1.はじめに
役員給与には、従業員給与に比べて様々な税務上の制約が課されています。安易に増額・減額ができませんし、もし要件を満たさずに増額・減額を行った場合、支給した役員報酬の一部が損金算入されず、税負担が増えることにも繋がります。
ですが、役員に支給する給与であっても、「使用人兼務役員」に対して使用人分の給与を支給する際には、役員給与に対する制約を受けません。特に建設業のように現場での業務が主となる業種においては、役員が従業員と同様に現場に出ることも珍しくないと思います。そこで今回は、役員給与の概要と現場に出る役員に対する給与についてまとめていきたいと思います。
2.役員給与の概要
まず、役員給与の基本を確認していきたいと思います。税務上、役員給与は以下の3つに分類され、それぞれに異なった制限が設けられています。いずれも従業員給与とは違い、簡単に増額や減額できないようになっています。自由に増額や減額できてしまうと、会社の利益を操作できてしまい、適切・公平な課税が担保されないからです。そのため、一定の要件を満たさない場合は損金算入できない(費用として認められない)設計となっています。
税務上の分類 | 税務上の定義 | |
---|---|---|
定期同額給与 | 支給時期が1か月以下の一定期間ごとである給与で、その事業年度において支給額が同額であるもの | 月々の役員給与にあたる |
事前確定届出給与 | 所定の時期に確定額を支給することを記載した届出書を、予め所轄税務署長に提出した場合において、その届出書通りに支給する給与のこと | 一般的にボーナス、賞与にあたる(定額) |
業績連動給与 | 同族会社以外の法人が、その業務執行役員に対して、業務に連動して支給する給与のこと | 業績連動報酬のような業績指標に応じて変動する報酬 |
① 定期同額給与
定期同額給与は一般的な言い方をすれば、月々に支払われる給与のことを指します。税務上「支給額が同額であるもの」と規定されている点がポイントで、毎月同額であれば損金として認められます。
つまり、決算をしめる直前にその年度の利益が大きかったため期中で給与を増額する、といったことや、逆に利益が少なかったからといって減額することも認められません。いずれも増額又は減額した差額について損金不算入となります。
例)12月決算会社であった場合
⇒12月に計上した100万円のうち、増額した30万円は損金不算入となります。
⇒減額した場合も差額が損金不算入となります(210万円=30万円×7か月)
このように、基本的に期中の金額の変更は認められませんが、やむを得ない事情により報酬金額を変更しなければならない状況も想定されます。そのため、臨時改訂事由と業績悪化改訂事由が定められており、これに該当すれば全額損金算入できるようになっています。
臨時改訂事由としては以下のように定められています。
(2)役員の職務内容の変更
(3)上記に類するもの
業績悪化改訂事由としては以下のような場合が挙げられています。
(2)取引銀行との間で行われる借入金返済のリスケジュールの協議において、役員給与の額を減額せざるを得ない場合
(3)業績や財務状況又は資金繰りが悪化したため、取引先等の利害関係者からの信用を維持・確保する必要性から、経営状況の改善を図るための計画が策定され、これに役員給与の額の減額が盛り込まれた場合
これらの事由がなく、報酬額を変更するには届出が必要です。定期同額給与の変更は税務上、事業年度開始の日から3か月以内となっており、また会社法上、定款に取締役の報酬に関する定めがない場合は報酬を変更する場合は株主総会決議が求められます。そのため、多くの会社では定期株主総会(3月決算会社であれば6月末までに開催)で取締役報酬の改定を行い、届出をしています。
② 事前確定届出給与
事前確定届出給与は、いわゆる賞与・ボーナスです。従業員への賞与は、会社への貢献度や勤務態度といった一定期間の評価が反映されて決定されるものですが、事前確定届出給与は、定期同額給与と同様に事前に確定した金額を支給することが損金算入の条件となっています。
具体的には、事前に賞与の支給日と支給額を株主総会で決議し、それから1か月以内、もしくは事業年度の開始日から4か月以内に税務署に届け出る必要があります。もし、届出と支給実態が異なる場合は、支給した全額が損金不算入となります。
③ 業績連動給与
業績連動給与とは利益や株価等の指標を基礎に算定される給与です。これも従業員に対する賞与に近しいものですが、事前確定届出給与と異なり、金額は固定されていません。但しその分利益操作に用いられやすいことから、損金算入のハードルが高く設定されています。要件の中には、非同族会社で有価証券報告書提出会社でなければならない、といったものもあり、中小企業では導入している事業者は少ないものと思われます。
3.使用人兼務役員に対する給与
ここまで役員給与の基本について確認しましたが、ここからは使用人兼務役員について見ていきたいと思います。使用人兼務役員とは、その名の通り役員と従業員の役割を兼ねる者のことです。税法上、「役員のうち部長、課長、その他法人の使用人としての職制上の地位を有し、かつ、常時使用人としての職務に従事する者」と定義されます。但し、代表取締役や副社長など、一定の事項に該当する場合は使用人兼務役員となることは出来ません。
使用人兼務役員に対しては、役員の業務に対する給与と従業員の業務に対する給与をそれぞれ分けて支給することができます。この内、使用人分の給与については、これまで確認した役員報酬の制約を受けません。その為、期中の昇給や実績に応じた賞与の支給などを自由に行うことができます。
使用人兼務役員であれば、本来役員が加入できない雇用保険にも加入できる他、原価計算をしやすくなる側面もあります。
工期が複数の年度に渡る工事も珍しくない建設業において、期中に完成しなかった工事に係る労務費を仕掛品として資産計上して翌期に繰り越す処理はよく行われるかと思います。ですが、役員報酬を労務費とし、年度を跨ぐタイミングで仕掛品計上するような処理は一般的ではありません。その為、役員が現場での業務に当たった案件の原価計算を行うには申告用の税務会計の他に、損益把握を目的とした管理会計を組む必要が生じます。
ですが、使用人兼務役員として現場での業務に係る部分を使用人給与として支給すると、当該支給分については、仕掛品として資産計上することに問題が無い為、案件の損益計算が容易になります。
注意すべき点として、使用人兼務役員の使用人分の給与については、実態としてどの程度使用人業務に従事し、どのように算定したか、をきちんと説明できなければならない、という点が挙がります。というのも、ここに制限を設けないと、使用人分の給与を用いて利益調整が可能となるためです。使用人分の給与額、昇給額、賞与額について、どのような根拠でどのように算定したかを論理的に説明できないと、税務調査において当該使用人分の給与を役員報酬とみなされ、損金算入を否認される恐れがあります。
こうした背景から、役員が現場での業務に当たっている場合で、使用人兼務役員として、給与支給を分けることを検討する際には、一度顧問税理士に相談することをおすすめします。
4.おわりに
今回は役員給与の概要と、使用人兼務役員の給与について解説しました。
現場仕事が主となる建設業において、業務に携わる役員は珍しくないものかと思います。但し、実際の調査等の場面で、使用人兼務役員に当たると認められるかどうかは状況によります。
現在、大手ゼネコンが賃上げを決定したり、国土交通省も令和5年3月からの公共工事設計労務単価について5.2%の引き上げを発表したりと、建設業界で給与の増加に向けた動きが活発化しています。この流れの中で、従業員給与に連動して役員給与も見直しを検討し、その中で該当者を使用人兼務役員とすることを検討するケースも出てくるかと思います。
役員に支給する報酬は、税務上の制約に加え、会社の財政上適切な金額であるか、株主や社員の同意を得られる金額であるか、といった観点も考慮しなければなりません。場合によっては税理士等の専門家に相談してみるのも良いかもしれません。
北海道大学経済学部卒業。公認会計士(日米)・税理士。公認会計士試験合格後、新日本有限責任監査法人監査部門にて、建設業、製造業、小売業、金融業、情報サービス産業等の上場会社を中心とした法定監査に従事。また、同法人公開業務部門にて株式公開準備会社を中心としたクライアントに対する、IPO支援、内部統制支援(J-SOX)、M&A関連支援、デューデリジェンスや短期調査等のFAS業務等の案件に数多く従事。2008年4月、27歳の時に汐留パートナーズグループを設立。税理士としてグループの税務業務を統括する。