いま、建設業界で注目を集めるマルチクラフター(多能工)とは

いま、建設業界で注目を集めるマルチクラフター(多能工)とは
前川 研吾 氏

汐留パートナーズ税理士法人
公認会計士・税理士
前川 研吾 氏

 昨今、人材育成に関して注目を集めいているワードに「多能工(マルチスキル人材)」があります。

 主にバックオフィスなどで注目され、例えば一人の総務人材が総務業務に加えて人事や経理のスキルも備えている、など複数の職種に対応できるスキルを備えた人材やそういった人材を育成しようとする動きを指します。

 本セミナーではマルチクラフターの特徴や、建設業界にどのような作用をもたらすか、等をご紹介致します。

はじめに

建設業界で最も注目されているワード、マルチクラフター

 英語のマルチは「複数の」、クラフターは「手に職を持った人」という意味で、日本語では「多能工」と呼ばれています。建設業界に限りませんが、検索すると、ほぼ建設業界関連で、建設業界で今、最も注目されているワードのひとつです。

マルチクラフター(多能工)とは

マルチクラフター(多能工)とは

 国土交通省のリーフレットではマルチクラフターは「建設工事において、連続した複数の異なる作業や工程等を遂行するスキルを有する個人、あるいはそれを可能にする生産システム」と定義されています。建設業界は資格の世界ですから、複数の専門資格を有する人材の活用・活躍のかたちといえます。

マルチクラフター(多能工)とは

出典:「いま、建設業界で注目を集めるマルチクラフター(多能工)とは」セミナー資料より

専門工や専門業者が作業を分担するデメリット

 従来、専門工や専門業者が作業を分担することが一般的でした。その場合、次のようなデメリットやロスが避けられません。

専門工や専門業者が作業を分担するデメリット

出典:「いま、建設業界で注目を集めるマルチクラフター(多能工)とは」セミナー資料より

マルチクラフターのメリット

 対して、マルチクラフターがいると、同じ工程でも1人もしくは、ごく少数の人材で完結します。外注費やコミュニケーションコスト、業者ごとの品質の差異・手戻りの減少にもつながります。

建設業者にとってのマルチクラフターのメリット

 建設事業者にとってのマルチクラフターのメリットは①収益率の向上、②品質管理の容易化、③工期の短縮です。

建設業者にとってのマルチクラフターのメリット

出典:「いま、建設業界で注目を集めるマルチクラフター(多能工)とは」セミナー資料より

従業員にとってのマルチクラフターのメリット

 「自分はマルチクラフターになる」と宣言し、そのために努力している従業員にも①キャリアアップ、②待遇向上、③雇用の安定といった、さまざまなメリットがあります。企業もマルチクラフターに対しては給与の向上などを制度に組み込む必要があります。そうでないと、優秀なマルチクラフターは、すぐに転職しかねません。

 従来、スペシャリストが評価される傾向にあり、人材育成も、そうした方向をサポートしてきました。例えば、ある分野で80点の能力があったとしたら、その能力を90点、99点に高めていく。対して、ある分野で80点の能力があったとして、今まで零点だった別の能力を60点にしたり、30点しかなかった能力を70点に伸ばしたりといった育成の仕方もあります。スペシャリストでありながらゼネラリストでもある人材を育成・評価し、待遇面でも向上させる仕組みが求められています。

顧客にとってのマルチクラフターのメリット

 顧客にとっても①工期が短縮され、引き渡しまでの期間が短くなる、②1社で完結しているので工事の品質が一定になり、信頼しやすいといったメリットがあります。国土交通省もマルチクラフター育成のメリットとして建設業者、従業員、顧客の「三方良し」を指摘しています。

顧客にとってのマルチクラフターのメリット

出典:「いま、建設業界で注目を集めるマルチクラフター(多能工)とは」セミナー資料より

マルチクラフター育成の留意点:建設業許可、採用・育成の費用と時間

 国交省のホームページにも書かれていますが、1点目に複数の職種にわたる建設業許可の取得が必要になります。社内に有資格者がまったくいないと、許可の取得に時間がかかります。マルチクラフターを育成するための経営戦略を練る際にも非常に重要なポイントです。

 2点目は社員であることが前提となるため、採用・教育費や時間が必要になります。1年で取れる資格もあれば、2~3年かかるものもあり、ペーパーと実技だけではなく、実務経験が求められるものもあります。

マルチクラフター育成の留意点:社内制度の改定など

 3点目は社内制度の改定が求められます。資格・スキル習得に応じた評価・給与改定など体制整備が必要になります。給与面で折り合いがつかないと、育成後に離職されてしまう可能性がある。マルチクラフターの制度を導入する前に総合的な人材評価・考課・待遇の仕組みをつくりあげなければいけません。

 4点目はマルチクラフターを前提とした発注システムがないと活用されにくいということです。発注者側に「マルチクラフターがいる=一括受注できる」ことを認識してもらう必要があります。すべてを内製化することは難しい。自社にできること・できないことを明確にして顧客に周知徹底すべきです。

 5点目として一般的にマルチクラフターは各専門領域に関してはスペシャリストに及びません。マルチクラフターばかり推進すると、社員がひとつのスキルを突き詰めることが難しくなる可能性があります。スペシャリストとマルチクラフターのバランス感が重要です。

マルチクラフターと建設業界の親和性:建設業界は資格が多い

 建設業界は資格が非常に多く、従業員に求めるスキルレベルや社内の評価体制を明確にしやすい。資格がすべてではありませんが、ひとつのメルクマールにはなります。従業員が取り組みやすい仕組みもつくりやすい。「職業能力開発促進法」に基づく資格は下記の通りたくさんありますが、例えば建築大工やウェルポイント施工などをミックスさせることで、1+1を3や4にしていくことも可能になります。

マルチクラフターと建設業界の親和性:建設業界は資格が多い

出典:「いま、建設業界で注目を集めるマルチクラフター(多能工)とは」セミナー資料より

マルチクラフターと建設業界の親和性:建設業界の多くの課題にアプローチ可能

 建設業界には、さまざまな課題があり、それらは複雑にからみあっています。そうした課題の一部を、マルチクラフター育成で解決することができます。第1にマルチクラフターは従来よりも幅広い需要に応えられ、人口減少による新築需要の減少にも対応できます。例えば、新築しか請け負っていなかった会社が改修工事やリフォームなど幅広い業務に進出することも可能になります。

 第2に多重下請けは内製率を向上させることで解消につながります。

 第3に人手不足は建設業界に限らず、あらゆる業界で問題になっています。外国人労働者受け入れなどは賛否があり、少ない人材で複数工程に対応できるマルチクラフターの育成が、どの分野でも求められています。

 第4に技術の属人性はマルチクラフターを投入することで工程ごとの人的依存度が低下し、業務負荷の分散が可能になります。会社に1人の専門工しかいないと、その人が抜けたら業務を遂行できません。2~3人のマルチクラフターのそれぞれが専門工の6~7割をカバーしていれば、業務を継続することができます。

 第5に職人の高齢化、若年層の志望率の低さを改善できます。いろいろな能力を身につけてマルチに活躍できるようになると格好はいいし、収入増にもつながります。

 第6に工期短縮を実現すれば労働時間の減少・過長労働の改善が望めます。

 第7に繁忙期と閑散期の差を減らせます。一番忙しい時期に合わせて人を確保すると閑散期には余りますし、暇な時に合わせると忙しい時期には手が足らず、不満が爆発します。

 第8に繁閑の差を縮減することで、人員計画がたてやすくなり、直接雇用に、かじを切ることができます。

マルチクラフターと建設業界の親和性:建設業界の多くの課題にアプローチ可能

出典:「いま、建設業界で注目を集めるマルチクラフター(多能工)とは」セミナー資料より

導入事例

マルチクラフターの導入事例:工藤建設 施工実績

 工藤建設ではマルチクラフターに測量や土工事、鉄筋組み立て工事、型枠工事などの技能を求めています。各技能のレベルは専門工の7~8割程度を目安としていますが、実際には専門工と同程度の技能を持っている人もいます。

 マルチクラフターが活躍している業務は、ひとつは注文住宅の基礎・地下室の部分です。工種の入れ替えがなく、同仕様による習熟効果、施工の重要ポイントを押さえることなどで工期20%短縮を実現しました。しかも、外注コストが30%減となりました。ふたつは自社で請け負う小規模マンション工事で、躯体図作成を担っています。

工藤建設 育成・能力評価とキャリアパス

 育成に関しては富士教育訓練センターの社会人研修などを利用しています。技能部分はOJT(オンザジョブトレーニング)で、現場作業は必ずベテラン・若手の2人組。実践を通じた育成を行っています。

 能力評価に関しては技能と社員としての適性による総合評価を実施しています。1~2年目はビジネスマンとして最低限のことができているかどうかを問い、3年目から技能が加わります。評価項目が可視化され、取り組むべき事項・目標が明確にされました。

 キャリアパスに関しても必要な能力評価の目安を示すなど、将来を描きやすくするための取り組みを実施しています。

マルチクラフターの導入事例:リンクスコーポレーション 技能とレベル

 この会社では技能は内装工事全般に通じることが求められており、クロス張り、床工事、木工事、電気工事、配管工事とマルチぶりが伺えます。専門工のスピードと比較すると、自分の得意分野は100~120%、その他は60~70%に達し、得意分野は専門工を凌駕しています。しかも全員が発注者との打ち合わせ、工程管理、材料発注など工事プロセス全体を担当できるマネジメント能力を有し、とてつもないエリート集団です。

リンクスコーポレーション マルチクラフター化による効果

 効果の1点目は作業の効率化と品質の向上です。内装一式工事を統括する主任技術者としてマルチクラフターを配置して指示系統を一元化、発注者との打ち合わせ、工程管理、材料発注などの効率的なマネジメントが可能となりました。いろいろな指示を出したり、顧客・外注先とやり取りしたりする人がマルチクラフターだと、効率的に業務を進められます。

 2点目は継続した雇用の実現です。店舗、住宅などのリフォーム工事を中心とした元請け工事も行っており、内装工事がないときはリフォーム工事を実施するなど繁閑を調整。年間を通じて技能者の稼働率は高く、継続した雇用につながっています。

リンクスコーポレーション 育成と評価

 企業方針として積極的に複数工種の取得を奨励、マルチクラフターの指導で、OJTを中心に3年程度の期間を目安として育成を行っています。施工数量や仕事量に応じて技能者に還元する仕組みもあり、リピーターや紹介につながった場合、定期昇給に反映させるなど技能以外も含めた評価をしています。

マルチクラフターの導入事例:KMユナイテッド 作業分解・分析

 この会社では作業分解・分析により、他職種でもできる作業を洗い出しました。左官、シール、内装、塗装の各業務を①専門職でしかできない作業、②技能があれば他職でもできる作業、③少し経験すればすぐにできる作業に分解しました。このうち①は専門工を抱えている会社に委託、②③をターゲットに富士教育訓練センターなどを活用して技能を習得させました。すべて外注していると利益が減少します。「自社でできることはないか」と作業分解・分析する手法を大いに活用したいものです。

マルチクラフターの導入事例:KMユナイテッド 作業分解・分析

出典:「いま、建設業界で注目を集めるマルチクラフター(多能工)とは」セミナー資料より

KMユナイテッド マルチ化で効率化を実現

 具体的には第1に耐火被覆工と塗装工が一緒に養生を行うことによる合理化、第2にスポット作業をなくす防水工と左官工のコラボレーションを進めています。サッシ面台部の塗膜防水工事では左官工程に入る前に防水工のスポット作業がありましたが、左官工が、その作業を行うことで施工の効率化につながりました。

KMユナイテッド マルチ化で効率化を実現

出典:「いま、建設業界で注目を集めるマルチクラフター(多能工)とは」セミナー資料より

KMユナイテッド マルチクラフターの育成

 入社前に現場の環境や材料・道具の使い方を習得させ、入社後はOJT、富士教育訓練センターなどを利用したHST(ハイエンドサポートトレーニング)、最新の特殊塗装のトレーニングなどを経て、7年後に1級塗装技能士合格を目指しています。

育成にあたって

マルチクラフターの育成方法:教育施設の活用

 富士教育訓練センターは静岡県富士宮市にある建設技術者・技能者のための教育訓練施設で、複数のマルチクラフター育成コースが用意されています。

マルチクラフターの育成方法:教育施設の活用

出典:「いま、建設業界で注目を集めるマルチクラフター(多能工)とは」セミナー資料より

マルチクラフターの育成方法:OJTと社内研修、社外交流

 多くの事業者がOJTを採用、連続する工程の専門工同士で相互に技術指導を行うなど各社とも工夫を凝らしています。また、マルチクラフターを前提とした教育・研修プログラムを用意したり、他の専門業者と協業関係を結んで人材交流や技術指導を行ったり、さまざまな方法が考えられます。

マルチクラフターの育成方法:OJTと社内研修、社外交流

出典:「いま、建設業界で注目を集めるマルチクラフター(多能工)とは」セミナー資料より

前川 研吾 氏
 講師ご紹介 

汐留パートナーズグループ
汐留パートナーズ株式会社 代表取締役
公認会計士(日米)・税理士 前川 研吾 氏

北海道大学経済学部卒業。公認会計士(日米)・税理士。
公認会計士試験合格後、新日本有限責任監査法人監査部門にて、建設業、製造業、小売業、金融業、情報サービス産業等の上場会社を中心とした法定監査に従事。
また、同法人公開業務部門にて株式公開準備会社を中心としたクライアントに対する、IPO支援、内部統制支援(J-SOX)、M&A関連支援、デューデリジェンスや短期調査等のFAS業務等の案件に数多く従事。
2008年4月、27歳の時に汐留パートナーズグループを設立。
税理士としてグループの税務業務を統括する。

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