1.はじめに
新型コロナウィルスのワクチン接種が進んではいますが、足元の経済は引き続き厳しい状況が続いています。中小企業向け貸出残高は増加している一方、当年度の倒産件数は意外にも2000年以降で最低水準におさまっています。このことから資金繰りに苦慮しながらも、この状況を耐えている企業が多く存在するということがわかります。
新型コロナ関連の各種支援策を利用している企業は多いと思いますが、それとは異なる「経営力向上計画」という制度が存在するのはご存知でしょうか。新型コロナの感染が流行する以前から中小企業・小規模事業者向けに創設されている制度で、金利引下げや税務上のメリットなどがあります。
新型コロナの収束が見通せない今、中小企業にとって「経営力向上計画」の認可を受けるメリットは見逃せないものとなっています。そこで今回は「経営力向上計画」の概要とそのメリットを紹介したいと思います。
2.「経営力向上計画」の認定状況
「経営力向上計画」について定めた中小企業等経営強化法は平成28年に施行されました。希望する事業者は業種に応じて各省庁に「経営力向上計画」を提出し認定されると、税額控除や金融支援が受けられるという制度です。令和3年5月現在、122,714件の事業者が認定されていますが、日本の中小企業数が350万社以上あることを考えると広く普及しているとは言いがたい状況です。
ちなみに認定事業者を業種別にみると製造業が最も多く45,915件と3分の1を占め、次いで建設業の30,931件となっています。
3.税務メリット
では「経営力向上計画」の認定を受けた場合の税務メリットからみていきたいと思います。税務上は大きく3つの優遇措置があり、対象事業者(以下、「中小企業者等」)は以下のように定められています。
- ⅰ. 資本金又は出資金の額が1億円以下の法人
- ⅱ. 資本金又は出資金を有しない法人のうち常時使用する従業員数が1,000人以下の法人
- ⅲ. 常時使用する従業員数が1,000人以下の個人
- ⅳ. 協同組合等(中小企業等経営強化法第2条第6項に規定する「特定事業者等」に該当するものに限る)
ただし、大規模法人との支配関係がある場合などは除外規定があり、さらに各優遇措置により規模要件が定められているものもあるため、詳細は中小企業庁の手引きでご確認ください。(https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/kyoka/pdf/tebiki_zeiseikinyu.pdf)
4.税務メリット①:設備取得に係る税制措置
青色申告書を提出する中小企業者等が指定期間内(平成29年4月1日から令和5年3月31日まで)に一定の設備を新規取得した場合、即時償却または取得価額の10%(資本金3,000万円超1億円以下の法人は7%)の税額控除を選択適用することができるという制度です。
一定の設備とは以下のように4つの類型に分類されます。
※↑ 画像をクリックすると拡大表示されます。
(出典:https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/kyoka/pdf/tebiki_zeiseikinyu.pdf)
A類型:生産性向上設備
対象設備のうち、以下の2要件を満たすもの
- a. 一定期間内に発売されたモデル(最新モデルである必要はない)※
- b. 経営力の向上に資するものの指標(生産効率、エネルギー効率、精度など)が旧モデルと比較して年平均1%以上向上している設備
※設備によって「販売開始から何年以内」と指定があります。
B類型:収益力強化設備
対象設備のうち、以下の要件を満たすもの
年平均の投資利益率(※)が5%以上となることが見込まれることにつき、経済産業大臣(経済産業局)の確認を受けた投資計画に記載された投資の目的を達成するために必要不可欠な設備
※投資利益率は以下の算式で算定します。
C類型:デジタル化設備
対象設備のうち、以下の要件を満たすもの
事業プロセスの①遠隔操作、②可視化、③自動制御化のいずれかを可能にする設備として、経済産業大臣(経済産業局)の確認を受けた投資計画に記載された投資の目的を達成するために必要不可欠な設備
D類型:経営資源集約化に資する設備の要件
対象設備のうち、経営力向上計画に事業承継等事前調査に関する事項の記載があるものであって、経営力向上計画に従って事業承継等を行った後に取得又は製作若しくは建設をするもので、以下の要件を満たすもの
計画終了年次の修正ROA又は有形固定資産回転率※が以下表の要件を満たすことが見込まれるものであることにつき、経済産業大臣(経済産業局)の確認を受けた投資計画に記載された投資の目的を達成するために必要不可欠な設備
※修正ROA及び有形固定資産回転率の算定式は以下になります。
(出典:https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/kyoka/pdf/tebiki_zeiseikinyu.pdf)
5.税務メリット②:事業承継等に係る登録免許税・不動産取得税の特例
指定期間内(平成30年7月9日から令和4年3月31日)に他者から事業を承継するために、土地・建物を取得する場合に利用できる登録免許税・不動産取得税の軽減措置です。行為類型としては(i) 合併 、(ii) 会社分割 又は (iii)事業譲渡 により、他の中小企業者等から土地・建物を含む事業上の権利義務を取得する行為であって、事業の承継を伴うもの、と定められています。
軽減される内容は以下になります。
(出典:https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/kyoka/pdf/tebiki_zeiseikinyu.pdf)
6.税務メリット③:中小企業事業投資損失準備金
中小企業者(※1)が適用期間内(令和3年8月2日から令和6年3月31日)に事業承継等事前調査(※2)に関する事項が記載された経営力向上計画の認定を受けた場合、当該計画に基づき株式等を取得(※3)し、かつ、これを事業年度末まで引き続き有している場合において、株式等の取得価額として計上する金額の一定割合の金額(※4)を準備金として積み立てたときは、その積み立てた金額はその事業年度において損金算入できるという制度です。
※1 「3.税務メリット」で示した中小企業者等のうちⅲ.およびⅳ.を除く以下が対象となります
- ⅰ. 資本金又は出資金の額が1億円以下の法人
- ⅱ. 資本金又は出資金を有しない法人のうち常時使用する従業員数が1,000人以下の法人
※2 一般的にデュー・デリジェンス(DD)と呼ばれるものです。認定にあたっては、十分な事前調査を実施する予定かどうか、「事業承継等事前調査チェックシート」を元に確認を行う必要があります。
※3 株式譲渡であって、事業の承継を伴う取組みであることが条件です。
※4 取得価額の70%を限度に任意の金額を積み立てられます。
この制度は該当事業年度には損金算入できますが、その代わり以下の事由が発生した場合は5年経過後からその後5年間かけて均等額で準備金を取崩し、益金に算入されることに留意が必要です。なお取崩額は要件により異なる点にも注意が必要です。
- 経営力向上計画の認定を取り消された場合(全額)
- 取得した株式を売却等を行うことで所有しなくなった場合(全額または相当分)
- 株式を取得した法人が合併により合併法人に当該株式を移転した場合(全額)
- 取得した株式を発行する法人が解散した場合(全額)
- 取得した株式の帳簿価額を減額した場合(相当分)
- 株式を取得した法人が解散した場合(全額)
- 株式を取得した法人が青色申告書の提出の承認を取り消され、又は取り止めた場合(全額)
- 取得した法人が連結事業年度の翌事業年度の確定申告書等を青色申告書により提出できる者でない場合(全額)
- それ以外の場合において準備金を取り崩した場合(相当分)
7.その他のメリット
①金融支援
7種の金融支援策があり、対象事業者は以下のようになっています。
▼ 特定事業者等
▼ 中小企業者等
(出典:https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/kyoka/pdf/tebiki_zeiseikinyu.pdf)
②法的支援
以下の法的支援がありますが、適用は事業譲渡を行う場合であって、承継される側の特定事業者が株式会社であるときに限られます。
(ア) 許認可継承の特例
事業承継等を行うことを記載内容に含む経営力向上計画の認定を受けた上で、その内容に従い、以下のいずれかの許認可事業を承継する場合には、承継される側の事業者から、当該許認可に係る地位をそのまま引き継ぐことができます。
旅館業/建設業/火薬類製造業・火薬類販売業/ 一般旅客自動車運送事業/一般貨物自動車運送事業/ 一般ガス導管事業
(イ) 組合発起人数の特例
組合の組成を記載内容に含む経営力向上計画の認定を受けた上で、その内容に従い、事業協同組合、企業組合又は協業組合を設立する場合には、通常、最低4人必要とされている発起人の人数が、3人でも可となります。
(ウ) 事業譲渡の際の免責的債務引き受けの特例
通常、企業が事業譲渡により債務を移転するには、債権者から個別に同意を得る必要があり、この同意がない場合には、事業譲渡をした企業は債務を免れないこととなります。 事業譲渡を行って他者から取得する経営資源を活用する取組みについて 計画認定を受けた場合、企業が債権者に対して通知(催告)し、1ヵ月以内に返事がなければ債権者の同意があったものとみなすことができ、より簡略な手続きにより債務を移転することができます。
8.建設業における指針
中小企業等経営強化法では、事業分野を所管する省庁において事業分野ごとに生産性向上の方法等を示した事業分野別の指針を策定することになっています。建設業は国土交通省から指針が公表されていますが、そのポイントとしては、まず独自の指標が追加されている点です。
建設業の生産現場は多数の技能労働者に支えられている実態をふまえ、労働生産性の指標として基本の労働生産性に加え2つの指標を加えた中から選択することができます。
- 労働生産性・基本:(営業利益+人件費+減価償却費)÷労働投入量(労働者数又は労働者数×一人当たり年間就業時間)
- 労働生産性・推奨:(完成工事総利益+完成工事原価のうち労務費+完成工事原価のうち外注費)÷年間延人工数
- 労働生産性・簡易:(完成工事総利益+完成工事原価のうち労務費)÷直庸技能労働者数
また実施事項については、建設業界の課題解決のため「人への投資」と「経営のイノベーション」を中心とした取り組みが求められており、以下のような項目が挙げられています。
※↑ 画像をクリックすると拡大表示されます。
(出典:https://www.mlit.go.jp/report/press/totikensangyo14_hh_000614.html)
実際に認定を受けた事例が中小企業庁HPに掲載されていますので、そちらをご覧いただくとより具体的なイメージができるかもしれません。
9.おわりに
今回は中小企業等の支援を目的とした「経営力向上計画」をご紹介しました。
手続きが煩雑に感じられるかもしれませんが、新たな設備投資や事業拡大を考える事業者にとっては十分検討の価値があると思います。また、上記でご紹介したメリットだけでなく、計画を策定することで労働生産性のような具体的な指標を社員全員で共有して意識を向上させるという効果も期待できます。コロナ関連の支援策の効果だけでは厳しく、追加融資を申請している企業が増加している状況下において、選択肢の一つとして当コラムが参考になれば幸いです。
北海道大学経済学部卒業。公認会計士(日米)・税理士。公認会計士試験合格後、新日本有限責任監査法人監査部門にて、建設業、製造業、小売業、金融業、情報サービス産業等の上場会社を中心とした法定監査に従事。また、同法人公開業務部門にて株式公開準備会社を中心としたクライアントに対する、IPO支援、内部統制支援(J-SOX)、M&A関連支援、デューデリジェンスや短期調査等のFAS業務等の案件に数多く従事。2008年4月、27歳の時に汐留パートナーズグループを設立。税理士としてグループの税務業務を統括する。