1.はじめに
国土交通省の算出によると平成27年時点で建設業界の就業人口500万人の内、10年以内に引退するとされる60歳以上の人口が78.1万人いるのに対し、若手は30歳未満の15歳から29歳までを合わせても35.7万人に留まっています。若手の供給が横ばいで続くとしても、10年後には差し引きで40万人規模の就業人口の減少が起こります。それが現実となる頃には、今度は現在50歳から59歳の世代がいつ退職するかということが問題となり、再び70万人弱の退職を懸念しなければなりません。
年齢による退職を回避する術はないため、若手就業者の取り込みを急ぐ必要があります。平成27年度の新規学卒者の建設業への入職率はわずか5.5%で、建設業における1年以内の離職率も平成26年時点で20%近くに達します。この数字から、後継者不足の解消には就活生を含む若手の建築業界への志望度の向上が必須と言うことができるでしょう。
本コラムでは就活生の志向と現場の実態を併せ考えることで見えてくる、後継者不足の原因の一端から、建設業界の労働問題、ひいては働き方改革との関連に迫りたいと思います。
2.就活生の志向と建設業界の労務実態
3月に解禁された2019年卒の就活生を対象にしたアンケート調査では、企業を選ぶ上で重視する項目の上位から「将来性がある」「給与・待遇がいい」「福利厚生が充実している」と続いています。将来性という点では、2020年の五輪特需を差し引いても、バブル期やそれ以前に建設された建物、高速道路等の建て替え・補修需要があるため、差し当たりの不安はさほど多くないでしょう。しかし、「キツイ・汚い・危険」のいわゆる3Kが未だ実態として残る、過酷な現場事情が改善されない点を鑑みれば、そこを忌避する就活生の心理が透けて見えてきます。特に、「ブラック企業」という言葉に象徴される労務問題が取り沙汰され、働き方改革が多くの業界で進んでいる昨今、3Kの中でも「キツイ」という点には就活生も敏感になっています。
国土交通省による建設業における休日数と厚生労働省による賃金状況(正社員)をまとめると以下のようになります。
建設業 | 休日数 | 収入 |
月(4週・28日) | 4.60日 | 34.14万円 |
年(月×12) | 55.2日 | 409.44万円 |
産業全体 | 休日数 | 収入 |
月(4週・28日) | 8日 | 32.17万円 |
年(月×12) | 112(国民の祝日含む) | 386.04万円 |
業界・男女を問わない産業全体での平均月収は32.17万円で、単純に12倍すると386.04万円となり建設業界の平均は全体平均を上回っているように思われます。しかし他業界では週休2日が一般的であり、そこを勘案して時給換算すると、建設業界の待遇の実態が見えてきます。
3.工期に見る労務問題の原因
働き方改革が声高に叫ばれる現在でも尚、旧態依然の労務環境である原因の一つとして工期が挙げられます。そして工期ありきと考えるのであれば、それは現場や下請け業者のみの問題ではなく、発注者側や元請け側の要求が、そもそも旧態依然であるということができます。
一般社団法人建築コスト管理システム研究所が、日本建設業連合会参加企業の1985年以降に着工した高層オフィスビルの施工実績から「1階を作るために何か月かかるのか」を算出したところ、以下のようになりました。
着工時期 | 工期 | 高層ビル完成工期 |
1999年まで | 1.22か月 | 36か月 |
2000年以降 | 1.02か月 | 30か月 |
上記の通り0.2か月、約16%短縮されており、そこには最新技術の実用化等、技術的な面も関係しています。しかし最新技術投入の影には、投入した次回には短期化された工期が前提となり、更なる工期短縮の要求へ繋がるという循環が存在しています。その結果、最新技術の導入により工期は短くなるものの、労働環境の改善には直接的に結び付きにくい状況が続いています。
建設業界が抱える労務問題は、建築業界や関係業界のみならず、日本社会全体として工期の再設定に取り組まなければならない時期に来ているように思います。人不足の問題解決に本来的に必要なのは、発注者側、元請け側の要求を絶対とする根本的な認識からの脱却ではないでしょうか。
4.おわりに
大きなネームバリューがある企業を除いた日本のほとんどの中小企業にとって、人材確保のチャンスは新卒採用しかないという状況が続いています。建設業界では更に業界の不人気という要因が重なり切迫している状況だと言えます。特に昨今の就職活動では、社会全体の人手不足によって売り手市場となったこともあり、就活生の志向は、大手や高待遇に大きく傾いています。大手ゼネコンはまだしも中堅以下中小企業は就活生の目に止まるような魅力の創出が急務と言えます。
2020年の五輪特需が収まれば需要は一定の落ち着きを取り戻します。予め分かっている需要の落ち着きは、業界を挙げての一大改革のチャンスになり得るでしょう。
ポーランドでは、仕事の終了から11時間が経過しない限り、仕事の再開を指示できないと法律で定められていて、例えば前日に23時まで仕事をした場合、会社の始業時刻を過ぎたとしても翌日の10時以前の出社命令は法令違反となります。
そもそもの文化や慣習が異なる国の制度をそのまま流用することは得策ではありませんが、業界任せ、現場任せとならない、国による法整備も含んで労務問題に取り組むことで、就活生をはじめとする若手にとって魅力のある業界にしていくことが求められます。
北海道大学経済学部卒業。公認会計士(日米)・税理士。公認会計士試験合格後、新日本有限責任監査法人監査部門にて、建設業、製造業、小売業、金融業、情報サービス産業等の上場会社を中心とした法定監査に従事。また、同法人公開業務部門にて株式公開準備会社を中心としたクライアントに対する、IPO支援、内部統制支援(J-SOX)、M&A関連支援、デューデリジェンスや短期調査等のFAS業務等の案件に数多く従事。2008年4月、27歳の時に汐留パートナーズグループを設立。税理士としてグループの税務業務を統括する。
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