1.はじめに
各省庁から提出された令和4年度の概算要求が8月30日付で財務省により取りまとめられました。国土交通省からは総額で6兆9,729億円(財政投融資除く)の概算要求が出されています。
概算要求は次年度に注力される政策を読み解く上で非常に重要な資料です。特に公共事業や住宅ローン税制等の政策に大きな影響を受ける建設業界においては、今後の業界動向を見据える際に非常に有用なものです。
そこで今回から2回にわたり、概算要求を用いて建設業の2022年以降の動向を探っていきたいと思います。
2.概算要求とは
概算要求の中身をみていく前に、概算要求が何であるか、という点を確認しておきたいと思います。
概算要求とは、各省庁が次年度の政策を実行する上で必要な予算をまとめたものです。あらかじめ財務省から提示された概算要求基準や、財務大臣の諮問機関である財政制度等審議会で建議された「予算編成の基本的な考え方」を踏まえて作成されます。毎年8月、各省庁から財務省に提出された後、精査・調整した概算要求額が積み上げられ、翌年度の政府予算案ができるという流れになっています。
3.予算編成の基本的な考え方と国土交通省の要求
予算額は各省庁の基本方針に沿って決められますが、前項でも触れたとおり、その前提には日本政府としての大きな方針である「予算編成の基本的な考え方」があります。そのため、まずは「予算編成の基本的な考え方」を確認したいと思います。
令和4年度の概算要求にあたり示されている「予算編成の基本的な考え方」では、全体として前年度と同水準の予算が求められています。その中で、グリーン、デジタル、地方活性化、子供・子育ての4分野については、予算が重点的に振り分けられる「新たな成長推進枠」に設定されています。
国土交通省からは、冒頭で確認した国費の要求額の内、約23%にあたる1兆5,989億円が「新たな成長推進枠」に振り分けられています。
概算要求のベースとなる施策について、国土交通省では、ポストコロナの新たな経済社会を実現することを急務として3つの大きな柱として以下を掲げました。
- 国民の安全・安心の確保
- 社会経済活動の確実な回復と経済好循環の加速・拡大
- 豊かで活力ある地方づくりと分散型の国づくり
次項以降で、具体的にどのような政策が計画され、どのような建設・建築に影響してくるのかを見ていきたいと思います。
4.国民の安全・安心
この分野での要求内容と主な施策は以下のようになっています。
(1)東日本大震災や相次ぐ大規模自然災害からの復旧・復興
令和3年度から令和7年度までの5年間が指定された「第2期復興・創生期間」を念頭に、東日本大震災の被災地の住まいの再建や復興まちづくり、インフラの整備の推進が引き続き実施され、観光関連事業等に対する支援も計画されています。また、近年相次ぐ地震や台風被害地のインフラ整備や住宅再建等に対する支援も含まれます。
(2)災害に屈しない強靭な国づくりのための防災・減災、国土強靭化の強力な推進
主な施策として、気候変動による水災害リスクの増大に備え「流域治水」の考え方に基づく堤防整備、ダム建設・再生や、南海トラフ巨大地震など切迫する大規模地震に備えた対策、災害時においても輸送ルートが確保されるような人流・物流の確保の推進といった項目が挙げられています。
(3)インフラ老朽化対策等による持続可能なインフラメンテナンスの実現
国土交通省のインフラ長寿命化計画に基づいたインフラメンテナンスの推進が予定されています。
(4)地域における総合的な防災・減災対策、老朽化対策などに対する集中的支援
防災・安全交付金といった形で、激甚化・頻発化する風水害・土砂災害、防災・減災対策、予防保全に向けた地方公共団体の取り組みが集中的に支援されます。
(5)交通の安全・安心の確保
通学路の合同点検等を含めた交通安全対策、公共交通機関の安全確保に向けた取り組みが計画されています。
(6)戦略的海上保安体制の構築等の推進
「海上保安体制強化に関する方針」に基づき、海洋状況把握能力の強化に向けた取り組み等が施策として挙げられます。
5.社会経済活動の確実な回復と経済好循環の加速・拡大
この分野での要求内容と主な施策は以下のようになっています。
(1)ストック効果を重視した社会資本整備の戦略的かつ計画的な推進
ストック効果とは整備されたインフラ等の社会資本が機能し続けることで、中長期間にわたって得られる効果を指します。例えば輸送費の低下や生活環境の改善といった効果が挙げられます。ストック効果を期待した主な施策として、道路整備を中心とした効率的な物流ネットワークの強化があり、その他に航空・鉄道整備も含まれます。
(2)2050年カーボンニュートラル等グリーン社会の実現に向けた施策の展開
ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)、ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビルディング)の普及や、木材活用など住宅・建築物の省エネ対策の強化を中心の施策として据えています。
(3)国土交通分野のデジタルトランスフォーメーション(DX)や技術開発、働き方改革等の推進
デジタル化、スマート化、リモート化等により、建設業界の働き方改革や物流生産性の向上が期待されています。また、海運・造船の国際競争力強化や海洋開発等の推進も含まれます。予算として全体に占める割合はまだ少ないものの、注目度の高い分野となっています。
(4)危機に瀕する地域公共交通の確保・維持と新技術の活用などによる地域のくらしや移動ニーズに応じた交通サービスの活性化
持続可能な地域公共交通の確保・維持を図ると共に、ポストコロナにおける地域の暮らしや移動ニーズに応じた交通サービスの活性化に向けた取り組みが計画されています。
(5)地域経済を支える観光の存続と本格的な復興の実現
国内観光需要の回復やインバウンドの段階的復活に向けた取り組みとして、ワーケーション等の「新たな旅スタイル」の定着や、旅行客をひきつける潜在コンテンツの造成などが具体施策として記載されています。
(6)民間投資やビジネス機会の拡大
民間の資金・ノウハウを活用するPPP/PFIの推進を中心に、新ビジネス創出に向けた環境整備や質の高いインフラの海外展開に向けた取り組みが挙げられています。
(7)大阪・関西万博や国際園芸博覧会等に向けた対応
会場周辺のインフラ整備やアクセス向上だけでなく、空飛ぶクルマの実証実験などの取り組みが含まれます。
6.豊かで活力ある地方づくりと分散型の国づくり
以下のような項目から予算が要求されています。
(1)真の共生社会実現に向けたバリアフリー社会の形成と活力ある地方創り
地域公共交通、観光地、宿泊施設等のバリアフリー化を中心に、ユニバーサルデザインのまちづくりを目的としています。また、空き家対策等も予算に含まれています。
(2)コンパクト・プラス・ネットワーク、スマートシティ、次世代モビリティの推進等による持続可能な地域活性化や分散型の国づくり
多様な働き方・暮らし方を実現するコンパクトで歩いて暮らせるゆとりとにぎわいのあるまちづくりを推進するとともに、二拠点生活やワーケーションに対応するため個性ある多様な地域生活圏の形成が目指され、またその実現のため各拠点をつなぐ道路ネットワークの整備も挙げられています。
(3)安心して暮らせる住まいの確保と魅力ある住生活環境の整備
子育て世代、高齢者世代など誰もが安心して暮らせる住まいの確保を目指し、住宅セーフティーネット機能を強化することに加え、既存住宅・リフォーム市場の活性化に向けた施策が計画されています。
(4)豊かな暮らしを支える社会資本整備の総合的支援
コンパクト・プラス・ネットワークや歩いて暮らせるまちづくりに向けた地方公共団体等の取り組みを支援するための予算項目としています。
7.概算要求に見る建設需要
国土交通省からの概算要求においては、前述のように国費の約4分の1の金額に相当する額が「新たな成長推進枠」に振り分けられました。また、予算総額の約半分が「国民の安全・安心の確保」に振り分けられています。
目立つところでは、インフラ老朽化対策に関する予算で、単独で8,350億円が要求されています。インフラの老朽化というと今年10月に東京都内の複数個所で水道管が損傷し、漏水が発生したことも記憶に新しいかと思います。このようにインフラの老朽化は非常に切迫した問題でありながら、建設業界の人材不足等の要因があり、対応が進んでいないのが現状です。この点につき、国土交通省では令和2年12月11日に閣議決定された「防災・減災、国土強靱化のための5か年加速化対策」に基づき、対策の加速化を図っています。そのため、引き続き大きな建設需要となりえるでしょう。
8.おわりに
今回は国土交通省が提出した令和4年度の概算要求の内容を確認しました。概算要求を知ることで、翌年度の動きだけではなく、今後の大きな流れも掴むことができます。
国全体としてはグリーン、デジタル、地方活性化、子供・子育ての4分野が重点項目であり、この先数年間はこれらへの注力が続くと予測されます。建設業においてはこの中でも特にグリーン社会の実現や地方活性化といった分野での大きな公共投資が期待されます。
次回は国土交通省の過年度の概算要求と比較しながら要求予算が増額している項目を中心に、建設分野で今後注力されるであろう政策をより具体的に掘り下げていきたいと思います。
北海道大学経済学部卒業。公認会計士(日米)・税理士。公認会計士試験合格後、新日本有限責任監査法人監査部門にて、建設業、製造業、小売業、金融業、情報サービス産業等の上場会社を中心とした法定監査に従事。また、同法人公開業務部門にて株式公開準備会社を中心としたクライアントに対する、IPO支援、内部統制支援(J-SOX)、M&A関連支援、デューデリジェンスや短期調査等のFAS業務等の案件に数多く従事。2008年4月、27歳の時に汐留パートナーズグループを設立。税理士としてグループの税務業務を統括する。