口減少に伴う上下水道事業の経営悪化や技術者不足が進み、安全・安心に水を供給し処理する環境が揺らいでいることから、両事業を統合し、シナジー効果を高める狙いがある。
2024年11月には有識者で組織する「上下水道政策の基本的なあり方検討会」(委員長・滝沢智東京都立大学都市環境学部都市基盤環境学科特任教授)を設置し、30年後を見据えた上下水道のあり方の議論を開始。2025年6月末に発表した提言の第一弾では、人口減少に伴う収入減少を踏まえ、これまで市町村単体で担っていた上下水道の「経営の広域化」を指摘した。
水道事業ではすでに2018年の法改正で広域化の必要性が明文化され、香川や岩手など各県で事業統合が進んでいる。一方、下水道は、平たんな地形でないと管路が敷設できないこと、汚水と雨水の処理にかかる費用の財源が異なることなどから、整備後の広域化が難しい状況にある。提言では上下水道の広域化には国が主導して取り組む必要があると指摘。広域化のメリットなどを解説する手引書の作成や積極的な事業体に財政支援を行うことなどを求めている(表2)。
表2 上下水道政策の基本的なあり方検討会の 第1次とりまとめの概要今後の取り組みの方向性
1.国主導による経営広域化の加速化
・経営広域化を加速化させる方針・責務の明確化と意識改革
→けん引役としての都道府県の役割の明確化(下水道については制度的対応が必要)
・経営広域化の規模等考え方の提示
→都道府県単位やそれ以上の広がりを視野に
・上下水道DXの標準実装による経営広域化の推進
・経営広域化を加速する国主導の取り組み
→インセンティブ検討、財政支援の集中化等
・経営課題の見える化
→水道カルテに加え下水道カルテの公表等
・適切な投資・経営計画へのシフト
→メリハリをつけた点検・更新の考え方や多様な経営改革手法
・料金等の地域格差や料金等の水準に関する考え方の提示
3.官民共創による上下水道の一体的な再構築と公費負担のあり方
・官民共創による上下水道の一体的な再構築、関連施策のシナジー効果の発揮
→広域型・上下水道一体・群マネなど質の高いウォーターPPPの推進
・強靱化の加速化、公益性の観点も踏まえた公費負担のあり方の検討
八潮市の道路陥没事故をきっかけに議論が進むインフラの老朽化対策。人々が安全・安心に暮らし、安定的な経済活動を行うにはインフラの機能が維持されていなければならない。インフラは造ったら終わりではない。それをきちんと維持管理し、活用する仕組みがなければならない。人口が減少する中で、インフラをどうマネジメントしていくのか。今後の大きな課題といえる。

執筆者
日刊建設工業新聞社 専務取締役事業本部長
坂川 博志 氏
1963年生まれ。法政大社会学部卒。日刊建設工業新聞社入社。記者としてゼネコンや業界団体、国土交通省などを担当し、2009年に編集局長、2011年取締役編集兼メディア出版担当、2016年取締役名古屋支社長、2020年5月常務取締役事業本部長を経て、2025年4月から現職。著書に「建設業はなぜISOが必要なのか」(共著)、「公共工事品確法と総合評価方式」(同)などがある。山口県出身。

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