1.はじめに
今回は、「建設業特有の引当金」についてレポートしたいと思います。そもそも「引当金」という言葉は、会計に携わる人であればすぐに理解できるのですが、会計に携わったことがない人からするとなかなか理解が難しいものです。将来の一定のリスクに備えて、会計上あらかじめ「引当金」として積み立てておくものですが、実際に資金の動きがあるわけでもなく、ほとんどの場合税務上の損金算入できるものでもありません。引当金を計上した分だけ、会計上の利益を税務上の所得に調整するため、税務申告書の別表で調整が必要となり税務上の処理を複雑なものにします。今回は、そういった「引当金」について、建設業特有の引当金を中心に解説いたします。
2.引当金とは
「引当金」とは企業会計原則注解18では次のように定義されています。「将来の特定の費用又は損失であって、その発生が当期以前の事象に起因し、発生の可能性が高く、かつ、その金額を合理的に見積ることができる場合には、当期の負担に属する金額を当期の費用又は損失として引当金に繰入れ、当該引当金の残高を貸借対照表の負債の部又は資産の部に記載するものとする。」
ここで引当金の4要件をもう一度確認しますと以下のようになります。
- 将来の特定の費用又は損失であること
- 発生が当期以前の事象に起因すること
- 発生の可能性が高いこと
- 金額が合理的に見積り可能であること
費用と収益の対応の関係から、将来発生する可能性がある損失について当期以前の事象に起因しているのであれば、当期の負担に属する金額をあらかじめ費用又は損失を計上して、引当金を計上するというものです。
3.一般的な引当金について
一般的な引当金として代表的なものは、「貸倒引当金」です。貸倒引当金とは将来の取引先の倒産等により債権が回収不能になることに備えて、あらかじめ一定金額を債権金額の評価項目として引当金を積んでおきます。通常の取引仕訳と異なるのは、貸倒引当金の計上は、「決算修正仕訳で計上すること」、「実際に現金の動きが生じないこと」、「請求書等の証憑が用意されているわけではない」というところです。
実際に、中小企業においては、税務上のメリットを考慮しなければ、万が一取引先が倒産すれば倒産した年度に貸倒損失を計上すればよいのであって、あらかじめ引当金を計上する必要はありません。決算処理が煩雑になるため、実際には引当金計上していない中小企業も多いのではないでしょうか。
貸倒引当金は、将来の売上債権又は貸付金等の債権の回収不能に備えてあらかじめ計上しておくもので、仕訳の概要は以下のとおりとなります。
(借方)貸倒引当金繰入額 X X X / (貸方)貸倒引当金 X X X
売上先が、数百件もあれば得意先の経営の行き詰まりや、オーナー社長の病気や死亡など、何らかの原因で、売上債権が貸倒れることは発生します。そういった損失に備えて期末時点に残っている債権残高に一定の貸倒実績率等をかけて貸倒引当金を計算することになります。
4.建設業特有の引当金
ここで本題に入りますが、建設業特有の引当金としては次にあげるようなものがあります。有価証券報告書の会計方針の記載において引当金の性質と計上方法について説明がなされています。
■ 工事損失引当金
工事損失引当金とは、例えば「受注工事に係る将来の損失に備えるため、当事業年度末手持工事のうち損失の発生が確実視され、かつ、その金額を合理的に見積ることができる工事について、当該損失見込額を計上している。」と重要な会計方針に記載されます。
こちらの工事損失引当金は、建設業の典型的な引当金の例で、赤字の発生する可能性のある工事について、未成工事支出金の評価項目として引当金を計上しております。
工事途中での引当金の計上は、工事すればするほどマイナスが増えていくものであり、決算書として開示していくことは経営者にとって厳しいものがありますが、工期の延長や受注金額の見積り誤りなどによって原価が受注金額を超えてしまうことはやむを得ず生じるものだといえます。
■ 完成工事補償引当金
完成工事補償引当金は、例えば、「完成工事に係る瑕疵担保に要する費用に充てるため、当事業年度の完成工事高に対する将来の見積補償額を計上している。」と重要な会計方針に記載されます。
こちらについても建設業における典型的な引当金といえそうですが、例えば工事が完成してから一定期間無償修理を補償している契約がある場合は、その発生する費用に備えて発生確率を考慮して引当金を計上します。また、完成工事に対する瑕疵担保責任の費用に充てるため、過去の補償の発生確率を勘案して将来発生すると予想される費用を見積って計上することになります。
メーカーでいうところの製品保証引当金が近いイメージの引当金といえます。
■ 環境対策引当金
環境対策引当金とは、例えば『「ポリ塩化ビフェニル廃棄物の適正な処理の推進に関する特別措置法」により義務付けられているPCB廃棄物の処理に要する費用に充てるため、当該費用見込額を計上している。』と重要な会計方針に記載されます。
これは、建設業に限った話ではないですが、いわゆるポリ塩化ビフェニル(PCB)に関する処分は法律に基づいて慎重な処分方法が定められていますので、その処理に係る費用をあらかじめ見積って引当金計上することになります。
会社が建物や土地を所有している場合は、環境対策引当金とは別に「資産除去債務」という負債項目の処理費用を見積って計上されることになります。
5.おわりに
今回は、「建設業特有の引当金」についてレポートいたしました。引当金は、会計処理上も会計監査上も、見積もりの方法が複雑となり、恣意性や主観が介入するため非常にデリケートな勘定科目といえます。しかし、会計原則の費用収益対応の原則や、費用は早めに見積もるという保守的な考え方から、会計技術上計上が要請されるものです。こういった引当金は、利益の調整に利用されるとよくありませんが、健全な会計を保つためには必要不可欠なものといえます。
北海道大学経済学部卒業。公認会計士(日米)・税理士。公認会計士試験合格後、新日本有限責任監査法人監査部門にて、建設業、製造業、小売業、金融業、情報サービス産業等の上場会社を中心とした法定監査に従事。また、同法人公開業務部門にて株式公開準備会社を中心としたクライアントに対する、IPO支援、内部統制支援(J-SOX)、M&A関連支援、デューデリジェンスや短期調査等のFAS業務等の案件に数多く従事。2008年4月、27歳の時に汐留パートナーズグループを設立。税理士としてグループの税務業務を統括する。