公共工事における指名停止措置の裁判

 安易な指名停止措置に警鐘/前橋地裁が名誉棄損を認め、自治体に損害賠償の支払い命令判決

はじめに

 前橋地方裁判所が3月12日に出した判決は、1年間の指名停止措置の発表によって名誉を傷つけられたなどと訴えた原告(建設会社)側の主張を認め、発注者(地方自治体)側に損害賠償の支払いを命じた。これまで公共工事の発注者(国や地方自治体など)が行う指名停止措置に対し、受注者側が不服を申し立てて裁判で争うケースはほとんどなかった。公共工事市場では発注者側が圧倒的に強い立場にあるからだ。その意味でも今回の判決は画期的と言える。指名停止措置とはそもそもどういうものなのか。発注者側の安易な指名停止措置を抑えるにはどうすれば良いのか、考えてみた。

指名停止をマスコミにいきなり発表

 まず、今回の判決内容を説明する。

 群馬県A市が発注した運動場造成工事で、完成した4カ月後の2015年6月に豪雨により擁壁の一部が倒壊した。A市はこの倒壊事故を巡り、施工会社に契約違反があり、ずさんな作業が原因だったとし、1年間の指名停止措置をマスコミに公表した。施工会社はこの発表を受け、社会的な信用を傷つけられたなどとし、A市に対し損害賠償額2000万円などを求めた民事訴訟を起こした。

 3月12日に出された判決で、前橋地裁の杉山順一裁判長は「市側の発表内容の主要な部分が真実であるとは言えない」などとし、A市に約100万円の支払いを命じた。判決理由では施工会社の瑕疵として「擁壁の水抜きパイプが閉塞されていた」ことを認めたものの、「市の了解を得ずに直径30センチを越える転石が混入した土砂を外部から搬入し使用したこと」や、「擁壁の背面の盛土部分に十分な転圧を加えなかったこと」、「パイプの閉塞と転圧不足が擁壁の倒壊につながったこと」の瑕疵は真実とは認められないとし、公表すべき必要性や緊急性があったとは言えないとした。

 さらに、施工会社の瑕疵が故意によるものではなく、1年の指名停止措置の根拠となる「極めて悪質な事由がある」とは認められないとし、6カ月を越える部分は裁量権を逸脱しているとした。

だれと契約するかは発注者の自由

 判決はA市が指名停止の理由に挙げた施工者側の瑕疵を一部を認めたものの、その大半を否定し、「公表すべき必要性や緊急性があったとは言えない」とした上で、指名停止期間も長く「裁量権を逸脱している」と指摘した。

 原告側の主張がほぼ認められた形だが、原告側が裁判前のようにA市の工事が受注できるかどうかは、また別の話だ。今回の裁判中も、A市は市と係争中の建設会社は入札参加できないという規程を設けた。いわば発注者と裁判で争うような建設会社とは契約しないということだ。

 発注者側が業者を選定し、だれと契約するのかは自由と言える。例えば自分が家を建てる時、手抜き工事の噂のある会社には、例え噂であっても見積もりさえも依頼しないだろう。発注者はそれだけ、だれと契約するかの裁量権を持っている。

 ただ、税金を使って行う公共工事では、発注者の恣意性を排除するため、会計法や地方自治法で入札契約制度に一定のルールを定めている。指名停止措置も同様に各発注者は「指名停止基準」を作成し、この基準に沿って、指名停止の可否や期間を決めている。だが、建設業者の処分には「営業停止」などの行政処分もあり、わざわざ指名停止措置という二重の処分が必要なのかという疑問もある。

指名停止措置は「法的保護に値する法的利益」

 指名停止措置に対し受注者側が不服を申し立てる時の大きな壁の一つが、指名停止措置が「法的保護に値する法的利益」となるかどうかだ。法的保護に値する法的利益とは、裁判を起こすことのできる利益かどうかということ。人は悔しいとか、悲しいとかという感情を持つが、その感情は法的保護に値する法的利益とは言えない。

 要するに裁判所が審査の対象にするかどうかという判断だ。指名停止措置は例えば契約相手が10者ある中で、1者を一定期間(指名停止期間)の間、契約しないということ。仮に応札できても必ずその会社が受注できる訳でもない。発注者から見れば、誰と契約しようと自由であり、法的保護に値する法的利益ではないと見るだろう。

 だが、2013年に大阪地方裁判所が安易な指名停止措置を法的な利益と認めるとの判断を下し、今回の裁判もこの考え方が踏襲された。

 それと、今回の裁判で論点の一つとなったのが、1年間もの長期にわたる指名停止措置とその公表が、原告建設会社側に対する名誉棄損に当たるかどうかだ。この裁判は、指名停止措置を受けてから、すぐに係争に入ったが、第一審判決言い渡しまで5年4カ月もの歳月を要した。なぜ、ここまで延びたかというと発注者側が和解を拒否したためだ。

 裁判所は原告側の訴えがお金ではなく、名誉の回復にあると考え、指名停止期間が終わる前に発注者が指名停止を解除すれば名誉が回復できると判断し、発注者に和解を求めた。だが、発注者は拒否した。さらに、裁判所は判決の言い渡し期日を延期し、判決前にも和解を再度発注者にあっせんしたがそれも再び拒否された。こうした状況で判決まで多くの時間が費やされてしまった。

 この間、原告建設会社は、公共工事の指名を受けられないというだけでなく、地元での民間工事の受注も困難を極めた。その経済的ダメージは計り知れない。つまり安易な指名停止措置は、その会社の息の根を止めかねないということだ。

指名停止と行政処分の二重苦を受ける受注者

 これまで発注者である国や地方自治体に対し、受注者である建設会社や建設コンサルタントらが指名停止措置などに対し、不服を申し立てるケースはほとんどなかった。これは裏を返すと、公共工事市場は甲乙が対等な関係にはなく、受注者の選定には発注者側の裁量権が入る余地があるということだ。それだけに受注者側は不服と思っても、発注者を怒らしたら、受注できなくなるため、泣き寝入りするしかなかった。

 こうした発注者が優越的な地位に立って受注者側を処分できる指名停止措置というものが本当に必要なのだろうか。施工業者に悪質な瑕疵があれば、営業停止などの行政処分で対応すれば良いのではないか。指名停止措置と行政処分という二重の罰が本当に必要なのか。こうした議論をしても良い時期に来ているのではないか。

 発注者から不当な扱いを受けるおそれが生じた受注者は、今回の判例を発注者に示し、不当な措置の回避を求めてほしい。一方、地方自治体も安直に指名停止措置を講じる対応は控えた方が良いだろう。裁判となったら敗訴するリスクもあることを理解すれば、乱暴な対応は控えることになる。

 今回の原告側、被告側とも控訴する予定だという。今後、舞台は東京高等裁判所に移るが、東京高裁が指名停止措置に対し、どのような判断を下すのか注目していく必要がある。

坂川 博志 氏 執筆者 
日刊建設工業新聞社
常務取締役編集兼メディア出版担当
坂川 博志 氏

1963年生まれ。法政大社会学部卒。日刊建設工業新聞社入社。記者としてゼネコンや業界団体、国土交通省などを担当し、2009年に編集局長、2011年取締役編集兼メディア出版担当、2016年取締役名古屋支社長、2020年5月から現職。著書に「建設業はなぜISOが必要なのか」(共著)、「公共工事品確法と総合評価方式」(同)などがある。山口県出身。

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