はじめに
厚生労働省は2023年度から27年度までの5か年を計画期間とする「第14次労働災害防止計画(14次防)」を決定しました。その前の13次防は「死亡災害を17年に比べ22年までに15%以上減少させる」ことを目標に据えました。他産業に比べて死亡災害が多い建設業は「重点業種」に位置付けられ、「墜落・転落」による災害が多いことから、墜落防止用保護具を「フルハーネス型」にすることを義務付けました。
また13次防では業種ごとの重点対策も打ち出し、建設業では解体工事における安全対策の検討、自然災害に被災した地域の復旧・復興工事や、長時間労働の縮減を含めた労働災害防止の徹底ということが打ち出されました。
14次防では、労働者の協力の下、事業者が実施する労働者の作業行動に起因する労働災害対策の推進などの項目を「アウトプット指標」、事業者がアウトプット指標で決めたことを行った結果として期待される事項を「アウトカム指標」として設定し、これら2つの指標によって、国、事業者、労働者等が一体となって「一人の被災者も出さない」という基本理念の実現を目指すとしています。
2022年の死亡災害
死亡災害は2015年に1,000人を切り、その後も減少傾向にあります。22年の死亡者数は747人、このうち建設業は3分の1にあたる274人で、その割合は36・7%を占めています。事故原因の多くは高所からの「墜落・転落」で113人と約4割を占めています。13次防で「フルハーネス型」墜落防止用保護具にした理由が、この数字からはっきり読み取れることでしょう。保護具メーカーに聞いたところでは、フルハーネス型に変わった後、全国各地で装着に関する講習会開催に追われたとのことです。
建設業では「墜落・転落」に次いで「崩壊・倒壊」(28人)、「はさまれ・巻き込まれ」(28人)、「激突され」(27人)、「交通事故(道路)」(23人)という順で死亡者が出ています。
ところで、13次防期間中の特異な事態として挙げられるのが新型コロナウイルス感染症への対応でした。21年の867人の死亡者数のうち、新型コロナウイルス感染症への罹患(りかん)によるものを除いた死亡者数は778人でした。
増える高齢者の災害
60歳以上の高年齢労働者や外国人労働者の災害も増加しました。
中でも60歳以上の高年齢労働者の災害は「右肩上がり」で増加、21年には全体の約2割を占め、休業4日以上の死傷者の4分の1に達しています。そこには身体機能の低下といった影響があります。回復能力を考慮すると、休業期間も長くなるであろうことは想像に難くありません。「人生100年時代」といわれている現在、60歳、70歳という高齢者が安心して働ける環境を作ることは、労働人材不足に直面しているわが国に取っては、避けて通れない問題です。
13次防から14次防へ
労働災害防止計画は1958年に1次計画が策定されました。その後、社会や経済の変化に合わせ内容を改めつつ「進化」を続け、労働現場の安全衛生水準の向上が図られてきました。一方、労働現場では常に新たな改善すべき課題が浮上し、13次防では化学物質による重い健康障害の防止や石綿使用建築物の解体などの工事に対する着実な対策が求められるようになりました。
石綿については、厚労相の諮問機関である労働政策審議会で「石綿障害予防規則改正省令案要綱」が妥当だと認められました。これは石綿を事前に調査する者の要件、事前調査の結果の記録作成といったことを定めたものです。26年1月に施行される予定になっています。
こうした状況を踏まえつつ、「労働者一人一人が安全で健康に働くことができる職場環境実現」を目指して14次防が策定されることになったわけです。
14次防の概要
冒頭に記したように14次防の最大のポイントは「アウトプット」と「アウトカム」という2つの指標を設定したことです。では、これらの指標ではどのようなことをするのでしょうか。
「アウトプット指標」は労働者が協力し、事業者が実施する①労働者の作業行動に起因する労働災害防止対策②高年齢労働者の労働災害防止対策③多様な働き方への対応や外国人労働者等の労働災害防止対策④業種別の労働災害防止対策⑤労働者の健康確保対策⑥化学物質等による健康障害防止対策――を推進することとしています。このうち、業種別では、それぞれ業種ごとに数値が定められます。具体的に建設業では27年までに「墜落・転落災害の防止に関するリスクアセスメントに取り組む事業所の割合」が決められ、その数字は「85%以上」に設定するとされています。
「アウトカム指標」はアウトプット指標で決められた事項を実施した結果として期待される事項であり、計画に定めた実施事項の効果検証を行うための指標としています。アウトカム指標では、業種別の労働災害防止対策を進めた場合、例えば陸上運送業や建設業の死亡災害を27年までに◯人以下とする」「製造業における機械によるはさまれ・巻き込まれ死傷災害件数を◯件以下にする」といったように、具体的な数字が示されることになります。建設業の数値目標は13次防と同じ基準から15%以上減少となるようです。
おわりに
かつて建設業界では「ケガと弁当は自分持ち」と言われてきました。その言葉は今や「死語」に近いものです。ただ、「墜落・転落」による死亡事故は後を絶ちません。慣れた作業にある「落とし穴」でもあります。
安全は上から与えられるのではなく、現場で働く人たちとそれを支える人たちが一緒に作っていくものだということを、14次防は改めて確認させてくれるものだといえるのではないでしょうか。
ご安全に。
顧問
服部 清二 氏
中央大学文学部卒業。設備産業新聞社を経て建設通信新聞社へ。
国土庁(現国土交通省)、通産省(現経済産業省)、ゼネコン、建築設備業、設備機器メーカー、鉄鋼メーカー、建設機械メーカーなどの取材を担当。特に建築設備業界の取材歴は20年以上にわたる。
その後、中部支社長、編集局長、企画営業総局長、電子メディア局長兼業務総局長を歴任、2019年6月電子メディア局の名称変更に伴い、コミュニケーション・デザイン局長に就任。建設通信新聞「電子版」、「月刊工事の動き」デジタル、講演集や各種パンフレットの作成、協会機関誌の制作、DVD撮影などを行う部署を管轄した。2021年7月から現職。