1.はじめに
建設業界は人手不足と言われて久しく、その状況はいまだ改善できていません。日本の産業界全体として人手は足りていませんが、中でも建設業では喫緊の課題となっています。2020年初頭来のコロナショックからの需要回復で人手不足にあえぐ業界も出てきている中、建設業では既にコロナ前と同水準の人手不足に直面しています。
そこで今回は人手不足の現状と解消に向けた国の施策等をご紹介したいと思います。
2.人手不足の状況
2022年7月の帝国データバンクの調査によると、人手不足だとしている企業の割合は全業種で47.7%と半数に迫っています。この数値はコロナ前の2019年7月の48.5%と同水準であり、同調査で30.4%となった新型コロナ感染症流行初期の2年前から大きく上昇しています。コロナ禍による消費活動の硬直が緩みつつあり、旅館・ホテル、飲食業等、緊急事態宣言で人手が過剰となった業界で再び人手が不足しているものと見られます。
このように、コロナは様々な業種で人材市場に大きな影響をもたらしました。一方で建設業界だけをみてみると動向が異なります。建設業で人手不足と答えた企業の割合は、コロナ禍以前の2019年7月の調査では67.5%、コロナ禍真っ只中の2020年7月は51.9%、今回2022年の調査では62.7%となっています。有効求人倍率についても、建設業平均で6倍近い値となっています。コロナ禍で一定の影響はみられましたが、長きにわたって全業種平均を大きく超える深刻な人材不足が生じている状況です。
社会全体として人手不足であるのに加え、若者の根強い大企業志向、大企業との賃金格差などの背景から、特に中小企業が厳しい状況です。
3.人手不足対応ガイドラインの活用
中小企業庁は中小企業の人材獲得を支援するべく、「中小企業・小規模事業者 人手不足対応ガイドライン(以下、ガイドライン)」を公表しています。この中では人手不足に対する対応として、以下5つのステップを踏むことを推奨しており、ここからはそのステップをご紹介したいと思います。
ステップ1.経営課題を見つめ直す
ステップ2.経営課題を解決するための方策を検討する
ステップ3.求人像や人材の調達方法を明確化する
ステップ4.求人・採用/登用・育成(人材に関する取組の実施)
ステップ5.人材の活躍や定着に向けたフォローアップ
まずステップ1の経営課題の見直しです。なぜ人材確保のために経営課題を見直す必要があるのかというと、経営課題が何であるかによって必要な人材や人員数が変わってくるからです。
ガイドラインでは人手不足を感じる理由は2つあるとしています。一つは退職や離職による欠員といった純粋な従業員の減少です。従業員の減少と言っても、その後の会社の方針や考え方によって補充すべき人材は異なります。
例えば、当該離職者の関与していた事業について検討すると、大きく現状の業務を継続する場合と業務フロー等を見直す場合とで、採用する人材は勿論、人材を補充すべきかどうかも変わります。
人員を補充する必要がある場合も、離職者と同様の職能の人材を募集するのか、更なる離職を防ぐ為に人材マネジメントに長けた人材を募集しつつ業務フローを見直すのか、といった選択が考えられます。このように細かく分析・検討することで、今までと異なる人材の採用が有効であるとわかる場合もあります。
また、離職者の関与していた事業の規模を、イノベーションを伴いながら大きく拡大することを目指す場合なども、当該イノベーションを生み出すような人材はどのような人材であるのかを検討しなおすといったことが必要となるでしょう。
ステップ2の方策を検討する際は、どの業務で人手が不足しているのか検討し、業務の細分化・切り出しを行っていきます。この検討においては、人員の補充以外に、外部化や機械化等を考慮する必要があります。
ステップ3では、ステップ2で人員補充が必要と判断した際、人材調達方法の検討で固定観念を払拭することが重要です。今までは「フルタイム・正社員・若年層の社員」が行っていた業務も、細分化することで、「時短勤務者・非正規社員」でも可能となることもあります。このように採用対象を広げられないか検討することは極めて有益です。また、場合によっては外部調達だけでなく、研修制度等を設けて内部調達(育成)することも手法の一つとして考えておくことが重要でしょう。
ステップ4の人材に関する取組みとしては、“働き手の目線に立った魅力発信”や“人事評価を通じた人材育成”が推奨されています。特に若手人材の採用を考えている場合、SNSでの発信は大きな効果を発揮するケースがあります。社内の様子等を発信したり、経営層が考えている将来像等を発信したりすることで自社の実像や魅力に気づいてもらうのは昨今、有効な手段として認知されてきています。こうした発信の他にも、人事評価制度を通じて社員のやる気を向上させる、といった取り組みは広く行われています。
ステップ5の人材の活躍や定着に向けたフォローアップは建設業界において特に重要です。建設業の労働環境は、「きつい・汚い・危険」が3Kと総称されるなど、過酷であるというイメージが定着しています。社会全体として人手不足で、労働市場が売手優位である昨今の状況下では、残業の有無や休暇の取得のしやすさ等の待遇を改善しないことには人材の獲得・定着は難しいといえます。また、働き手のスキルアップを助ける、働き手同士のコミュニケーションの場を提供するといったことも人材の定着を図るために有効な手段です。
4.建設業での成功事例
ここまでガイドラインの内容を確認しましたが、実際にはガイドラインのみで自社の課題に対応するのは難しいかと思います。そこでガイドラインと共に活用できるのが中小企業庁の「ミラサポplus」です。このサイトでは様々な業界の人手不足対応事例が公表されています。各事例においては取組前の状態と取組内容、取組の効果が記載されているため、自社に近しい課題を解決した企業の事例を探すことができます。
建設業の事例をピックアップすると、長時間労働による離職に悩んでいた事業者で社内の受注基準を見直したものなどが紹介されています。高効率・高利益な案件を選別して受注することで、現在は少ない人員・時間で取組前と同水準の利益を確保しているとのことです。また、若年層にはweb・SNS、高齢者層には紙媒体といったように採用する業種のターゲットに合わせて人材の調達方法を変えることで応募者が増加したといった事例もあります。
このサイトでは業種や人員数、資本金などでソートして検索をすることもできますので、参考になるのではないでしょうか。
5.人手不足対応の助成金
人手不足への対応に際しては、助成金を活用することもできます。管轄や目的によって条件等が異なります。管轄による違いについては、人材領域なので厚生労働省の管轄の助成金が多いものの、自治体が独自で行っている助成金制度もあります。
目的による違いという視点から大きく見ると、
1.人材を採用したらもらえる助成金
2.職場環境を整えるための助成金
3.雇用調整のための助成金
の3つに大別できます。本稿では3つの目的別に代表的な助成金をご紹介します。
1.人材を採用したらもらえる助成金
•中途採用等支援助成金
•特定求職者雇用開発助成金
•トライアル雇用助成金
2.職場環境を整えるための助成金
•人材確保等支援助成金
•両立支援等助成金
3.雇用調整のための助成金
•雇用調整助成金
•労働移動支援助成金
ここに示したのは一部であり、この他に自治体独自でIUJターン採用に関する補助金等もあります。まずは用途を決めた上で、一度調べてみることをおすすめします。
6.おわりに
今回は建設業界の人材不足の現状と、その解決策についてご紹介しました。建設業界は他の業界に比しても慢性的な人手不足が続いています。5~10年以内に60歳以上の職人が一気に離職することもあって、今後ますます人材不足が深刻化することは間違いありません。
ガイドラインで触れられている現状整理や要件の再定義などは、現業である建設業にどこまで適用できるかは各社異なります。まずはミラサポPlusで自社の課題に近い事例を探すことが一つの手でしょう。それによって自社の進むべき方向性を固めた上で、取り組みの実施検討に当たってガイドラインを参照する、といった方法が有効となるかもしれません。
北海道大学経済学部卒業。公認会計士(日米)・税理士。公認会計士試験合格後、新日本有限責任監査法人監査部門にて、建設業、製造業、小売業、金融業、情報サービス産業等の上場会社を中心とした法定監査に従事。また、同法人公開業務部門にて株式公開準備会社を中心としたクライアントに対する、IPO支援、内部統制支援(J-SOX)、M&A関連支援、デューデリジェンスや短期調査等のFAS業務等の案件に数多く従事。2008年4月、27歳の時に汐留パートナーズグループを設立。税理士としてグループの税務業務を統括する。
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建設業の人手不足対策