1.はじめに
例年、12月に税制改正大綱が発表されますが、それに向けて各省庁は税制改正要望を提出します。さらに各省庁のもとへは各業界団体等から税制改正要望が提出されます。建設業界でいえば、国土交通省が国へ税制改正要望を提出しますが、日本建設業連合会等の建設業界団体が国土交通大臣に向けて要望を提出しています。あくまで要望であるため税制改正に織り込まれない事項も多いですが、読んでみると業界が抱える問題点等が浮かび上がってきたり、各団体が問題点をどのように考えて優先順位をつけているのかが見えてきたりします。今回は建設業界全体に与える影響も大きい一般社団法人 日本建設業連合会が公表している「令和6年度税制改正要望」の中から多くの建設事業者に身近なトピックをみてみたいと思います。
2.賃上げ税制の要件緩和
賃上げ促進税制については適用を受けた、もしくはこれから適用を受けようとしている事業者も多いかと思います。この適用を受けるためには、「継続雇用者給与等支給額」が「継続雇用者比較給与等支給額」から3%(中小企業は1.5%)以上増加していることが要件となります。この給与等支給額には時間外労働や休日出勤による割増賃金も含まれています。しかし、2024年4月から建設業でも時間外労働の上限規制を適用することが決定しているため、この“働き方改革”により時間外労働が減少すれば給与支給額が減少する可能性が高くなります。基本給を賃上げしたとしても、時間外労働による割増賃金が減少することで、賃上げ税制の要件を満たすことが厳しくなると予想されるため、一律に3%以上といったハードルを設けるのではなく段階的に税額控除を受けられる等、より広い事業者が優遇措置を受けられるように要望しています。
3.印紙税の優遇措置について
続いて、多くの建設事業者が税制優遇を受けている印紙税についてです。現在も建設工事請負契約書については租税特別措置法により軽減税率が用いられています。しかし、デジタル化の妨げになることを理由に印紙税そのものの廃止を求めています。つまり、電子契約に移行する企業が増加する中、印紙を貼付・押印するためだけに出社するというようなことが起きているからです。また、印紙税は紙媒体のみを対象とした課税であるため、電子契約を選択した場合と課税の不公平が生じるという点も、従来問題視されてきた点です。今回の要望においては、印紙税の廃止、それが不可能な場合は軽減措置の拡充、又は延長を求めています。
4.設備投資等の税制優遇
建設業における人手不足を解消するためにもDXの推進は避けて通れません。その中でも国土交通省が進める「i-Construction」は、ICTの活用により、生産性の向上・省人化に有効な手段として積極的な取り組みが進んでいます。それに関連して、以下の要望がなされています。
② 一定の要件を満たすソフトウェア等の特別償却又は税額控除
③「5G投資促進税制」の適用要件に、「特定高度情報通信用認定等設備の取得等をして、国内にある事業の用に供した場合」とあるところを、「事業年度に支出した場合」に変更
上記の①に関して補足すると、企業会計上と税務会計上では自社利用ソフトウェアの取扱いが下表のように異なります。実務上では、ソフトウェアの効果を確実に判断するのは難しいため、判断がつかない場合に会計上だけでなく税務上でも費用処理を認めて欲しいという要望です。
将来の収益獲得や費用削減の確実性による処理の違い
企業会計上の処理 | 税務上の処理 | |
---|---|---|
確実であると認められる場合 | 資産計上 | 資産計上 |
不明 | 一括費用処理 | 資産計上 |
明らかに確実であると認められない場合 | 一括費用処理 | 一括費用処理 |
5.国土交通省の税制改正要望
こういった要望が出されてはいるものの、国土交通省から実際にはどのような税制改正要望が提出されたのでしょうか。ここでは詳細は割愛し、要望の大きな方針を確認してみたいと思います。
大きな方針としては3つで、「Ⅰ.持続的な経済成長の実現」、「Ⅱ. 豊かな暮らしの実現と個性をいかした地域づくり」、「Ⅲ. 災害に強く安全で安心な社会の実現」となっています。
「Ⅱ. 豊かな暮らしの実現と個性をいかした地域づくり」の項目としては、住宅取得やリフォーム関連の特例措置の延長や、まちづくり推進や地域交通網の構築を目的とした特例措置の延長等が主な要望となっています。
「Ⅲ. 災害に強く安全で安心な社会の実現」では浸水被害や津波対策に対する特例措置の延長を求めています。
国土交通省の管轄は国土の保全や鉄道、航空等の多岐にわたるため、日本建設業連合会の要望とは異なりますが、行政として優先課題を何と考えているのかがみえてくるので比べてみると良いかもしれません。
6.おわりに
日本建設業連合会の要望としては、この他にもカーボンニュートラル促進税制の拡充や研究開発税制の拡充・要件緩和等が要望として挙げられています。同じ建設業界でも、団体ごとに要望は異なりますが、賃上げやデジタル化による労働環境の改善による人手不足の解消が喫緊の課題であり、それらに対する税制上の優遇措置を求めていることは同様です。
国土交通省がまとめた税制改正要望と、各業界団体が公表している税制改正要望では差異があり、実際の税制改正には反映されない事項も多いですが、業界としてどんな問題意識を持っているのかというのは各業界団体の税制改正要望をみるとわかりやすいかもしれません。これをきっかけにぜひ一読してみると興味深いと思います。
執筆者
北海道大学経済学部卒業。公認会計士(日米)・税理士。公認会計士試験合格後、新日本有限責任監査法人監査部門にて、建設業、製造業、小売業、金融業、情報サービス産業等の上場会社を中心とした法定監査に従事。また、同法人公開業務部門にて株式公開準備会社を中心としたクライアントに対する、IPO支援、内部統制支援(J-SOX)、M&A関連支援、デューデリジェンスや短期調査等のFAS業務等の案件に数多く従事。2008年4月、27歳の時に汐留パートナーズグループを設立。税理士としてグループの税務業務を統括する。
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