はじめに
建設業では、建設工事及び建設業の実態を明らかにし、企業の経営方針策定等に役立てることを目的として、様々な視点の統計調査が行われています。国土交通省は、建設工事関係統計として、定期的に実施されている統計調査の結果を掲示しており、統計データは誰でも簡単に入手し、利用することができます。
今回は国土交通省から統計情報として提供されている各種調査の概要、及びその中から月次の統計調査として利用度が高い「建設工事受注動態統計調査」について掘り下げてみてみたいと思います。
主な建設工事関係統計調査の概要
国土交通省のホームページにて、建設工事関連統計として紹介されている調査のうち、主なものを以下にまとめました(参考:国土交通省HP 建設工事関係統計)。
その中でも、「建設工事施工統計調査」と「建設工事受注動態統計調査」は、公的統計の根幹をなす重要性の高い統計といわれている「基幹統計調査」に位置づけられています。
主な建設工事関係統計
名称 | 概要 |
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建設工事施工 統計調査 |
「統計法」に基づいた基幹統計調査。全国約11万の建設業者を対象として毎年実施。 建設業者が1年間に施工した完成工事高、就業者数、付加価値額等を調査。 |
建設工事受注動態統計調査 | 「統計法」に基づいた基幹統計調査。全国約1万2千の建設業者を対象として毎月実施。建設業者の建設工事受注動向及び公共機関・民間等からの受注工事の詳細を調査。 |
設備工事業に係る受注高調査 | 電気工事、管工事、計装工事に関する受注高等を把握することを目的とした調査で、(社)日本電設工業協会、(社)日本空調衛生工事業協会、(社)日本計装工業会それぞれ主要20社を対象として毎月実施。毎月の民間及び官公庁からの受注高、四半期毎の施工高、未消化工事高について(社)日本電設工業協会、(社)日本空調衛生工事業協会、(社)日本計装工業会が独自に調査した結果をもとに国土交通省が再集計を行う加工統計。 |
建設総合統計 | 建設活動を着工高、出来高及び手持ち工事高の3つの指標で総合的に把握することを目的とし、建設工事の出来高を月別、都道府県別、発注者別、工事種類別等に推計。建築着工統計調査、建設工事受注動態統計調査の調査結果を用いて、工事一件ごとに着工ベースもしくは受注ベースから出来高ベースに換算し、統計の修正(統計のもれ修正や工事額ベースから投資額ベースへの修正等)を行い、推計する加工統計。 |
建設工事受注動態統計調査とは
上表の主な建設工事関係統計調査の概要にて、建設工事受注動態統計調査の概要を記載しましたが、ここでは更に建設工事受注動態統計調査の目的、調査対象、調査結果の利用場面についてみていきたいと思います。
下記の利用場面を見てわかる通り、当該調査結果は各企業の経営方針策定の基礎資料としてのみならず、国の重要な資料や判断指標としても利用されています。
建設工事受注動態統計調査とは
目的 | 建設業者の建設工事受注動向及び公共機関・民間等からの受注工事の詳細を把握することにより、各種の経済・社会施策のための基礎資料を得ると共に、企業の経営方針策定等における参考資料を提供すること。 |
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調査対象 | 前年度実施の建設工事施工統計調査において、前々年度完成工事高が1億円以上の建設企業を、都道府県別、完成工事高別、公共元請完成工事高別に分類した上で、約1万2千業者を抽出。当該抽出企業が受注し、国内で施工する建設工事が対象。 |
利用場面 | ① 国土交通白書等における分析・評価 |
② 建設産業行政における各種施策の基礎データとして中小企業庁による「セーフティネット保証制度5号 ※」の業種指定 | |
③ 月例経済報告等の国の景況判断の重要な指標の作成 |
※全国的に業況の悪化している業種に属することにより、経営の安定に支障を生じている中小企業者への資金供給の円滑化を図るため、信用保証協会が通常の保証限度額とは別枠で80%保証を行う制度。
直近5年間の建設工事受注動態統計調査の分析
建設工事受注動態統計調査では、発注者別、工事種類別に請負契約額を調査しているため、公共機関別又は民間の産業別に、工事種類やその発注状況の傾向を把握することができます。
例として、年次の調査結果を利用して、いくつかの切り口で以下にグラフを作成しました。建設工事の受注は一般に年度末に多くなるといった季節変動性があることから、ここでは月単位ではなく、年単位での分析としました。
上記グラフでは、公共機関を「国の機関」と「地方の機関」の2つの分類し、受注工事の年次推移を比較しています。当グラフより、2018年を底に国、地方共に受注工事は増加傾向にあることがわかります。
実際の公表資料では、「国の機関」は、更に国、独立行政法人、政府関連企業等に分けられ、「地方の機関」も、都道府県、市区町村、地方公営企業、その他に分けられていますので、更に細分化した分析を行うことも可能です。
次に民間工事の受注傾向について見てみます。ここでは工事種類別に「建築工事・建築設備工事」と「土木工事及び機械装置等工事」に分け、かつ主な産業別にグラフ化しています。
公表資料では、民間等の産業を「農林漁業」「鉱業、採石業、砂利採取業、建設業」「製造業」「電気・ガス・熱供給・水道業」「運輸業、郵便業」「情報通信業」「卸売業、小売業」「金融業、保険業」「不動産業」「サービス業」「その他」の11種に分類にしていますが、ここではグラフ簡略化のため、重要性の高い産業5つを取り上げ、それ以外のものを「その他」として集計しています。
民間の建築工事に関しては、特に不動産業とサービス業で2019年に大きく増加している一方で、2020年に大幅な減少となっています。2019年までの建設特需が一巡したことに加えて、2020年に入ってから新型コロナウイルス感染症の影響で、多くの工事の中断や延期、計画見直しがなされた結果が出ていると思われます。
土木工事及び機械装置等工事においても、建築工事と同様に全体的に2019年までは増加傾向であるのに対し、2020年で減少に転じています。特に土木・機械工事で大きな割合を占める製造業と運輸業、郵便業では2020年での落ち込みが顕著に見られます。土木工事と建築工事はリンクする部分も多いため、新型コロナウイルスのマイナス影響も要因の一つと考えられます。一方、電気・ガス・熱供給・水道業といったライフライン関連の産業は2018年以降、着実に増加していることもこのような産業別推移にすることで発見できます。
おわりに
今回取り上げた「建設工事受注動態統計調査」の結果は、インターネット上でいつでも容易に入手できること、また月次調査であることから、情報の新しさという点でも利用価値が高いと言えます。月次での調査結果を利用する際には、工事の受注は季節変動性があることを考慮の上、前月比較と共に前年同月比較が重要な指標となることに留意すべきです。当コラムでは取り上げませんでしたが、「元請受注」と「下請受注」といった切り口からの調査結果も得られますので、用途によって様々な切り口で分析が可能です。
新型コロナウイルスの影響下で、民間工事が大幅に減少し、今後も短期的にはこの影響は続くものと考えられます。しかし中長期的には、2021年度の国土交通省予算において防災・減災・国土強靭化及び将来を見据えたインフラ老朽化対策のために大きな予算が確保されていること、2025年開催の大阪万博や今後候補地が選定されるIR(統合型リゾート)などの大型案件も控えていることから、公共・民間工事共に堅調な需要が見込まれています。先行き不透明である現況ゆえに、迅速な統計調査結果は、現状をしっかりと分析して見極め、経営判断をする際の重要な基礎資料になり得ると思います。
北海道大学経済学部卒業。公認会計士(日米)・税理士。公認会計士試験合格後、新日本有限責任監査法人監査部門にて、建設業、製造業、小売業、金融業、情報サービス産業等の上場会社を中心とした法定監査に従事。また、同法人公開業務部門にて株式公開準備会社を中心としたクライアントに対する、IPO支援、内部統制支援(J-SOX)、M&A関連支援、デューデリジェンスや短期調査等のFAS業務等の案件に数多く従事。2008年4月、27歳の時に汐留パートナーズグループを設立。税理士としてグループの税務業務を統括する。