1.はじめに
「DX」という言葉をよく目にするようになりました。2018年に経済産業省が「DXレポート」を発表したことで認知されるようになった「DX」とはDigital Transformation(デジタルトランスフォーメーション)の略称です。その後コロナ禍でリモートワークなど勤務環境が変容していく中で、その重要性がより認識されるようになりました。
今回は「DX」に関わる言葉を確認しつつ、DXにより建設業界にもたらされると期待されている変化を考えていきたいと思います。
2.DXとは
経済産業省ではDXを「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。」と定義しています。
類似の言葉として「IT化」や「デジタル化」があります。IT化やデジタル化はコンピュータ・ネットワーク技術を用いた業務効率の向上が目的であるのに対し、DXは自社がどのようなビジネスモデルを作り上げたいのかというゴールを描いた上で、それを実現させるための手段の一つとしてITを利用するという違いがあります。
例えば工場のラインで人が手作業を行っていた工程がある時、効率化することを目的にデジタル技術を用いて作業時間の短縮などを実現することはIT化に分類されます。対して、労働環境の改善による優秀な人材確保というゴールを描き、その上でデジタル技術を導入し生産体制の変革を行うのがDXとなります。
3.「2025年の壁」~12兆円損失の試算~
経済産業省が公表した「DX~IT システム「2025 年の崖」の克服と DX の本格的な展開~」の中で、DXを実現できなかった場合の経済損失の試算がなされています。複雑化・老朽化・ブラックボックス化した既存システムが残存した場合、IT人材の不足やwindows XP・windows 7・SAP ERPなどのシステムサポートの終了のリスクに伴う経済損失は2025年以降、年間最大12兆円といわれています。これが「2025年の壁」と呼ばれ、大きな懸念となっています。
この試算は2014年時点のデータ損失やシステムダウン等のシステム障害による経済損失約4.96兆円を基に試算されています。このうちシステムの複雑化・老朽化・ブラックボックス化に起因するものは約4兆円であり、現在のシステムが老朽化する割合等を考慮するとこの損失が3倍になるという計算です。
みずほ銀行のシステム障害が記憶に新しいですが、元々3行が対等合併した組織で作られたシステムですから、これも複雑化・ブラックボックス化したシステムによる弊害といえるかもしれません。
4.DXを支えるテクノロジーの種類
DXの基礎となるデジタル技術は日々進歩しており、どのような技術があるかを整理しておきたいと思います。既に浸透している言葉ではありますが、改めて確認しておきます。
◆ クラウド
クラウドとは、ネットワーク経由で情報を保管したりシステムを利用したりすることができるサービスの総称で、DXの実現には必須の技術とも言えます。DXを進めるほど扱うデータ量は増加し、重要なデータも増加します。クラウドを用いたサービスは、プランを変更するだけで容量やシステムの拡張ができ、メンテナンス等の手間が不要で、どこからでもデータにアクセスできる環境を容易に構築することができます。
◆ IoT
「Internet of Things」の略で、日本語では「モノのインターネット」と訳されます。人の操作やセンサーから情報が取得され、インターネット経由でモノの状態を把握したり、モノに対して命令を飛ばして制御したりする仕組みです。クラウドで膨大なデータを蓄積し、AIにに学習させることで判断まで自動化する試みも進んでいます。
◆ 5G
「5th Generation(第5世代移動通信システム)」の略で、新世代の通信規格です。通信速度が飛躍的に向上することから、情報を高速且つ安定的に通信・処理することが必須となる次世代の技術開発においては、5Gが大きな役割を果たします。
◆ AI
「Artificial Intelligence」の略で日本語では「人工知能」と訳されます。一般的には「人間の知能を人工的に再現したもの」という認識がなされ、パターン化が容易な判断や膨大な情報の分析をAIに任せることによる飛躍的な効率化が期待されています。今後のデジタル技術の発展にはかかせない存在となります。
こういった技術は人手不足の激しい建設業界での活用が望まれている状況です。国土交通省から公表されているインフラ分野におけるDXを推進するための施策をご紹介しながら、これらのテクノロジーが具体的にどのように活用されていくのか次項でみていきたいと思います。
5.国土交通省による施策(インフラDX)
インフラDXでは、「インフラ分野のデジタル・トランスフォーメーション施策」として以下を具体的なアクションの柱としています。
◆ 行政手続きや暮らしにおけるサービスの変革
◆ ロボット・AI等活用で人を支援し、現場の安全性や効率性を向上
◆ デジタルデータを活用し仕事のプロセスや働き方を変革
それぞれどういったアクションなのか具体例をご紹介します。
◆ 行政手続きや暮らしにおけるサービスの変革
行政手続きのデジタル化やオンライン化を進め、迅速化を推進することを目標としています。例えば河川使用や工作物の新設許可、特殊車両の通行許可など手続きに時間がかかっているものの効率化や即時処理が予定されています。また、国民一人一人の暮らしの利便性や安全性を高めるインフラの整備として、高速道路以外のドライブスルーなどでもETCによるタッチレス決済を普及するなど実現化に向けて試行が開始されています。これらが実用化されると、新たな建設ニーズに繋がります。
◆ ロボット・AI等活用で人を支援し、現場の安全性や効率性を向上
国土交通省では、建設施工における自動化・自律化の促進と、機械が自ら考え施工する工事現場の実現によって、飛躍的生産性向上を目指しています。従来は人の判断・操作によって行ってきた施工を、AIや5G等の技術を用いて行うことで生産性向上や省力化を実現すべく、技術基準や実施要領等を整備しています。ソフトバンクと大成建設は、工事機器の遠隔操作の実証実験を実施しており、実用化が期待されています。
また、パワーアシストスーツのような人間拡張技術も開発がすすめられ、危険作業や重労働の軽減が図られています。
そして、地域建設産業の生産性向上、持続性の確保についても触れられています。今後は中小・中堅建設企業でも事務面の効率化のためのICTツールの導入やBIM/CIM(3Dモデルを用いた設計・施行管理の効率化を目指したシステム)の導入が推奨されていくことになりますので、それに対する各種支援策が予定されています。
◆ デジタルデータを活用し仕事のプロセスや働き方を変革
建設業界はどうしても危険というイメージが残っており、それが人材確保のハードルになることもあります。DXの進展により、業界や職員の安全性・作業環境の改善や、いわゆる3Kイメージの払拭も期待されています。例えば、複数の作業員や足場が必要だった出来高確認も、レーザースキャナやドローンなど各種技術を用いて、遠隔で映像・データ解析することで省人化したり危険を軽減したりすることが想定されています。
6.おわりに
建設業界では若い入職者が少なく、職人の減少と高齢化が進んでいます。この状況を解消するには労働環境を改善し入職希望者を増やすと共に、女性や障害者、高齢者の活躍の場を増やすことが肝要です。DXによる業務の効率化により労働時間の短縮や、パワーアシストのような技術により筋力が弱くてもできるようにすることで人材の裾野はひろがります。
DXといっても、いきなりビジネスモデルの変革などを考える必要は無く、施工管理アプリや顧客管理システム(CRM)、営業支援システム(SFA)といった、システムの導入・見直しなどから着手し始めることが重要です。
経済産業省ではDX推進度合いを評価する自己診断ツールが公表されている他、各種補助金制度も設けられています。これらを含めて、今後積極的なDXをご検討頂ければと思います。
北海道大学経済学部卒業。公認会計士(日米)・税理士。公認会計士試験合格後、新日本有限責任監査法人監査部門にて、建設業、製造業、小売業、金融業、情報サービス産業等の上場会社を中心とした法定監査に従事。また、同法人公開業務部門にて株式公開準備会社を中心としたクライアントに対する、IPO支援、内部統制支援(J-SOX)、M&A関連支援、デューデリジェンスや短期調査等のFAS業務等の案件に数多く従事。2008年4月、27歳の時に汐留パートナーズグループを設立。税理士としてグループの税務業務を統括する。
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