8月末に締め切られた2024年度の概算要求額は政府全体で114兆円と、過去最高となった。今後政府予算の編成に向け、財務省と各省庁との折衝が行われるが、建設業界にとって気になるのが公共事業費の増減だ。今秋には豪雨災害の被災地の災害復旧費なども含まれた補正予算が編成される。本年度の補正予算と来年度の当初予算で、前年度並みの公共事業予算が確保されるのか。その鍵を握るのが、国土強靱化に関連した予算だ。6月には改正国土強靱化基本法が成立し、これまで法的な位置づけがあいまいだった国土強靱化に関する実効策を規定した。改正国土強靱化基本法で何がどう変わるのか。同法を分かりやすく解説するとともに、公共事業費の推移を整理してみた。
2013年12月に議員立法で法律が成立
国土強靱化基本法の正式名称は「強くしなやかな国民生活の実現を図るための防災・減災等に資する国土強靱(きょうじん)化基本法」。2011年3月に発生した東日本大震災をきっかけに、当時野党だった自民党の二階俊博氏が党内に国土強靱化に向けた勉強会を設置。その成果を踏まえ、事前防災・減災、迅速な復旧・復興につながる施策を展開し、大規模自然災害から国民を守る目的で、2013年12月に議員立法で成立した。
同法は「国土強靱化大綱」と「国土強靱化基本計画」を策定することを政府に義務付けたほか、都道府県・市町村にも、国の計画と調和した「国土強靱化地域計画」の策定を求めた。基本計画は2014年3月に閣議決定され、今後30年以内に70%の確率で発生すると予測されている首都直下と南海トラフの両大地震で懸念される建築物の倒壊・火災や大津波に備える対策などを柱とした。国土の脆弱性評価の結果も示され、これに基づいて防災・減災対策の優先順位付も行った。ただ、各種施策に対する予算的な措置は予算編成や税制改正で後押しする方針が示されただけで、具体策はなかった。
2018年度から3カ年緊急対策が始動
その後、基本計画に沿って国土強靱化策が実施されたが、2016年4月に熊本地震、2018年6月に7月豪雨(西日本豪雨)、同9月に台風21号による豪雨災害、北海道胆振東部地震など自然災害が相次いで発生。こうした自然災害で得た知見、社会情勢の変化などを踏まえ、同年12月に基本計画を見直した。
新基本計画では、事前実施した重要インフラの緊急点検結果なども考慮し、▽災害から得られた知見の反映▽社会情勢の変化などを踏まえた新技術の活用や地域リーダー育成▽災害時に重要なインフラ整備、耐震対策・老朽化対策、BCPの普及などの継続実施▽重点化すべきプログラムなど20のプログラムの選定などが盛り込まれた。
このうち、重点化プログラムに選定された施策は、緊急を要する施策もあったため、それらを「3カ年緊急対策」として位置付け、達成目標や実施内容などを明示し、集中的に事業を実施することにした。
具体的には2018年から2020年度までの3カ年で約7兆円の事業規模を想定(国費ベースでは約2・5兆円)し、▽大規模な浸水、土砂災害、地震・津波などによる被害の防止・最小化▽医療活動などの災害対応力の確保▽避難行動に必要な情報の確保▽電力などエネルギー供給の確保▽食料供給、サプライチェーン等の確保▽交通ネットワークの確保▽情報通信機能・情報サービスの確保ーなどに関する160項目の施策を実施した。
インフラ整備に関する中長期計画で予算規模を示すことは、ここ十数年なかったことで、異例の措置となった。さらに緊急3カ年計画は、当初予算に「別枠計上」され、こうした措置は新たな動きとして特筆される。
国土強靱化のための5か年加速化対策は当初予算ではなく補正で
3カ年緊急対策を実施している間も、2019年9月に房総半島台風(台風15号)、同10月の東日本台風(台風19号)などによる被害が発生した。こうした状況なども踏まえ、3カ年緊急対策の最終年度となる2020年12月には、新たな緊急対策となる「国土強靱化のための5か年加速化対策」(2021~2025年度)が閣議決定された。
事業規模は約15兆円で、国費ベースでは7兆円台半ばを想定。うち公共インフラ関係に限ってみると、事業規模が約9兆円、国費ベースが約6兆円と言われている。国の当初予算で一般公共事業費(国費ベース)を見ると、2021年度以降6・1兆円で横ばいに推移。これに5か年加速化対策として前年度の補正予算で2021年度分は約1・7兆円、2022年度分、2023年度分はそれぞれ約1・3兆円ずつ積み増されている。追加分は全体の約2割に相当する。
ただ、当初予算ではなく、いずれも補正予算で加速化対策の予算が積み増しされており、予算措置が不安定だという指摘があった。さらに、5カ年計画の3年目にあたる2023年度までに全体の事業規模15兆円の3分の2に当たる9・9兆円(国費は5兆円)が予算措置され、残りの2年間の予算が不足するのではないかという懸念の声も上がっていた。一方、基本法では「国土強靱化大綱」と「国土強靱化基本計画」が法律で規定されているものの、具体的な実行策となる「3カ年緊急対策」や「国土強靱化のための5か年加速化対策」などは閣議決定で実行されており、実効策の策定を法律に盛り込み、安定的な予算確保と確実な執行を担保できる仕組みを求める意見も上がっていた。
新たに実施中期計画を法律で位置付け、実施事業と予算を担保
今回の改正国土強靱化基本法はこうした意見を踏まえ、見直しされた。具体的には「国土強靱化基本計画」に基づいて展開する実行策として「実施中期計画」を政府が策定することとした。同計画では計画期間や、実施する施策の内容、重要業績評価指標(KPI)を記載。このうち、5か年加速化対策の後継計画に当たる部分として、重点的に推進する施策内容を抽出し、事業規模も明示するとした。
政府の国土強靱化推進本部(本部長・岸田文雄首相)の下部に会議体として「国土強靱化推進会議」を新たに設け、基本計画の改定案や実施中期計画案の作成時のヒアリングの実施なども盛り込んだ。国土強靱化推進会議(議長・小林潔司京都大学名誉教授・京都大学経営管理大学院特任教授)はすでに、7月20日に都内で初会合を開催。国土強靱化政策の根幹となる「基本計画」の改定案と「年次計画2023案」を審議し、了承した。政府はこれを受け、7月28日の閣議で、新たな「国土強靱化基本計画」と、この計画に連動した「国土形成計画」「国土利用計画」の3つの計画を決定。これらの計画を一体として、相乗効果を生み出しながら取り組みを強化していく方針を示した。
このうち、国土強靱化基本計画は、国土強靱化に関係する国の他の計画の指針となる「アンブレラ計画」とし、その意義や役割を明確化した上で、国土強靱化に必要な取り組みを総合的に展開することを打ち出した。
防災・減災対策だけでなく、既存施設の老朽化対策として予防保全型メンテナンスへの転換や、強靱な国土づくりを担う建設業の中長期的な担い手の育成・確保の推進にも言及。被災インフラの早期復旧に向け、自動化や遠隔化、ICT施工技術の普及促進と、必要な人材・資機材も確保するとした。
閣議決定の同日に開かれた国土強靱化推進会議では、毎年度ごとに作成される国土強靱化年次計画2023を正式に承認。この中には、適正な積算や工期設定、施工時期の平準化や地域の実情に合致する規模での発注などに引き続き努めることや、複数年にわたる大規模事業を円滑に実施できるよう、国庫債務負担行為の柔軟な活用などの展開も盛り込んだ。
主要施策として、防災インフラの整備・管理分野では、あらゆる関係者が協働する「流域治水」や、インフラ施設の耐震化、津波対策、老朽化対策などを挙げた。ライフライン分野では、災害時にも人流や物流を確保するため、高規格道路のミッシングリンクの解消、エネルギー供給や通信環境の整備に取り組む方針を示した。
補正予算で国土強靱化予算をどこまで確保できるのか
改正基本法の最大のポイントとなる「実施中期計画」は現時点で、どのような内容になるのかは不明だ。現行の「国土強靱化のための5か年加速化対策」の後継計画となるため、何カ年計画で、どの程度の予算規模になるのかによって、今後の建設市場は大きく変わる可能性がある。さらに、計画で示された予算が当初予算に別枠計上されるのか、5か年加速化対策のように補正予算で確保されるのか。どう予算措置するのかも注目される。
ある業界関係者は現行の5か年加速化対策が5年で15兆円という事業規模だったことを踏まえ、「この規模が最低ライン。ここ数年の資機材価格や人件費の高騰などを考えると、同規模を確保しても実質的に事業に使用できる予算は減ってしまう。やはり規模拡大は不可欠」という。
別の建設関係者からは「将来に向けて、安定的な仕事量の見通しが立たないと、若い人を入職させ、定着・育成させることは難しい。国土強靱化に伴う公共事業費の安定的な予算措置は、持続可能な建設業にするためにも重要だ」と指摘する。
今秋に編成される補正予算は、物価高に対応した対策が柱になると言われている。今年発生した豪雨災害の被災地の復旧事業費なども盛り込まれる見通しだ。岸田文雄内閣の目玉事業である子育て対策費や防衛費も計上される可能性も高い。その中で、国土強靱化に資する防災・減災対策がどの程度計上されるのか。改正基本法に位置付けられた実施中期計画の内容や今後の公共事業費を占う上で、今秋の補正予算が大きな試金石となることは間違いなさそうだ。
執筆者
日刊建設工業新聞社 常務取締役事業本部長
坂川 博志 氏
1963年生まれ。法政大社会学部卒。日刊建設工業新聞社入社。記者としてゼネコンや業界団体、国土交通省などを担当し、2009年に編集局長、2011年取締役編集兼メディア出版担当、2016年取締役名古屋支社長、2020年5月から現職。著書に「建設業はなぜISOが必要なのか」(共著)、「公共工事品確法と総合評価方式」(同)などがある。山口県出身。
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