1.はじめに
昨今、人材育成に関して、注目を集めているワードに「多能工(マルチスキル人材)」があります。主にバックオフィスなどで注目され、例えば一人の総務人材が総務業務に加えて人事や経理のスキルも備えている、など複数の職種に対応できるスキルを備えた人材やそういった人材を育成しようとする動きを指します。
建設業界にも広がりを見せており、国土交通省ではマルチクラフターと呼んで推進し、ホームページでマルチクラフターの活用事例などを掲載しています。今回はマルチクラフターの特徴を見ていくと共に、建設業界にどのような作用をもたらすかを探っていきたいと思います。
2.マルチクラフターの特徴
国土交通省が発行しているリーフレットではマルチクラフターを次のように定義しています。
従来はそれぞれの工程でそれぞれ異なる専門工や専門業者が分担して行っていたものを、自社の一人又はごく少数の人材が複数の工程を担当して行う、というものです。バックオフィスと違い、工程毎に外注や下請けという形を取る建設業においては、複数工程或いは工事全体を内製化したときの恩恵がより大きくなりやすく、特にリフォームなど一社で完結しやすい小規模工事では特に強みを発揮する、といった特徴があります。
3.メリットと留意点
マルチクラフターの育成・活用によるメリットについて、経営者・従業員の双方から見ていきたいと思います。
【経営者側のメリット】
工期の短縮 | 全工程、又は決められた工程について、他業者との連絡や調整が減る為、工期の短縮が見込めます。 |
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手戻りの縮小 | 内製化した工程について、施工クオリティの管理が容易になり、手戻りの発生率低下や発生時のスムーズな対応が可能です。 |
コスト削減 | 自社完結する為、外注等に係る費用を軽減することが可能になります。 |
人材の有効活用 | 人材の活用の幅が広がる為、繁忙期・閑散期といった市場ニーズによる影響を抑えた安定的な人材活用が可能になります。 |
受注幅の拡大 | 専門工の増加により、受注できる工事の幅・量の増加が見込めます。 |
工程の属人性低減 | 一つの工程が一人の技術者に依存するという状況を打開できるため、人がいないから受注できないという問題を回避しやすくなります。 |
【従業員側のメリット】
キャリアアップ | 対応可能な専門領域の拡大によって、雇用の安定化やキャリアアップが望めます。 |
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給与・職位の向上 | 適切な評価システムの下で、自身の取得資格に応じた給与・職位の向上が望めます。 |
続いてマルチクラフターの育成に係る留意点を見ていきましょう。
【経営者側の留意点】
コストが必要 | マルチクラフターの育成に際して時間的・資金的コストがやむを得ず必要になります。 |
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社内制度整備が必要 | マルチクラフターとなった従業員を適正に評価し、待遇面に反映するなど、マルチクラフターを正しく評価する制度が必要になります。 待遇面で折り合わないなどの事態が起こると、育成後に離職されるリスクがあります。 |
建設業許可の取得が必要 | マルチクラフターを活用するにあたり、会社として複数職種の建設業許可を取得することが必要になります。 |
主に初期費用や社内制度面で留意点が見られる他、従業員側も一つのスキルを熟練するということが従来より難しくなるという点も留意点として挙げられます。
しかしながら、マルチクラフターの育成を目指して複数の業者と協業関係を結んだり、マルチクラフターの育成によってそれまで外注や下請けに出していた工程を内製化して社内収益率を向上させたりするなど、事業者ごとのニーズによった方針転換の糸口になる可能性を秘めていると言えるでしょう。
4.おわりに
現在の建設業界は明確な人手不足に陥っています。しかし、採用への動きは必ずしも前向きということはありません。昨今日本経済に活況をもたらした五輪特需ですが、同時に指摘され続けているのが特需終了後の景気の落ち込みです。その落ち込みによって人員が浮いてしまうことへの警戒感から、自社採用ではなく下請けに出すという状況に変化が見られず、重層下請けの様相を転換する機を逃してしまったと言えるでしょう。
大きな契機に必ずしも頼らないであろうマルチクラフターという人材活用の形は、現在の建設業界に根深く残る数々の問題に動きをもたらし得る、一つの手立てとなるのではないでしょうか。
北海道大学経済学部卒業。公認会計士(日米)・税理士。公認会計士試験合格後、新日本有限責任監査法人監査部門にて、建設業、製造業、小売業、金融業、情報サービス産業等の上場会社を中心とした法定監査に従事。また、同法人公開業務部門にて株式公開準備会社を中心としたクライアントに対する、IPO支援、内部統制支援(J-SOX)、M&A関連支援、デューデリジェンスや短期調査等のFAS業務等の案件に数多く従事。2008年4月、27歳の時に汐留パートナーズグループを設立。税理士としてグループの税務業務を統括する。