1.はじめに
日本の建築物に関わる法律の一つに「建築物省エネ法」があります。この法律では一定規模以上の非住宅建築物に対する省エネ基準への適合義務や省エネ性能向上計画の認定制度などを定めています。
この建築物省エネ法について、国土交通省より改正案が公表され、一般住宅も対象になるとされています。
また、令和4年度の税制改正における住宅ローン減税の見直しについても、新型コロナで落ち込んだ経済回復に加え、環境性能等の優れた住宅の普及の推進といった意図が含まれており、「省エネ住宅」が今後一層注目度を増していくことが予想されます。
“省エネ”というキーワードは建設業界のこれからを考える上で避けて通れないテーマとなり、今後の住宅市場に大きな影響を与えます。今回は建築物省エネ法の中身と改正の背景に加え、関係する税制や補助金をご紹介したいと思います。
2.建築物省エネ法の概要と改正スケジュール
「建築物のエネルギー消費性能の向上に係る法律(通称:建築物省エネ法)」は、平成27年に施行された法律で、建築物の省エネ基準を策定し、影響の大きい大型建築物に対して当該基準の適合を義務化することによって、建築物のエネルギー消費性能の向上を目的としています。
現行の建築物省エネ法では省エネ基準適合義務対象外の住宅についても、2025年までに省エネ基準への適合義務化とするという方針が示された形となっています。この方針の意図を確認するために、現行の建築物省エネ法を確認していきます。
現行の省エネ法は2021年4月に施行となりました。この改正内容をまとめると下記のようになります。
① 非住宅建築の内、300㎡以上2,000㎡未満の建築物の適合義務化
② 説明義務の創設と300㎡未満の非住宅建築物への説明義務の義務化
③ 300㎡未満の小規模住宅への説明義務の義務化
この改正のポイントは、300㎡以上の建築物が適合義務とされたことです。それまで適合義務は大規模(2,000㎡以上)な非住宅建築だけでしたので、この改正で急にこの法律の影響を受けるようになった事業者の方も多いのではないかと思います。また、小規模建築では設計者から建築主へ省エネ性能の“説明義務”が新たに課されました。
2021年4月施行の改正内容を図示すると以下の通りです。
非住宅建築物 | 住宅 | |
---|---|---|
大規模 (2,000㎡) |
適合義務 | 届出義務 |
中規模 (300㎡以上2,000㎡未満) |
||
小規模 (300㎡未満) |
努力義務+説明義務 |
「脱炭素社会に向けた住宅・建築物の省エネ対策等のあり方検討会」からは、脱炭素社会の実現に向けたロードマップが公表されており、その中でも省エネ適合基準義務化に言及されています。
このロードマップに則った改正がなされた場合、上表の全ての建築が“適合義務”となり、規模や住宅・非住宅を問わず全ての建築物で、省エネ基準への適合が必要になります。
全建築物の義務化は、ロードマップ上では2025年とされ、適合すべき省エネ基準の内容も厳しくなっていくことが予定されています。
遅くとも2030年にはZEH(強化外皮基準&BEI=0.8)に引き上げられる予定です。中小工務店等の習熟度をいかに底上げしていくかが課題となりそうです。
3.建築物省エネ法が改正された背景
建築物省エネ法の改正案や「脱炭素社会に向けた住宅・建築物の省エネ対策等のあり方検討会」の動きの背景には、全世界的な環境保全活動の加速があります。
2015年12月、COP21(気候変動枠組条約 第21回締約国会議)において、全参加国が2020年以降の温室効果ガス排出削減等のための新たな枠組みとしてパリ協定を採択しました。日本で耳にする“温室効果ガス削減目標”というのはパリ協定をふまえて、日本が示した中期目標(2030年度削減目標)です。
(出典:https://www.mlit.go.jp/common/001275971.pdf)
上記グラフは中期目標を具体的に示したものです。
建築工事を伴う分野における最終エネルギー消費の削減量は全体の14.4%を占めます。また、ここ数年でSDGsの認知が日本でも高まったことにより、「省エネ」が一層コアな問題となっています。
そのため、建築業界でも大手を中心に省エネ技術の開発が進められ、国としても目標達成のために制度面から後押しをしていく中で建築物省エネ法の段階的改正が進められています。
4.日本の省エネ住宅事情
省エネ住宅建設への機運は高まっていますが、日本の住宅性能の現状はどうなっているのでしょうか。
国土交通省の調査によれば、平成28年度時点で、省エネ基準適合率は建築物全体では92%であるのに対して、住宅は全体で52%にとどまっています。
(出典:https://www.mlit.go.jp/common/001271345.pdf)
古いデータではありますが、比較すると非住宅建築物の適合率がかなり高くなっています。
これは日本の省エネ基準適合義務化が限定されていたのが大きな要因です。欧米主要国の多くの国では全ての住宅を含めた建築物で省エネ基準の適合義務が定められているのに対して、日本は2021年3月までは大規模(2000㎡以上)建築物に限られていました。
非住宅建築物でも2,000㎡未満の建築物は、規制レベルとしては“適合義務”の一段下となる“届出義務”となっていますが、住宅に比較すればかなり省エネ適合率が高くなっています。
これは施工を手掛ける事業者の習熟度が関係しているともいわれています。住宅の場合は大規模な事業者だけでなく少人数の工務店が施工にあたるケースも多くあります。企業規模が小さいほど研修などの機会は少なく、省エネ技術に関する習熟度は低いという実態がわかっており、省エネ基準についても小規模事業者の習熟度との相関があるとみられています。
省エネ適合住宅の普及を進めるには、施工者の教育や研修の制度を充実することが国に求められています。
(出典:https://www.mlit.go.jp/common/001271345.pdf)
5.省エネ住宅支援制度
住宅についても省エネ基準への適合義務化となると、住宅購入者には経済的負担が大きくなります。ここからはその負担を軽減するための省エネ住宅支援制度をご紹介していきたいと思います。
◆所得税
まずは所得税にかかる減税についてです。令和4年度の税制改正大綱でも注目されましたが、いわゆる住宅ローン減税について改正がなされています。改正により控除率が1%から0.7%となり、借入限度額についても環境性能に優れていない一般住宅であった場合、4,000万円から3,000万円に引き下げられました。ただし、省エネ基準等を満たしていれば下図のように限度額はその性能に応じて4,000~5,000万円となっています。
(出典:https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001447132.pdf)
◆固定資産税
省エネ性能だけでなく、バリアフリー性や耐震性、維持管理の容易性なども満たす必要がありますが長期優良住宅として認定されると、新築戸建ての場合は5年間、固定資産税が2分の1となります(一般新築住宅でも3年間の減額措置はあります)。
◆登録免許税
登録免許税の軽減措置については以下のようになっています。令和4年3月31日までの時限措置でしたが、令和4年度税制改正でその期限が令和6年3月31日までに延長されました。
住宅(新築)に関する登録免許税
本則 | 軽減措置 | ||
---|---|---|---|
所有権の保存 | 住宅 | 0.40% | 0.15% |
特定認定長期優良住宅 | 0.40% | 0.10% | |
認定低酸素住宅 | 0.40% | 0.10% | |
所有権の移転 | 住宅 | 0.40% | 0.30% |
特定認定長期優良住宅(一戸建以外) | 0.40% | 0.10% | |
特定認定長期優良住宅(一戸建) | 0.40% | 0.20% | |
認定低酸素住宅 | 0.40% | 0.10% | |
特定増改築等がされた住宅 | 0.40% | 0.10% |
◆不動産取得税
長期優良住宅の場合、課税標準からの最大控除額が一般住宅の1,200万円から1,300万円に増額されます。この軽減措置についても令和6年3月31日までに延長されました。
◆贈与税
直系尊属から住宅取得等資金の贈与を受けた場合の贈与税の非課税措置等についても、一般住宅の非課税限度額が500万円であるのに対して省エネルギー性、耐震性、バリアフリー性のいずれかを満たしている住宅である場合1,000万円となり、最大500万円もの差が生じます。
次に補助金についてです。
補助金については、施主自身が申請するのではなく事業者が申請し認定を受けて施主に還元するという形式が増えているため、事業者もキャッチアップしておく必要があります。下記の補助金についても申請者が施主ではなく、住宅事業者があらかじめ「こどもみらい住宅事業者」として事務局に登録した上で、申請手続を行う必要があります。
◆こどもみらい住宅支援事業
子育て支援及び2050年カーボンニュートラルの実現の観点から、子育て世帯や若者夫婦世帯による高い省エネ性能を有する新築住宅の取得や住宅の省エネ改修等に対して補助することにより、対象となる世帯層の住宅取得に伴う負担軽減を図るとともに、省エネ性能を有する住宅ストックの形成を図るという目的で創設された補助金事業です。
注文住宅の新築と新築分譲住宅にかかる補助金は以下のようになっています。ただし、対象となるのは子育て世帯(申請時点において、子(年齢は令和3年4月1日時点で18歳未満。すなわち平成15(2003)年4月2日以降出生の子)を有する世帯。)または若者夫婦世帯(申請時点において夫婦であり、令和3年4月1日時点でいずれかが39歳以下(すなわち昭和56(1981)年4月2日以降出生)の世帯。)になります。
住宅性能 | 補助額 |
---|---|
ZEH | 100万円 |
高い省エネ性能等を有する住宅 | 80万円 |
一定の省エネ性能等を有する住宅 | 60万円 |
同補助金はリフォーム事業についても補助金が出ます。また対象工事も規定されています。
①子育て世帯または若者夫婦世帯 | ②既存住宅購入 | 一戸あたりの上限補助額 |
---|---|---|
該当する | 該当する | 60万円 |
該当しない | 45万円 | |
該当しない(一般世帯) | 該当する(安心R住宅に限る) | 45万円 |
該当しない | 30万円 |
A | (1)開口部の断熱改修 | いずれか必須 | 補助額が合計5万円以上で補助対象 | |
(2)外壁、屋根・天井又は床の断熱改修 | ||||
(3)エコ住宅設備の設置 | ||||
B | (4)子育て対応改修 | Aと同時に行う場合のみ補助対象 | ||
(5)耐震改修 | ||||
(6)バリアフリー改修 | ||||
(7)空気清浄機・喚起機能付きエアコンの設置 | ||||
(8)リフォーム瑕疵保険等への加入 |
(出典:https://kodomo-mirai.mlit.go.jp/reform/)
6.おわりに
省エネ基準への適合義務が住宅に適用されると、各種統計資料がより多く公表されたり、税制優遇や補助金についても手厚くなったりすることが予想されます。
税金の優遇措置は時限措置のものがほとんどであり、契約や入居するタイミングで受けられる優遇に大きな差が出てしまうことがあります。また補助金制度についても予算額が毎年決められており、その枠に達すると終了することもあります。
税制優遇や補助金が手厚くなると、こういった情報提供についても各企業の付加価値となってきます。
今後重要性が増す一方の「省エネ」を軸に、各制度をキャッチアップしていくことは大変ではありますが、顧客の利益になる情報提供によって顧客からの信頼獲得につながるのではないでしょうか。
・国土交通省環境行動計画(案)の概要|国税庁 (nta.go.jp)
・国土交通省環境行動計画(案)|国税庁 (nta.go.jp)
北海道大学経済学部卒業。公認会計士(日米)・税理士。公認会計士試験合格後、新日本有限責任監査法人監査部門にて、建設業、製造業、小売業、金融業、情報サービス産業等の上場会社を中心とした法定監査に従事。また、同法人公開業務部門にて株式公開準備会社を中心としたクライアントに対する、IPO支援、内部統制支援(J-SOX)、M&A関連支援、デューデリジェンスや短期調査等のFAS業務等の案件に数多く従事。2008年4月、27歳の時に汐留パートナーズグループを設立。税理士としてグループの税務業務を統括する。
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