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はじめに
長年にわたり超低金利が続いてきた日本では、企業経営において金利を大きなリスク要因として意識する場面は限られていました。しかし、日本銀行が金融政策の正常化を進めたことで、その前提は大きく変わっています。2024年にマイナス金利政策が解除され、その後も段階的な利上げが行われ、2026年には政策金利が1.0%程度まで引き上げられました。
金利上昇は、単に銀行からの借入金の利息が増えるという問題にとどまりません。企業の設備投資や資金繰り、資産価値、会計処理など、幅広い分野に影響します。さらに建設業では、工事期間が長く多額の運転資金を必要とすることに加え、住宅ローンや不動産投資など、発注者側の資金調達環境が建設需要を左右します。本記事では、2026年までの日本の利上げの流れを確認したうえで、企業経営への影響や建設業への影響について解説します。
日本における金利の変遷
日本の金融政策が大きく転換したのは2024年3月です。日本銀行は同年3月19日の金融政策決定会合で、2016年から続けてきたマイナス金利政策を終了するとともに、長短金利操作を中心とする従来の金融政策の枠組みを見直しました。政策金利に相当する無担保コールレート(オーバーナイト物)について、0~0.1%程度で推移するよう促す方針としました。
さらに2024年7月31日には、政策金利を0.25%程度へ引き上げました。同時に、日本銀行は長期国債の買入れを段階的に減額する計画も決定しています。これにより、日本経済は長く続いた「金利がほとんどない状態」から、金利の存在を前提として企業や家計が経済活動を行う環境へと本格的に移行していくことになりました。
2025年1月24日には、政策金利が0.5%程度へ引き上げられました。その後、2025年12月19日には0.75%程度へ引き上げられています。そして2026年6月16日、日本銀行はさらに0.25%引き上げ、1.0%程度としました。2026年7月31日の金融政策決定会合でも、1.0%程度が維持されています。
したがって、2024年3月のマイナス金利政策解除から約2年余りの間に、日本の政策金利は0%近辺から1.0%程度まで上昇したことになります。絶対的な金利水準だけを見れば依然として極端に高いとはいえませんが、長期間にわたり超低金利を前提としてきた日本企業にとっては、大きな環境の変化です。
また、日本銀行は2026年7月時点でも、経済・物価情勢に応じて政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していく考えを示しています。このため企業経営では、現在の金利水準だけではなく、今後さらに金利が変動する可能性を織り込んだ財務管理が必要になっています。
企業への最も直接的な影響は借入コストの増加
金利上昇による企業への影響として、まず挙げられるのが、借入金に対する支払利息の増加です。政策金利の引き上げは金融機関の貸出金利にも波及するため、新規借入や借換えの条件は従来より厳しくなる可能性があります。
例えば、借入残高が10億円ある企業について、平均借入金利が0.5%上昇した場合、単純計算では年間の支払利息が500万円増加します。借入残高が100億円であれば5,000万円です。営業利益率の低い企業では、この増加額が最終利益やキャッシュフローに無視できない影響を与える可能性があります。
もっとも、利上げの影響がすべての企業に同時に表れるわけではありません。変動金利による借入が多い企業では比較的早期に影響が表れる一方、固定金利で長期資金を調達している企業では影響が遅れて表れます。ただし、固定金利であっても満期を迎えて借り換える際には、その時点の金利水準が反映されます。そのため、利上げの影響は時間をかけながら企業の資金調達コストに浸透していくと考えられます。
企業としては、借入総額だけでなく、固定金利と変動金利の割合、借入金の返済・満期時期、借換え予定額などを把握し、金利がさらに上昇した場合の支払利息を試算しておくことが重要です。
設備投資や事業拡大への影響
金利上昇は、設備投資や新規事業にも影響します。工場、物流施設、店舗、ホテル、オフィスなどへの投資では、将来得られる収益と投資額、資金調達コストを比較して採算性を判断します。
借入金利が上昇すると、投資額や収益予想が同じであっても、 事業の採算性は低下します。これまでであれば実行できた設備投資が延期されたり、投資規模が縮小されたりする可能性があります。特に、多額の借入金を利用する不動産開発などでは、わずかな金利上昇でも、事業期間全体で見れば相応のコスト増となります。
一方、人手不足への対応、省力化、生産能力の増強、老朽設備の更新など、経営上必要性の高い投資まで一律に減少するとは限りません。むしろ金利上昇局面では、投資案件ごとの収益性を厳格に比較し、優先順位を付ける傾向が強まると考えられます。
資金繰りや金融機関との関係性
金利上昇局面では、利益だけでなくキャッシュフローの管理も重要です。支払利息が増加すれば、その分だけ営業活動や投資に利用できる手元資金が減少します。特に借入依存度が高い中小企業では、利益が出ていても資金繰りが厳しくなる可能性があります。
金融機関側も、借り手企業の返済能力をこれまで以上に慎重に確認することが考えられます。企業にとっては、決算書を提出するだけではなく、月次試算表や資金繰り表、事業計画などを用いて、自社の収益力や将来の返済能力を説明できる体制を整えることが重要です。
また、金利上昇の影響は企業によって異なります。借入金の多い企業には負担増となる一方、豊富な現預金を保有する企業では預金金利の上昇によって受取利息が増える可能性があります。「金利上昇はすべての企業に一律のマイナス」と考えるのではなく、自社の資産・負債の構成から影響を把握することが必要です。
金利上昇が与える会計処理への影響
金利上昇は財務面だけでなく、決算上の会計処理にも影響します。特に注意したいのが、割引率を使用して現在価値を算定する項目です。
例えば固定資産の減損会計では、減損損失を認識した場合、回収可能価額の算定に将来キャッシュ・フローの現在価値が用いられることがあります。一般に、将来キャッシュ・フローが同じであれば、割引率が高くなるほど現在価値は低下します。このため、金利上昇が割引率に反映されることで回収可能価額が低下し、減損損失の金額に影響する可能性があります。
退職給付会計にも注意が必要です。退職給付債務の計算に使用する割引率は、期末における国債や優良社債など、安全性の高い債券の利回りを基礎として決定されます。金利上昇によって割引率が変化すれば、退職給付債務の再計算が必要となり、数理計算上の差異が発生する場合があります。
さらに、国債や社債などの債券は、一般に市場金利が上昇すると価格が下落する関係にあるため、保有する有価証券の時価評価にも影響します。ただし、債券価格が下落した場合の減損については、単なる市場金利上昇によるものなのか、発行体の信用力低下によるものなのかなど、下落要因を確認することが重要です。
このほか、資産除去債務やリース取引など、割引計算を伴う会計処理についても、金利変動の影響が及ぶ場合があります。金利上昇は支払利息だけの問題ではなく、決算数値にも影響し得ることを認識しておく必要があります。
建設業に与える影響
ここまで企業一般への影響を見てきましたが、建設業では金利上昇の影響がより複合的に表れる可能性があります。
第一に、工事に必要な運転資金への影響です。建設業では、工事の受注から完成、代金回収までの期間が長くなりやすく、その間にも材料費、外注費、人件費などの支払いが発生します。工事代金を回収する前に多額の支払いが必要となれば、金融機関からの短期借入などによって運転資金を確保する必要があります。
このため借入金利が上昇すると、工事を遂行するための資金コストそのものが増加します。現在の建設業では資材価格や労務費の上昇もみられるなか、工事原価の増加によって必要運転資金が膨らんだところへ金利負担が加わる点に注意が必要です。
第二に、長い工期が金利負担を増幅させる可能性があります。大型工事や開発案件では、計画から完成まで数年を要する場合があります。当初の事業計画を低い金利で作成していると、工事期間中の金利上昇によって、想定していた利益率を確保できなくなる可能性があります。自社で開発事業を行う建設会社では、土地の取得から建物の完成・売却までの保有期間が長いほど、金利上昇による影響を受けやすくなります。
最後に、取引先の信用リスクです。金利上昇は自社だけでなく、発注者、協力会社、下請会社にも影響します。借入依存度が高く、利益率の低い取引先では、支払利息の増加によって資金繰りが悪化する可能性があります。工事代金や売掛金の回収遅延、協力会社の経営悪化などが発生すれば、自社の工事進行や資金繰りにも影響するため、取引先の信用状況を継続的に確認することが重要です。
まとめ
日本では2024年のマイナス金利政策の解除以降、段階的な利上げが進み、企業経営において金利を意識する重要性が高まっています。金利上昇は借入コストの増加だけでなく、設備投資の採算性や資金繰り、会計処理など、企業活動の幅広い領域に影響を及ぼします。
特に建設業では、工事期間が長く、材料費や外注費などの支払いが先行しやすいため、金利上昇による資金調達コストの増加が、工事採算やキャッシュフローに影響する可能性があります。また、自社だけでなく、発注者や協力会社などの資金繰りや信用状況にも注意が必要です。
今後は、借入金の固定金利・変動金利の割合や返済時期を把握するとともに、金利上昇を想定した資金繰りや事業計画を作成することが重要です。金利を財務部門だけの問題として捉えるのではなく、受注や投資判断を含めた経営上の重要な要素として、継続的に管理していくことが求められるでしょう。
1981年北海道釧路市生まれ。新日本監査法人(現 EY新日本有限責任監査法人)監査部門にて製造業、小売業、情報サービス産業等の上場会社を中心とし た法定監査に従事。また、同法人公開業務部門にて株式公開準備会社を中心としたクライアントに対する、IPO支援、M&A関連支援、デューデリジェンス等のFAS業務に数多く従事。2008年に汐留パートナーズグループを設立、代表取締役社長に就任。2009年グループCEOに就任し、公認会計士・税理士・弁護士・社会保険労務士等のプロフェッショナル集団を統括。公認会計士(日本/米国)・税理士・行政書士。北海道大学経済学部卒業、慶応義塾大学大学院経営管理研究科(EMBA)修了。











