はじめに
前回では、工事契約に関する会計基準として、工事完成基準及び工事進行基準の概要を取り上げました。簡単に確認すると、工事完成基準とは、工事が完成し、目的物の引渡しを行った時点で、工事収益及び工事原価を認識する方法をいい、工事進行基準とは、工事収益総額、工事原価総額及び決算日における工事進捗度を合理的に見積り、これに応じて当期の工事収益及び工事原価を認識する方法をいいます。
建設業においては、工事の着工から引渡しまでの期間が1年以上になるなど、長期に渡ることや、取引金額が高額になるなどの特徴が挙げられます。そのため、工事の進行途上において、その進捗部分について成果の確実性が認められる場合には、工事進行基準を適用し、一定の要件を満たさない場合には、工事完成基準を適用することとされています。成果の確実性が認められるための要件としては、①工事収益総額、②工事原価総額、③決算日における工事進捗度、の各要素について、信頼性をもって見積ることができなければならないとされております。一方で、会計上の見積りの程度が大きく、見積りに関する虚偽表示のリスクが高くなることが多いとされており、虚偽表示リスクとしては、見積りの判断を誤ることによる誤謬の修正、意図的な工事原価総額の見積りの調整などが挙げられます。
そこで今回は、工事進行基準を適用するにあたって、必要となる信頼性をもった見積りに関して、各要素別に詳しく見ていきたいと思います。
信頼性をもった見積りとは?
(1)工事収益総額の信頼性をもった見積り
信頼性をもって工事収益総額を見積るためには、工事の完成見込みが確実であることが必要であるとされており、そのためには、施工者に当該工事を完成させるに足りる十分な能力があり、かつ、完成を妨げる環境要因が存在しないことが必要であるとされております。
そして、工事契約において当該工事についての対価の定めがあることが必要であるとされ、「対価の定め」とは、①当事者間で実質的に合意された対価の額に関する定め、②対価の決済条件及び決済方法に関する定めをいい、対価の額に関する定めには、対価の額が固定額で定められている場合のほか、その一部又は全部が将来の不確実な事象に関連付けて定められている場合があります。
(2)工事原価総額の信頼性をもった見積り
工事進行基準を適用するにあたっては、工事原価総額についても信頼性をもって見積ることができる必要があります。
しかし、工事原価総額は、工事契約に着手した後においても様々な状況の変化により変動することが多いとされています。そのため、これらの見積りが工事の各段階における工事原価の見積りの詳細な積み上げとして構成されている等、実際に発生した原価と対比して適切に見積りの見直しができる状態となっていることが重要とされています。
そのため、信頼性をもって工事原価総額を見積るためには、工事原価の事前の見積りと実績とを対比することにより、適時・適切に工事原価総額の見積りの見直しが行われることが必要であるとされております。
(3)決算日における工事進捗度の信頼性をもった見積り
決算日における工事進捗度を見積る方法として原価比例法を採用する場合には、上記の(1)及び(2)の要件が満たされれば、通常、決算日における工事進捗度も信頼性をもって見積ることができるとされております。
原価比例法とは、決算日における工事進捗度を見積る方法のうち、決算日までに実施した工事に関して発生した工事原価が工事原価総額に占める割合をもって決算日における工事進捗度とする方法であり、以下のような算式となります。
工事原価総額の見積りの見直し
上述のように、工事進行基準の適用に関しては、会計上の見積りの程度が大きいことが分かります。信頼性をもって工事原価総額を見積るための要件に、工事原価の事前の見積りと実績とを対比することにより、適時・適切に工事原価総額の見積りの見直しが行われること、が挙げられていますが、この点について少し事例を交えつつ、工事原価総額が増加した場合の影響について見ていきます。
仮に、工事原価総額が工事契約受注時における見積り額よりも、決算時における見積り額の方が過大となっているにも関わらず、そのことを反映していないとすると、工事進捗度を算定する原価比例法における分母が過大となり、工事進捗度が小さくなります。
工事契約受注時 | 決算時 | 見積りの見直しにより、 工事原価総額が5,000万円増加したことにより、 工事進捗度及び工事収益が減少 |
||
工事収益総額 | 2億円 | 2億円 | ||
工事原価総額 | 1億5,000万円 | 2億円 | ||
当期発生原価 | 1億2,000万円 | 1億2,000万円 | ||
工事進捗度 | 80% | 60% | ||
工事収益 | 1億6,000万円 | 1億2,000万円 |
数字をみても分かるように、見積りの見直しにより、工事原価総額が5,000万円増加したことによって、工事進捗度が20%少なくなり、工事収益も4,000万円少なくなります。そのため、当初の見積りと決算時の見積りに乖離が生じた場合、適切にそのことを反映せずにいると、収益が4,000万円過大に計上されたり、工事損失引当金の計上回避に繋がってしまうリスクが考えられます。このような観点からすると、工事進行基準の適用にあたっては、必要に応じて工事原価総額に関して見積りの見直しを行うことが重要な要素の1つなることが考えられます。
工事契約は基本的な仕様や作業内容が顧客の指図に基づいて行われるなど、契約内容の個別性が強いことや、工事の進行途上において当初は想定していないような事情の変化などにより、工事契約の変更が行われる場合が考えられます。そのため、工事原価総額の見直しを行うにあたっては、上記に関する情報の収集及び反映が、適時・適切に行うことによって、見積りの修正が工事契約の進捗に応じて適切に行われることが必要となってきます。
おわりに
今回は、工事進行基準を適用するにあたって必要となる、信頼性をもった見積りの内容と、簡単な事例を取り入れつつ、見積り要素の多い工事進行基準の適用に関するリスクに関してみてきました。見積りが多く介在する中でも、工事原価総額の見積りに関しては、必要に応じて見直しを行い、その内容を的確に反映することが重要であることを、具体的な数値を用いて確認しました。
次回では、会計上と税務上の差異に関してみていきたいと思います。
北海道大学経済学部卒業。公認会計士(日米)・税理士。公認会計士試験合格後、新日本有限責任監査法人監査部門にて、建設業、製造業、小売業、金融業、情報サービス産業等の上場会社を中心とした法定監査に従事。また、同法人公開業務部門にて株式公開準備会社を中心としたクライアントに対する、IPO支援、内部統制支援(J-SOX)、M&A関連支援、デューデリジェンスや短期調査等のFAS業務等の案件に数多く従事。2008年4月、27歳の時に汐留パートナーズグループを設立。税理士としてグループの税務業務を統括する。
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