はじめに
企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」(以下、収益認識基準)及び企業会計基準適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」(以下、収益認識適用指針)が制定され、早期適用会社を除く会社では2021年4月より適用を開始しています。
手掛けている事業により影響の度合は異なるものの、建設業界でも多くの会社が対応に迫られました。そこで今回は、建設業界において実際にどれほどの影響があったのか、大手及び準大手ゼネコンの開示からみていきたいと思います。
建設業における収益認識基準の重要論点
各社の開示状況を確認する前に、収益認識基準の適用によって生じる論点を確認します。過去、本コラムにおいて建設業で収益認識基準が適用になった際の論点を5つご紹介しました。
収益・費用の認識に際して、年度を跨ぐことの多い建設業の特徴と相まって、いずれの論点も収益認識基準を考える上では必須の論点となっています。各論点の詳細な解説は過去のコラムをご覧ください。
次項からは上記5論点に関する開示例を確認しながら、実際の企業ではどのような影響があったのかをみていきます。なお、今回はスーパーゼネコン、中堅ゼネコン、住宅メーカー、海洋土木系、道路舗装系、設備工事系の主要会社30社の開示を比較したものであり、全ての建設企業を網羅したものではないことをお伝えしておきます。
実際の開示状況
1. 収益計上の方法及び時期
収益計上の方法及び時期として、建設業界においては(1)工事進行基準の適用、(2)原価回収基準の容認、(3)代替的な取扱いの3、がポイントとなることを以前のコラムでご紹介しました。
この論点は、工事の収益をどのように計上するかについて定めているものです。
簡単に振り返りますと、(1)工事進行基準の適用については、諸条件を満たし「一定の期間にわたり充足される履行義務」に該当すると認められる場合は、当該期間にわたり収益を認識するという工事進行基準に類似した方法で収益を認識するというものでした。
(2)原価回収基準の容認は、工事進捗度を合理的に見積もることができない場合において、発生費用を回収することが見込まれるに際は、発生原価を期間費用として処理するとともに、当該原価の回収可能部分に対応する収益を収益計上するというものです。
(3)代替的な取扱いは、①初期段階にて進捗度が見積もれない場合は進捗度を合理的に見積もることができる時から収益認識する、②履行義務充足までの期間がごく短い場合には一時点で収益認識できる、といった内容でした。
自社の業務や工事の実態に合わせて(1)~(3)を適用することが必要となりました。
基本的に有価証券報告書の【会計方針の変更等】の開示を行っている建設業の全ての上場会社で上記の開示が行われています。
引用① 株式会社関電工 有価証券報告書(2021.12)
(1)工事契約に係る収益認識
設備工事業における工事契約に関して、従来は、進捗部分について成果の確実性が認められる工事については工事進行基準を、その他の工事については工事完成基準を適用していたが、すべての工事について履行義務を充足するにつれて、一定の期間にわたり収益を認識する方法に変更している。履行義務の充足に係る進捗度の見積りの方法は、発生したコストに基づいたインプット法により行っている。進捗度を合理的に見積ることができないが、発生する費用を回収することが見込まれる場合は、原価回収基準にて収益を認識している。ただし、契約における取引開始日から完全に履行義務を充足すると見込まれる時点までの期間がごく短い工事契約については、一定の期間にわたり収益を認識せず、引渡時点において履行義務が充足されると判断し、当該時点で収益を認識している。
2. 保証サービスへの収益認識
工事契約において、竣工後の保証について定められる場合があります。
収益認識基準ではこの保証について、完成物に不備があった場合、無償で補修工事を行う保証(品質保証)と点検等のアフターサービスを含む保証(保証サービス)との2つに分類しています。
このうち、工事契約において保証サービスに該当する保証が含まれる場合には、工事の完成と保証サービスの提供とを別個の履行義務として認識し、契約上の取引価格を工事の完成と保証サービスにそれぞれ配分し、別個に収益認識します。
これについて、【会計方針の変更等】で具体的に明記している会社は今回比較した30社中は0社でした(住友林業は2020年3月期の早期適用時に開示例あり)。
これは該当する取引がそもそも無い場合や、全体として重要性がないため記載を省略している場合も考えられます。いずれにしても収益認識基準が与える影響はそれほど大きくなかった論点といえます。
3. 代理人取引にかかる収益認識
建設業では、建設会社が発注者から指定された協力業者を手配するような取引や、建設会社が建築資材や機器等を販売する取引が行われることがあります。こういった取引の場合、建設会社が財やサービスを提供する当事者であるか代理人であるかを判断した上で、異なった収益認識を行うこととなります。具体的には、当事者である場合は対価の総額で、代理人である場合は純額でそれぞれ収益を認識することになります。
この種の取引について総額処理していたものを純額処理に変更した会社は多く、多数の会社が開示を行っています。総額処理を純額処理に変更したケースでは、記載方法が変更されるため売上高には影響を与えますが、利益には影響を与えません。開示を行った企業は多かったかもしれませんが、損益計算書全体に与えるインパクトは小さいとみられます。
引用② 株式会社大林組 有価証券報告書(2021.12)
(2)代理人取引に係る収益認識
国内建築セグメントのうち商事事業に係る収益については、従来は、顧客から受け取る対価の総額を収益として認識していたが、顧客への商品の提供における当社グループの役割が代理人に該当する場合は、顧客から受け取る額から商品の仕入先に支払う額を控除した純額で収益を認識する方法に変更している。
4. 変動対価
工事完成時期や性能評価の結果によって対価が変動するなど、対価の額が未確定のまま、工事を進めるケースも存在します。収益認識基準ではこのような変動する可能性のある対価を「変動対価」として、見積に関する取り扱いを定めています。
収益認識基準において、変動対価に該当する際の見積りでは、「最も発生可能性の高い最頻値」又は「発生する額の確率を加重平均した期待値」のいずれか適切な方法による、としています。また、当該不確実性が解消される際に、収益の著しい減額が発生しないよう、各報告期間末日に見積りを見直すことによって、変動対価の見積りに保守的に制限を加えています。
変動対価について触れているのは2社ありました。
引用③ 積水化学工業株式会社 有価証券報告書(2021.12)
これにより、従来は販売費及び一般管理費に計上していた販売手数料の一部及び営業外費用に計上していた売上割引については売上高より控除している。また、顧客との契約における対価に変動対価が含まれている場合には、変動対価の額に関する不確実性が事後的に解消される際に、解消される時点までに計上された収益の著しい減額が発生しない部分に可能性が高い部分に限り、変動対価を取引価格に含めることとした。
5. 重要な金融要素
回収までが1年超となるなど支払サイトが長い債権の場合、収益認識基準においては契約に「重要な金融要素」が含まれていないかの検討が必要となります。
検討が必要となるケースとしては、支払う時期の違いによって割引の有無が生じる場合などが該当します。仮に下記の条件で考えます。
①当月、1,000万円の財の引き渡しを行った
②支払期限は1年半後、但し当月中に支払うと100万円の割引を行う
この例では、支払う場合と支払わない場合のある100万円が「金融要素」に該当します。
この100万円は、当月支払いを行った場合に支払う必要がなくなります。この支払が不要になる状況を、支払期限に支払う予定だった100万円の金利を早期の支払いによって調整したと考えます。
このように割引額を金銭貸借の金利になぞらえ、割引額が持つ金利調整と同様の性格を「金融要素」と呼んでいます。その金額の大きさによって重要性があると判断される場合、その割引には「重要な金融要素」があると認められることとなります。
収益認識基準では、契約が重要な金融要素を含む場合の取引価格の算定において、まず対価の額に含まれる金利相当分の影響を調整します。その上で、収益は約束した財又はサービスが顧客に移転した時点で、顧客が支払うと見込まれる現金販売価格で認識し、最後に、金利相当分を決済期日までの期間にわたって各期の損益に、受取利息等として配分します。つまり、行わなかった割引分の収益を受け取る際に注意が必要になります。
金利相当分の調整について具体的に開示しているのは1社でした。
引用④ 株式会社NIPPO 有価証券報告書(2021.12)
(2)割賦販売に係る収益認識
割賦販売について、従来は、割賦基準により収益を認識していましたが、財又はサービスを顧客に移転し当該履行義務が充足された一時点で収益を認識する方法に変更しています。なお、取引価格は、割賦代金総額に含まれる金利相当分の影響を調整しています。
おわりに
今回は収益認識に関して建設業界で論点となるポイントを振り返りながら実際の開示例を確認しました。建設業においては、工事契約に係る収益、及び代理人取引に係る収益の認識方法が大きな影響を与えたことが改めて確認できました。
会計方針の変更の影響を開示するのは基本的には適用初年度のみですので、収益認識基準の影響額を知るには当年度の開示でしか読み解くことはできません(早期適用会社を除く)。今回比較したほとんどの会社は四半期報告書開示ですので影響が軽微であるとされていても、年度末の有価証券報告書の開示では影響があるとして開示を充実させる企業も出てくるかもしれませんので2022年3月期の有価証券報告書開示にも注目してみてください。
北海道大学経済学部卒業。公認会計士(日米)・税理士。公認会計士試験合格後、新日本有限責任監査法人監査部門にて、建設業、製造業、小売業、金融業、情報サービス産業等の上場会社を中心とした法定監査に従事。また、同法人公開業務部門にて株式公開準備会社を中心としたクライアントに対する、IPO支援、内部統制支援(J-SOX)、M&A関連支援、デューデリジェンスや短期調査等のFAS業務等の案件に数多く従事。2008年4月、27歳の時に汐留パートナーズグループを設立。税理士としてグループの税務業務を統括する。
新たな会計ルール
「新収益認識基準」とは