1.はじめに
前回は内部統制の基本的なポイントを踏まえた上で、建設業において収益認識に関するリスクを把握する必要性についてご紹介しました。
今回は監査・保証実務委員会研究報告第34号「建設業及び受注制作のソフトウェア業における収益の認識に関する監査上の留意事項」を参考に、収益認識の各ステップに沿って、どんなリスクが考えられるのかみていきたいと思います。
2.収益認識の5ステップ
まず収益認識の5ステップを改めて確認しておきたいと思います。
- 契約の識別
- 履行義務の識別
- 取引価格を算定する
- 取引価格を履行義務に配分する
- 履行義務の充足につれて収益を認識する
それぞれのステップについては過去のコラムをご確認ください。
次項からそれぞれのステップにおいて考え得るリスクをみていきたいと思います。
3.各ステップで想定される内部統制リスク
(1)契約の識別
契約の識別における重要なリスクの発生ポイントは、取引条件について取引開始後に合意がなされる時です。
収益認識基準で契約として識別されるのは以下の5要件を満たしている場合です。建設業の通常の契約は収益認識基準でいう「契約」に該当するものと思われます。しかし中には取引開始時点では顧客との合意が取れず徐々に合意が形成されるケースもあるでしょう。そのような場合、事後的にでも要件を満たした時点で収益認識基準を適用することになるため、その処理が漏れるリスクがあることを認識しておく必要があります。
②移転される財又はサービスに関する各当事者の権利を識別できること
③移転される財又はサービスの支払条件を識別できること
④契約に経済的実質があること(すなわち、契約の結果として、企業の将来キャッシュ・フローのリスク、時期又は金額が変動すると見込まれること)
⑤顧客に移転する財又はサービスと交換に企業が権利を得ることとなる対価を回収する可能性が高いこと
(2)履行義務の識別
このステップにおけるリスクは、履行義務の識別が恣意的に行われる可能性があることです。
解体工事と新築工事を一つの契約で請け負うような場合、履行義務の性質が一見しただけでは分かりにくいこともあります。例えば解体工事と新築工事を別個の履行義務として認識すべきところ、一つの収益認識単位としてしまった場合、解体工事の履行義務を果たした時点で新築工事の履行義務も充足したことになり収益を認識することになってしまいます。これは極端な例示ですが、履行義務の識別を誤れば、その後の収益認識も誤ってしまうことになります。
また、建設業において収益認識基準の適用によって変更が生じることが多いのが、本人と代理人の区分です。収益認識基準においては特定の財又はサービスの顧客への提供において本人として関与しているのか、代理人として関与しているのか個々の取引の態様に応じて判断する必要があります。
例えば建材や機器を販売しているようなケースでは、本人に該当すれば通常の売上高と同様に売上と仕入を総額で計上しますが、代理人に該当すれば売上と仕入を総額ではなく純額で収益を認識することとなります。このように本人と代理人の区分を誤ると、収益認識の金額を誤ることにつながります。
(3)取引価格を算定する
工事契約等においては、当初の契約金額は、契約書等により確定していることが多いと思いますが、契約の追加が合意されたにもかかわらず、対価についての変更が必ずしも契約書等によって適時に確定しないこともあります。
また、スライド条項等による事後的な値引き又は値増しや、契約条件に基づくペナルティー及びインセンティブ等により、契約金額が増額又は減額されることもあり得るかと思います。
こうした変動対価が適切に見積もられない場合には収益を不適切に増減させるリスクがあります。
(4)取引価格を履行義務に配分する
複数の履行義務に関し包括契約を結んだ場合、個別性が高く独立販売価格を直接観察できないことがあります。
適切に見積もられていない独立販売価格の比率に基づいて取引価格が配分される場合又は値引き及び変動対価の履行義務への配分を誤れば、実態を適切に描写しない可能性があります。
(5)履行義務の充足につれて収益を認識する
履行義務の充足に係る進捗度を見積る方法にはアウトプット法とインプット法がありますが、財又はサービスに対する支配を顧客に移転する際の企業の履行を適切に描写するような方法を選択しなければなりません。
【アウトプット法】
その時点までに完了した履行の調査や達成したマイルストーンによって進捗度を測定する方法がアウトプット法です。進捗を出来高で把握するので実態と乖離しにくいというメリットがある一方、出来高を定量的に測定するためのルール構築が必要です。測定に恣意性を介入させないためには、プロセスを細分化させて工程ごとに作業負荷等を加味させる等、客観的で詳細なルールを整備・運用する必要があります。
【インプット法】
その時点で発生したコストや労働時間を基に進捗度を測定する方法がインプット法です。こちらの方が採用している事業者は多いかと思います。
発生したコストや労働時間に基づくため恣意性は介入しづらいといえますが、高額な費用が特定のタイミングで発生するようなプロジェクトでは、費用の発生と履行義務の進捗が乖離する可能性があります。
また、そもそも発生するであろう原価総額が適切に見積もれないような状況では進捗度の計算を誤ることになるため、インプット法の選択は好ましくないといえます。一般的に工事契約は当初想定していない事情の変化により契約の変更が行わることがありますが、その情報が適時・適切に反映されていないと工事原価総額の見積りも変更されず、結果的に収益認識額を誤ることにつながります。そして発生したコストについても不適切な振替及び付替えのリスクがあります。
工事進行基準、収益認識基準のいずれも、適用に際しては見積りや主観的な判断を要する部分が多くなります。そこには必ずといっていいほど何らかのリスクが存在するため、まずはそのリスクの性質や重要性に応じ、コントロールの整備が必要かどうかを判断する必要があります。コントロールが必要である場合において、見積りや主観的な判断を伴っている場面では客観的な根拠証憑と突き合わせるなどのコントロールが実施不可能となります。そのため、そういったリスクに対する主なコントロールとしては、担当者とは別の責任者又は部署が担当者の実施した見積りや判断を検討・承認するという業務フローを設けるということが考えられます。そこには専門的知識を要することが多いため、チェックをする側・される側のいずれもチェックに求められる知識を備える必要があります。
4.おわりに
前回に引き続き2回にわたって、建設業における内部統制のうち収益認識に関するリスクについてご紹介しました。
実際にこれらを実行するにあたっては実施できるスキルを有する人材を確保することは困難なケースが多く、社内のリソースだけでは難しいこともあります。内部統制は場合によっては事務負担が増大し、業務効率を低下させてしまうこともありますのでバランスを考えて設計しなければなりません。
もし結果的に社内リソースを投下できないと決断するにしても、建設業界は会計処理に際して見積りや主観的な判断を伴うことが多くなるため、どういったリスクが存在するのか一度把握してみるのは有益かと思います。場合によっては専門家に相談するなど、アウトソーシングを視野にいれても良いかと思います。
本レポートは、RSM汐留パートナーズ株式会社が、株式会社内田洋行ITソリューションズ様のソフトウェア企画、開発、営業、サポート等の事業活動に資することを目的としてとりまとめたものであって、会計・税務関連に関する論点を網羅的に記載しているものではないことをご理解願います。
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北海道大学経済学部卒業。公認会計士(日米)・税理士。公認会計士試験合格後、新日本有限責任監査法人監査部門にて、建設業、製造業、小売業、金融業、情報サービス産業等の上場会社を中心とした法定監査に従事。また、同法人公開業務部門にて株式公開準備会社を中心としたクライアントに対する、IPO支援、内部統制支援(J-SOX)、M&A関連支援、デューデリジェンスや短期調査等のFAS業務等の案件に数多く従事。2008年4月、27歳の時に汐留パートナーズグループを設立。税理士としてグループの税務業務を統括する。
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「新収益認識基準」とは