中央建設業審議会(中建審、大久保哲夫会長)は4月18日、都内で総会を開き、3月末に公表された有識者会議「持続可能な建設業に向けた環境整備検討会」の提言をベースとした法制度のあり方に向けた議論を開始した。提言で指摘された▽請負契約の透明性向上を通じ受発注者の協議プロセスを確保する方策(民間工事での設計変更の枠組み)▽労務費の圧縮を伴う低価格競争や著しく短い工期を制限する方策▽技能労働者に適正な賃金が行き渡るような施策-などの具体策を検討する。中建審と社会資本整備審議会(社整審)産業分科会建設部会に設置する合同の基本問題小委員会で5月から詳細検討に入り、8月をめどに制度設計の大枠を固める。建設業法の改正が必要な事項などが含まれる提言の内容を法制度などに、どう落とし込んでいくのか注目される。
価格や工期ではなく、施工品質を競う環境を
「持続可能な建設業に向けた環境整備検討会」(座長・楠茂樹上智大学法学部教授)は、建設業が以前から抱えている担い手確保や生産性向上などの課題をはじめ、昨今大きな問題となっている建設資材の急激な価格変動に対する対応など、建設業が将来にわたって持続可能な活動ができるような施策を検討する目的で、2022年8月に国土交通省が設置した。これまで事業者ヒアリングを行うとともに、資材価格変動に対応しやすい契約のあり方、技能者の賃金を適切に行き渡らせる方策、重層下請構造の適正化に向けた施工体制の「見える化」、労務費の標準化などについて議論した。
3月末に発表した提言では、これまでの議論を整理し、建設業の持続可能な活動を支えるため、2つの大きな目標を掲げた。一つ目は請負契約の透明性を高めることで受発注者間・元下請負間のコミュニケーションを促し、発注者を含む建設生産プロセス全体での信頼関係とパートナーシップを構築することで、適切なリスクの分担と価格変動への対応を目指すとした。二つ目は、労務費を原資とする低価格競争や著しく短い工期による請負契約を制限することで、価格や工期を競う環境から、施工の品質などで競う新たな競争環境を確保し、建設業全体の更なる持続的発展を目指すとした。
これらの目標の実現に向け、その具体策として「協議プロセス確保による価格変動への対応」、「賃金行き渡り・働き方改革への対応」、「実効性の確保に向けた対応」の3項目ごとに各種施策を打ち出した。
「協議プロセス確保による価格変動への対応」では、価格変動時に受発注者間での協議を規定する民間約款の利用を基本とし、当該条項が請負契約で確保されるよう法定契約記載事項を明確化することを提案。見積り時や契約締結前の受注者から注文者に対する情報提供の義務化や、民間工事での価格変動時の協議を円滑化するため、建設業者から注文者に対し、建設資材の調達先、建設資材の価格動向などに関する情報提供を義務化し、請負代金変更ルールの枠組みの構築を求めた。
同時に透明性の高い新たな契約手法を確立するため、請負代金の内訳としての予備的経費やリスクプレミアムを明示するとともに、オープンブック・コストプラスフィー方式などを請負契約締結時の選択肢の1つとして加えることも盛り込んだ。
中建審が「標準労務費」を勧告し、適切な労務費を
「賃金行き渡り・働き方改革への対応」では、労務費を原資とする低価格競争を防止するため、受注者による廉売行為を制限する方策や、中央建設業審議会が「標準労務費」を勧告し、適切な労務費水準の明示などを提言。受注者となる建設業者がこれを下回る労務費による請負契約を締結しないような仕組みをはじめ、請負契約時に受注者が「標準労務費」を基に適正賃金の支払いを誓約する表明保証を行うような制度の導入、技能労働者自身が技能に応じた適切な賃金が把握できるよう建設キャリアアップシステム(CCUS)のレベル別年収を明示することを求めた。さらに、受注者による、著しく短い工期となる請負契約を制限することで、時間外労働や休日にしわ寄せが及ばないようにする施策の構築も提案した。
「実効性の確保に向けた対応」では、国がICT(情報通信技術)を活用した施工管理の指針を策定し、特定建設業者による施工体制の適切な把握を可能とするとともに、許可行政庁でも必要に応じて賃金支払いの実態を確認できる仕組みづくりを提案。建設業法第19条の3(不当に低い請負代金)違反への勧告対象を民間事業者に拡大するとともに、勧告に至らなくとも不適当な事案について「警告」「注意」を実施し、必要な情報の公表ができるよう、組織体制の整備を求めた。
基本問題小委員会が8月ごろに中間まとめを作成
この提言の実現に向け、今後中建審と社整審産業分科会建設部会に設置する合同の基本問題小委員会で議論が行われる。基本問題小委は5月から月1回のペースで開き、検討課題ごとに詳細を詰めるという。8月ごろに中間まとめを決定し、中建審に報告。これを受け国交省が必要な制度整備・改正に取り掛かる流れだ。
基本問題小委は、建設業関係の学識者を中心に、幅広い専門分野や他産業の視点を取り入れて提言をまとめた検討会メンバーの多くが参加。建設業界の主要団体の幹部らに加え、不動産業界や住宅業界の関係者も加わる。
ただ、提言で提案された項目を制度化するのは、かなり難航しそうだ。例えば急激に資材価格などが高騰した際に対応できる契約方式は、従来の各種リスクも含めて契約する「総価一式」方式ではなかなか難しい。建設生産のコスト構造をガラス張りにし、その詳細までを契約事項に含めれば契約変更も可能になるかもしれないが、これまでの商習慣を大幅に変えることになりかねず、容易ではない。
公共事業のように発注者側に建設生産物(構造物)を熟知した技術者が在籍し、自ら積算して詳細な内訳を事前に把握できていれば、資材価格が変動した場合に設計変更するスライド条項も適用できるが、民間事業者のように建設生産物のコスト構造に関する専門家がいない発注者は、建設技術や建設コストに対する情報がなく、いわゆる「情報の非対称」となり、資材価格の変動に対し、きめ細かな対応は難しい。また、多くの発注者は契約時の建設費で事業採算を組み立てているため、工事着手後に建設費を変動させるのは、事業採算にも影響し、避けたいだろう。
基本問題小委では、受注者が契約時に請負代金の内訳として予備的経費やリスクプレミアムなどを明示し、価格変動リスクを事前に発注者に知ってもらうような施策が今後検討される。その際、重要になってくるのが、発注者側の代理人としてプロジェクトを管理する技術者(PM)や、施工や建設コストを管理する技術者(CM)の活用かもしれない。施策の枠組み次第では、海外では一般的なPMやCMが介在するケースが今後増える可能性もある。
工事量の増減で労務費にしわ寄せがいかない仕組みを
現場の第一線で働く技能労働者に適正な賃金が行き渡るような方策も、簡単ではない。建設業界はこれまで重層下請構造によって、建設投資の増減に対応してきた。特に2008年のリーマンショック後に工事量が減った際、重層下請の下層に位置する3次以下の下請企業で働く技能労働者の賃金を大幅に削った。その結果、建設業界から多くの若者が去り、倒産する企業も相次いだ。
この反省を踏まえ、技能労働者に確実に賃金が行き渡るよう、中建審が勧告する「標準労務費」を基に適正賃金の支払いを下請企業に誓約する表明保証制度の仕組みを検討する。だが、最低限必要な労務費の水準となる「標準労務費」をどの程度に設定するのか。建設生産コストにも大きく影響を与えるため、慎重な議論が必要になるだろう。
いずれにしても、今回の「持続可能な建設業に向けた環境整備検討会」の提言は、10年後、20年後の建設業を占う上で、大きな影響を与えることは間違いない。若い人たちが生涯を託せる業界にするためにも、丁寧な枠組みづくりが求められるだろう。
執筆者
日刊建設工業新聞社 常務取締役事業本部長
坂川 博志 氏
1963年生まれ。法政大社会学部卒。日刊建設工業新聞社入社。記者としてゼネコンや業界団体、国土交通省などを担当し、2009年に編集局長、2011年取締役編集兼メディア出版担当、2016年取締役名古屋支社長、2020年5月から現職。著書に「建設業はなぜISOが必要なのか」(共著)、「公共工事品確法と総合評価方式」(同)などがある。山口県出身。