大幅な引き上げとなった設計労務単価 技能者に確実に行き渡らせる仕組みづくり 単純平均伸び率5%は9年ぶり

大幅な引き上げとなった設計労務単価 技能者に確実に行き渡らせる仕組みづくり 単純平均伸び率5%は9年ぶり

 国土交通省は2月14日、公共事業の積算に用いる新しい公共工事設計労務単価を公表した。労務単価は全国・全職種の単純平均で5・2%の引き上げで、加重平均は日額で2万2,227円となる。過去最高値を更新し、法定福利費相当額の反映など算出手法を大幅変更した2013年度単価以降、11年連続の引き上げを実現した。ただ、現場の第一線で働く技能者からは「設計労務単価が毎年引き上げられているがその実感はない」という指摘もある。重層下請構造の建設業界で、労務単価の引き上げ分を、どうすれば技能者に行き渡らせることができるのだろうか。

賃金が前年度を下回った地域・職種の単価を据え置く特別措置は廃止

 今回の設計労務単価のポイントをまず説明したい。今回の単価設定は、例年通り前年(2022年)10月の公共事業労務費調査で収集したデータを基に算出した。有効工事件数は9932件、有効サンプル数は8万4609人。対象51職種のうち建築ブロック工はサンプル不足で単価を設定しなかった。

 公共工事で広く一般的に従事者がいる主要12職種(特殊作業員、普通作業員、軽作業員、とび工、鉄筋工、運転手・特殊、同・一般、型枠工、大工、左官、交通誘導警備員A、同B)の加重平均は日額2万0,822円で、全国単純平均の上昇率は5・0%。全国・全職種の単純平均の5・2%には届かなかったものの、単純平均の伸び率が5%を超えたのは2014年度以来9年ぶりで、直近の物価上昇率を超える水準となっている(表1)。

表1 2023年3月から適用した公共工事設計労務単価(主要12職種)
職種 全国平均値 2022年度比
特殊作業員 24,074円 4.0%
普通作業員 20,662円 5.7%
軽作業員 15,874円 6.3%
とび工 26,764円 4.8%
鉄筋工 26,730円 3.6%
運転手(特殊) 25,249円 5.7%
運転手(一般) 21,859円 5.8%
型枠工 27,162円 3.8%
大工 26,657円 4.9%
左官 25,958円 4.0%
交通誘導警備員A 15,967円 7.1%
交通誘導警備員B 13,814円 6.3%
注)金額は加重平均。伸び率は単純平均値で算出。

 単価算出手法を大幅に見直す前の2012年度単価と比較すると、12職種の単純平均の日額は65・5%上昇。この上昇率は全国・全職種の単純平均の日額も同率で、この11年で1万3,072円から2万2,227円に上昇したことになる(表2)。

表2 公共工事設計労務単価の単純平均伸び率の推移

注)伸び率は単純平均値より算出した。

 今回の単価設定では、前年度に適用した新型コロナウイルス感染症の影響による特別措置や東日本大震災の被災3県で入札不調の発生実態を踏まえ講じた単価の上乗せ措置は廃止した。コロナの特別措置は賃金実態が前年度を下回った地域・職種の単価を据え置くというもので、これらの措置を取りやめたことで、国土交通省は「より実態に近い単価」になったという。

 一方、新たに下請会社を通さず元請会社から技能者に直接支払われる手当の金額を反映させた。建設キャリアアップシステム(CCUS)が浸透し、技能レベルに応じた手当支給の動きが大手・中堅ゼネコンを中心に広がっていることを考慮したものだ。ただ、この措置の単価押し上げ効果は軽微だという。

 これまで数年間続けている法定福利費相当額や有給休暇取得の義務化分(年5日)に相当する費用、施工効率化などを踏まえた時間外労働の短縮に必要な費用は引き続き盛り込んだ。これらの費用がどの程度なのかは公表されていないため不明だが、2024年4月からの残業規制の適用などを考えると、それなりの措置が行われた可能性もある。

3年間で少くとも15%以上設計労務単価をあげることが不可欠

 財務省などに対し、設計労務単価の引き上げなどを強く要望してきた自民党の「公共工事品質確保に関する議員連盟」(会長・根本匠衆院議員)の佐藤信秋幹事長(参院議員)は「働き方改革と賃金アップの両立を実行するには、3年間で少くとも15%以上設計労務単価をあげることが不可欠」と主張する。

 さらに「単純な実績追認ではダメ。政策的な視点を加えること」が賃金の上昇につながるとし、働き方改革でおおむね4週6休だった勤務日数を4週8休にするのであれば、22日間で稼いだ給料を20日間で稼ぐ、つまり22/20で日当を1割上げるのがベースだという。今回の大幅な引き上げは、こうした意見も考慮したことも考えられる。

 建設技能者は社会保険の加入などで社員化が進んだが、賃金に関しては未だに1日当たりの賃金を決め、それに働いた日数をかけて月給として支払う日給月給制が多い。建設現場に出稼ぎ労働者が多く働いていたころの仕組みで、こうした賃金の支払い方法が実態として残っている以上、佐藤参院議員が言うように働き方改革で休みを増やすのであれば、賃金アップをしなければ手取り額は減ってしまう。

 建設業界はこれまで、市場のパイが縮むと、過度な受注競争を行い、ダンピング受注とも言える安値受注を繰り返してきた。そのしわ寄せが現場で働く技能者にも波及し、極端な労務単価の低下を招いた。特に2008年のリーマンショック以降の労務単価の低下は著しかった。設計労務単価でみても、1997年に日額(加重平均)1万9121円あったが、2012年に1万3072円まで落ち込んだ。

 設計労務単価が1日当たり6000円減ると、1カ月の稼働日22日で計算すると、月収が13万2000円も減少する。この間、国内経済はデフレ経済下にあったが、ここまで給与が下がると、仕事のやりがいや面白さとは関係なく、この給与では生活できないという理由で辞める人が増える。現にリーマンショック後の数年間で多くの若手技能者が業界を去ったと言われている。この出来事は業界にいる者として決して忘れてはならない。

技能に見合った賃金の相場づくりと重層下請構造の解消が鍵に

 では、どうすれば引き上げられた労務単価が技能者に行き渡るのか。一つは技能に見合った賃金の相場をつくることだろう。IT業界では、技能に見合ったIT技術者の年収相場が形成されているという。このため、企業は優秀なIT技術者を社内に引き留めるため、賃金の見直しを頻繁に実施している。

 建設産業専門団体連合会は昨年10月、職種別の最低年収の目安額を公表した。8職種10団体が技能労働者の処遇改善に向け、年収という見える形で提示したもので、技能に見合った賃金相場づくりの第一歩とも言える。ただ、提示された額は決して満足できる水準ではなく、目安額はその時代、経済状況に合わせて更新していく必要があるだろう。

 もう一つは重層下請構造の解消だ。下請企業が重層化すればするほど、間接経費がかかり、技能者に支払われる賃金が減っていくことは間違いない。重層下請構造はこれまで、景気の波を吸収する緩衝材の役割を果たしてきた。ただ、担い手不足が顕在化する中、こうした重層下請構造をこのまま放置して良いのかという問題がある。

 重層下請構造問題は、国土交通省の有識者会議「持続可能な建設業に向けた環境整備検討会」で現在、検討を進めている。3月中にまとめる報告書に何らかの対応策が盛り込まれることに期待したい。

 さらに元請企業から下請企業、技能者の賃金というお金の流れをCCUSなどの活用により、ある程度見える化し、把握ができれば技能者への確実な賃金支払いだけでなく、大幅な生産性向上のヒントになる可能性もある。複雑化した建設生産物のコスト構造を一つ一つ解きほぐし、解明していくことができれば、これからの建設業界の発展に大きく寄与することは間違いない。

坂川 博志 氏
 執筆者 
日刊建設工業新聞社 常務取締役事業本部長
坂川 博志 氏

1963年生まれ。法政大社会学部卒。日刊建設工業新聞社入社。記者としてゼネコンや業界団体、国土交通省などを担当し、2009年に編集局長、2011年取締役編集兼メディア出版担当、2016年取締役名古屋支社長、2020年5月から現職。著書に「建設業はなぜISOが必要なのか」(共著)、「公共工事品確法と総合評価方式」(同)などがある。山口県出身。

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