値上げの春の象徴的出来事

値上げの春の象徴的出来事

「変身」するはずだったのが・・・

 東京・JR山手線「五反田駅」の西口を出て国道1号線を歩く。しばらくすると右手に大きなビルが見えてきます。「TOCビル」という、五反田のシンボル的存在です。TOCというのは「東京卸売りセンター」の略で、数多くのテナントが入居していました。

 2021年8月、この建物を所有する株式会社テーオーシー(大谷卓男社長)は、同ビルが築後50年以上経過していることから、新時代に向けて「建て替える」ことを明らかにしました。この時に公表された資料では、新TOCビルを建設するに当たって「地域・環境との共生を図りながら、現在のTOCビルの強みを踏襲し、品川・大崎地区の商業並びに流通の発展に貢献する」「高度利用地区の都市計画手法を活用し、流通商業機能と高層化された良質なオフィス空間等の提供により、多くの顧客・テナントの獲得を実現し、中長期的な収益の向上を図る」「機能性の向上、耐震機能など安全性の向上に加え、省エネルギー・二酸化炭素排出量削減の推進など、環境への負荷を軽減するための取り組みを推進し、長期的な視点に立った建物づくりを進める」という方針が示されました。

 新TOCビルは、約2万1,536㎡の敷地のうち約1万5,000㎡を建築面積に充て、地下3階地上30階延べ床面積約27万6,000㎡という規模を誇ります。ビルの高さは約150mで、このほかに約880台分の駐車場が設けられることになっていました。2023年春頃に解体工事を始め、27年春頃に竣工という予定になっていました。

1年経ってみると

 新TOCビル建設の発表からおよそ1年後の22年9月、テーオーシーは建設スケジュールを6カ月から1年延長すると発表しました。その理由として、世界的インフレを背景とする建設関連費用の高騰と、昨今のビル賃貸事業を巡る環境の2点を挙げ、「不確実性の高い現在の経済環境および事業環境などを総合的に勘案し、当社収益性の確保を重視しつつ早期着工に向け引き続き取り組んでいく」としましたが、ついにこの4月には、計画を延期すると発表しました。新たな着工時期は32年頃とのことです。同社では、計画延期について「昨今の建築費高騰及びビル賃貸市況に鑑み、より高収益化を目指した」結果だとしています。当面は、現在のビルで営業を再開するとしていますが、かつて入居していたテナントからは、今さら戻ることはできないといった声が出ており、波紋が広がっています。

建設コストはどれくらい上昇したか

 以前、銅の値上がりで神社の銅葺き屋根板が盗まれたという、神をも恐れぬ窃盗犯がいるということを紹介しました。それ以降も、廃墟となった建物や公園の公衆トイレから蛇口が根こそぎ盗まれた事件や、太陽光発電施設から銅線ケーブルを盗んでいくというケース、公園の金属製側溝ふた(グレーチング)が片っ端から盗まれたなど、金属製品を対象とした窃盗事件を報じるニュースが増えています。「原材料」の値上がりは、当然、製品価格に反映されるわけですから、こういった窃盗事件が増加しているということは、明らかに原材料となる金属の価格が上がっているということを示しています。

 日本建設業連合会(日建連)が公表しているパンフレット「建設資材高騰・労務費の上昇等の現状」の直近版(24年3月)によれば、主要資材のアップ率は、建設物価調査会「連接物価2021年1月号」掲載価格に比べ、24年4月号掲載価格(東京)では「鋼板中厚板」の80%アップを筆頭に、「板ガラス」(74%アップ)、「異形棒鋼」(70%アップ)、「ストレートアスファルト」(64%アップ)、「H形鋼」と「ステンレス鋼板」(いずれも62%アップ)などとなっています。

 全体の「資材価格」の上昇率は、土木、建築とも21年1月比で平均30%増と試算されています。

 もう一つのアップ要因である労務単価を見てみましょう。

 日建連のパンフレットによれば、建設技能労働者の労務単価は21年1月当時(20年3月から適用の単価)と比べ、全国全職種の単純平均で16%上昇しているということです。

 資材価格と労務単価の上昇を加味し、仮設費や経費を含めた全建設コスト(平均)は19~22%上昇すると試算されています。

5%の賃上げは?

 岸田内閣は「5%の賃金上昇」を経済界に要請しました。それは建設業界に対しても同様です。「新しい資本主義」実現には、「成長と分配の好循環」が重要であり、それを実現させるカギとなるのが「物価上昇を上回る構造的賃上げ」というのが、この要請の背景にあります。

 国土交通省も2月、公共工事設計労務単価を改定し、主要12職種で6・2%、全職種で5・9%引き上げました。2年連続、過去10年間で最大の伸びとなっています。

 ところで、24年春闘では、日本労働組合総連合会(連合)傘下の組合で平均5・24%の賃上げを獲得しました。300人未満の組合でも4・69%の賃上げを確保しました。企業によっては、組合の要求以上の回答をしたところもあります。

 一方、大卒初任給も大幅にアップしました。初任給を引き上げることで、なんとか若手人材を確保しようというわけで、賃上げと初任給引き上げで、企業側の給与支払額はかなり増額になることになるのは明らかです。もちろん、建設業界も例外ではありません。

 この4月も、2800品目以上の食品や、電気・ガス、宅配料金など、値上げが目白押しです。

 時間外労働時間規制が建設、運輸、医療分野にも適用されました。生産性が同じなら、その完成にかけられる時間は、仮に労働者の人数が同じなら、働ける枠が小さくなるわけですから、当然、長くなります。当初の計画は、ここからずれ始めます。

価格転嫁できず内需型産業に息切れ

 物価高によって、建設業者も倒産の憂き目に遭っています。東京商工リサーチによると、23年度の「物価高倒産件数」は684件で、前年度比73・6%増となりました。負債総額は3,976億8,600万円(90・9%増)です。

 建設業は製造業、運輸業に次ぐ第3位で138件(109・0%増)と倍増しました。負債総額は253億1,100万円(59・4%増)となりました。建設業の内訳は、総合建設業が75件(74・4%増)、職別工事業が39件(129・4%増)などとなっています。

 同社では「輸出産業は円安の影響を受けて好業績をあげている一方、内需型産業や下請企業は原材料や燃料などの価格上昇分を価格転嫁できず、収益力の低下とともに体力を消耗し、息切れを起こしている構図が浮き彫りとなった」と分析しています。

民間発注者とは積極的に協議を

 公共の仕事は政府の施策とリンクしながら、適正な価格と工期での発注に力を注いでくれているようですが、それでも「入札参加者なし」「全参加者辞退」「予定価格超過」といった理由で「不調」となるケースが、少なからずあります。こうしたケースでは、参加要件を緩和したり、予定価格を増額させたりという措置を執り、なんとか「落札」までもっていこうという姿勢が見られます。

 一方、民間発注者は、金融機関から融資を受けて、新たな施設を作る場合が圧倒的でしょうから、借入額を予定以上に増やさないためにも、建設コストの高騰は事業着手を躊躇させるに十分な理由付けとなります。

 新たな施設建設は、それによって利益をもたらすことが主眼となりますから、1日でも早く建物を完成、稼働させることが、利息の返済という面でも強く求められます。事業着手前に、発注者サイドの資金計画はどうなっているのかを知ることは意味のあることです。

 今の状態は「高い材料」を「少ない頭数」で、どうやって定められた期日に、決められたお金で、高品質の建物を納めるかということになります。

 与条件に100%マッチする材料・機器でなければダメなのか、同様の性能を発揮する材料・機器ではダメなのか。簡単な施工方法で工期短縮はできるのかなど、プロの視点での提案し、協議することが不可欠となるのは言うまでもないでしょう。

 さらに言うならば、自社で何ができ、何ができないかを明確にして、できない分野の専門業者とコラボレーションするのも「あり」です。この点をもう一度見直してみることも大切でしょう。そのためにはアンテナを高くして、より広範囲な情報収集に努めることが不可欠ですし、そうすることが、より合理的な施工体制を生み出せる元となります。今が、それを実施するチャンスなのかもしれません。

服部 清二 氏 執筆者 
株式会社日刊建設通信新聞社
顧問
服部 清二 氏

中央大学文学部卒業。設備産業新聞社を経て建設通信新聞社へ。
国土庁(現国土交通省)、通産省(現経済産業省)、ゼネコン、建築設備業、設備機器メーカー、鉄鋼メーカー、建設機械メーカーなどの取材を担当。特に建築設備業界の取材歴は20年以上にわたる。
その後、中部支社長、編集局長、企画営業総局長、電子メディア局長兼業務総局長を歴任、2019年6月電子メディア局の名称変更に伴い、コミュニケーション・デザイン局長に就任。建設通信新聞「電子版」、「月刊工事の動き」デジタル、講演集や各種パンフレットの作成、協会機関誌の制作、DVD撮影などを行う部署を管轄した。2021年7月から現職。

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