1.はじめに
前回は建設業の財務分析として、ゼロゼロ融資の借換保証制度やその申請に必要な財務分析指標をご紹介しました。財務分析にはその他にも様々な指標が用いられます。財務分析は一般的に、収益性、安全性、生産性、成長性の4つに分類され、何を分析したいかによって用いる指標が異なります。今回は、4つの分析それぞれで、経営判断や資金繰計画でも頻繁に用いられる代表的な財務分析指標の計算方法と意味を解説していきたいと思います。
2.収益性分析
まず収益性分析からです。収益性は企業がどれくらいの利益をあげられているかをみるもので、金額ではなく比率でみることが重視されます。ここで言う比率とは、売上に対してどれくらいの利益を生み出したのかをみる取引収益性と、総資本に対してどれくらいの利益を生み出したのかをみる資本収益性に分類できます。
取引収益性の代表的な指標としては売上高営業利益率、取引収益性としては総資本経常利益率があります。
【売上高総利益率】
計算式:売上高総利益/売上高×100
一般的に粗利率といわれる指標です。建設業では完成工事高総利益率が同じ意味の指標となります。完成工事高総利益率は(完成工事高―完成工事原価)/完成工事高×100で算出されます。
売上高総利益率は分子を営業利益や経常利益に変えて分析されることも多くあります。
【総資本経常利益率】
計算式:経常利益/総資本×100
企業が投下した資金でどれほどの利益を生み出したのかを計る指標です。総資本を分母としていますので自己資本と他人資本(銀行借入等)を含めた元手をどれだけ活用できたのかと知ることができます。
3.安全性分析
次に安全性分析についてご紹介します。安全性分析はその企業に返済能力があるかといった財務基盤の安全性を計るためのものです。簡単に言えば、倒産の可能性を確認するのがこの分析の目的です。目的によって短期的な状況分析をする指標と長期的な分析を使い分けると良いでしょう。
短期・長期それぞれ以下のような指標があります。
【当座比率】
計算式:当座資産/流動負債×100
当座比率は短期的な財務支払能力を示す指標です。当座資産に含まれるのは現金、預金、受取手形、売掛金、売買目的有価証券で、棚卸資産のようにすぐに現金化できない資産は含みません。同じような指標に流動比率(=流動資産/流動負債×100)がありますが、短期的支払能力を検討する上では、すぐに返済にまわせる資産のみで計算している当座比率の方がより厳格な指標となります。
【固定長期適合比率】
計算式:固定資産÷{自己資本(純資産)+固定負債}×100
固定資産に計上されている建物や重機などは資本投下(購入)してすぐに回収できるようなものではありません。そういった資産を自己資本で賄えているかをみる指標に固定比率(=固定資産÷自己資本(純資産)×100)があります。これが100%以内に抑えられていれば借入に頼らずに固定資産を調達できており財務状態は健全です。しかし、一般的にはこうした設備投資には借入を用いており、その場合は借入と自己資本で固定資産を調達できているかをみることが重要です。固定長期適合比率は100%を上回ると財務安全性は低いといえます。
4.生産性
生産性分析は、従業員や保有する設備がどれだけ効率的に付加価値を生み出しているかを分析するものです。企業の競争力を評価する際によく用いられる指標の一つです。生産性分析の場合は、前回のコラムでご紹介した労働生産性分析を用いられる場合が多いですが、今回紹介する資本性生産性が用いられることもあります。
【資本生産性】
計算式:付加価値 ÷ 総資本 ×100
付加価値については労働生産性分析と同様で、売上-諸経費を付加価値額として計算します。付加価値額の計算方法には他にもありますが、諸経費を材料費や運送費、外注加工賃など他社から購入したもの(=自社で生みだした付加価値でないもの)とする方法が中小企業庁でも採用されており一般的です。前回ご紹介した労働生産性を上げるために機械やIT設備投資を行うと、資本生産性は下がることも多くあるため、両者のバランスをみることが重要です。
5.成長性分析
成長性分析ではこれまでどのように会社が成長してきたのかをみて、それにより将来を予測します。ここまで紹介した3種の分析は単年度の数値のみで算定する指標でしたが、以下では複数年度の平均成長率を示す指標をご紹介します。
【経常利益年平均成長率(CAGR)】
計算式:(n年目の経常利益/1年目の経常利益)^(1/n-1)-1
計算式が急に複雑になってしまいましたので、来期から3年間の成長性を検討すると仮定して数値を代入してみます。n=3で経常利益が1年目20、2年目30、3年目40であった場合、経常利益年平均成長率=(40/20)^{1/(3-1)}-1で約41%となります。エクセルのPOWER関数で「(n年度の売上/初年度の売上,1/経過年数)-1」としても計算することができます。
しかし、これはあくまで1年目とn年目の経常利益の比較であり、間の年度の利益は考慮されないことに留意が必要です。実際の成長の軌跡を考慮したい場合には、複数年度の経常利益を単純に線グラフなどで表現する方が効果的な場合もあります。
6.建設業界の平均値
自社の過去からの財務数値を用いて時系列で比較するのも大切ですが、やはり同業他社の数値と比較することでみえてくるものもあります。日本政策金融公庫では業界別にさまざまな財務指標を公表してくれています。
以下に引用するのは、日本政策金融公庫が公表している建設業の指標の一部です。その他にも地域別や業種別等が公表されていますので、参考になるかと思います。以下の数値は2021年8月に調査されたものですが、次回は2023年8月に更新される予定です。
売上高規模 | ||||
---|---|---|---|---|
5,000万円未満 | 5,000万円以上 1億円未満 |
1億円以上 2億円未満 |
2億円以上 | |
完成工事高総利益率 | 47.5% | 37.5% | 31.4% | 26.8% |
自己資本経常利益率 | -3.4% | 7.7% | 33.0% | 33.8% |
当座比率 | 215.4% | 188.2% | 178.0% | 150.8% |
固定長期適合比率 | 75.6% | 75.7% | 70.1% | 67.5% |
7.おわりに
財務分析は過去の実績から将来を予測し、経営戦略を立てるための道具です。指標を重視するあまり、数字に振り回されてしまうのも判断を誤らせる要因になることは確かです。しかし、現状と過去を数値にすることで客観的に自社の状況を把握し、借入を増やしてでも成長を優先すべきか、財務の安定性を重視すべきか、複数の指標を用いて様々な観点から経営判断を行うことが重要です。今回ご紹介しきれなかった指標もまだまだありますので、必要に応じて使い分けられるようになるのが理想的だといえます。
北海道大学経済学部卒業。公認会計士(日米)・税理士。公認会計士試験合格後、新日本有限責任監査法人監査部門にて、建設業、製造業、小売業、金融業、情報サービス産業等の上場会社を中心とした法定監査に従事。また、同法人公開業務部門にて株式公開準備会社を中心としたクライアントに対する、IPO支援、内部統制支援(J-SOX)、M&A関連支援、デューデリジェンスや短期調査等のFAS業務等の案件に数多く従事。2008年4月、27歳の時に汐留パートナーズグループを設立。税理士としてグループの税務業務を統括する。
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