公共工事の価格決定構造の転換を/下流から上流へ価格が決まる方法へ

公共工事の価格決定構造の転換を/下流から上流へ価格が決まる方法へ

 6月末に興味深い報告書が発表された。土木学会建設マネジメント委員会の「公共工事の価格決定構造の転換に関する研究小委員会」がまとめた、公共調達の在り方に関する報告書だ。公共工事の契約額は予定価格で上限額(上限拘束性)が制限され、最低制限価格あるいは調査基準価格で下限額が決まる。この限られた範囲内での契約額の決定が、これまで各種の問題を引き起こしてきたことを踏まえ、実際の下請価格や労務費などの積み上げによって公共工事の価格を決める構造に転換するよう求めている。6月に成立した第3次担い手3法では、建設技能者に対する労務費の行き渡りが一つのテーマになっている。報告書はこの施策の展開を考える上で、大いに参考になりそうなので、内容の一部を紹介したい。

需要拡大時は不調・不落で社会的損失発生

 報告書は、同小委が2020年3月から行った予定価格と価格構造について、25回の討議の成果をまとめたものだ。委員長は木下誠也社会基盤マネジメント研究所代表理事。委員は産官学の研究者、実務者などが参加している。5章で構成され、1章では公共工事の価格決定構造の問題点、2章では現行の入札契約制度、3章では受注者側の入札価格の決定方法、4章では公共工事の価格決定構造の転換に向けた提案、5章では今後の課題などが述べられている。

 第1章の公共工事の価格決定構造の問題点では、公共工事の契約額が予定価格(上限額)と最低制限価格あるいは調査基準価格(事実上の下限額)の範囲内で決まることに対し、「市場原理に基づく健全な競争環境が醸成されにくく、受注者の技術開発意欲が起きにくい」と指摘。さらに需要拡大時や需要縮小時に様々な問題を引き起こしているという。

 需要拡大時には、受注者側の入札対象工事が増え、利益が出にくい工事の入札を回避する傾向が生じ、不調の原因となる。仮に応札者がいても、全ての応札者が予定価格を上回り、落札に至らないケースも増える。不調・不落はインフラ整備の遅れという社会的損失と、再公告など行政コストの増大につながる。

需要減少時はデフレスパイラルが発生

 一方、需要減少時も大きな問題がある。契約額の上限を拘束する予定価格は、発注者側の積算によって算出される。積算に使われる資機材はこれまでに行われた実取引の価格を調べ、同じくサンプル調査した標準歩掛かりと設計労務単価を用いて標準的な施工法を想定して工事費を算出し、それに経費などを足して決定される。

 需要減少時は受注者側の競争が激化し、最低制限価格あるいは調査基準価格(事実上の下限値)すれすれの入札額で受注する企業が増える。このため、元請企業が落札額をもとに下請価格を決めざるを得ない状況が生まれ易い。下請企業も技能者を遊ばせておくぐらいであれば安価な下請価格でも受注しようという判断となり、結果的に利益も労務費も確保できないという状況に陥ってしまう。いわば「上流から下流へ価格が決まる」構造となる。

 公共工事の設計労務単価は現在、12年連続して上昇しているが、その前は10年以上も下がり続けていた。上流から下流へ価格が決まる構造では、実取引額の調査をもとに設計労務単価などが決まるため、デフレスパイラルを発生させ「労働者の賃金を含む労働条件の悪化を招き適切な賃金の支払い、また労働条件を阻害する問題が生じる」と指摘している。

 さらに日本のダンピング対策は、落札が可能となる価格への制限といえる最低制限価格または調査基準価格の設定という間接的な入札時の対策に止まり、雇用の安定や下請へのしわ寄せ防止、労働者が受け取れる賃金支払いなどの直接的な対策が行われていない。米国やスイスでは過去の経験から労働条件の遵守を注視し、労働者に支払われる賃金など直接的な対策でダンピングを防止している。

 報告書は、こうした「上流から下流へ価格が決まる」構造から、実際の下請価格・労務費などを積み上げて入札金額となる「下流から上流へ価格が決まる」構造に転換し、市場原理に基づく健全な競争環境の構築が必要だとしている。

入札可能な上限と下限を7~10%引き上げ

 では「下流から上流へ価格が決まる」構造にどう転換すれば良いのか。第4章では、予定価格制度など現行法制度を変えずに、受発注者双方に見直しの考え方を投げかけるとともに、今後の進め方も明記している。発注者に対してはまず予定価格を「より精緻でより基準書に忠実な積算を目指すのではなく、予算の範囲内での価格の妥当性が説明でき、取り引き可能な価格」にすべきと提案している。

 受注が可能な上限価格(予定価格)と、下限価格(最低制限価格または調査基準価格)についてはそれぞれを引き上げ、平行移動させることで、市場競争の範囲が広がり、入札者が自らの施工能力を踏まえ、適切な賃金支払いや利益計上ができる価格で入札ができるようになると強調。参考見積もりの最高額を予定価格に設定することや、適切な賃金支払いを証明書で確認したりする方法なども提案している。現行では予定価格を7~8%下げないと落札できない競争環境にあることを踏まえ、平行移動させる幅を『(予定価格の)上乗せ分は7~10%が妥当』という意見も明記している。

労務費見積り尊重宣言促進モデル工事の活用を

 一方、受注者は発注者の積算基準を主な拠とするのではなく、自らの施工能力(下請会社も含む)を考慮し、労使間で合意した賃金を確実に支払うことを前提に入札額を算出するよう求めている。そのためには自らの施工歩掛かりを把握しておく必要がある。

 施工歩掛かりを把握するには、日本建設業連合会が進めている、適切な労務費などを内訳明示した見積書を下請企業に提出要請している「労務費見積り尊重宣言」の取り組みが一助になると指摘。その促進モデル工事を進めることで、入札価格算出時の積算基準類に依存する度合いを下げることにつながるとしている。

 さらに、公共工事の価格決定構造を転換するには①労働時間に応じた適正な賃金を確実に支払うことを競争入札に参加する建設会社の競争条件とする②この競争ルールができれば、入札前に建設会社は最も有利な施工体制・施工計画を立案し、下請会社等から見積をとり下請価格を決定する③同時に必要な賃金・材料費を積上げ、更に入札する建設会社の利益も考慮した入札価格の策定を促すことになり、「建設会社のマネジメント力と物的・付加価値労働生産性を競う健全な競争環境が醸成される」としている。

 現場業務の負担軽減が求められている中で、新たな負担につながる賃金や労働時間の把握に対する抵抗感が受発注者双方にあると分析。見積や工事日報、賃金確認の活用の普及・拡大などの取り組みについては、時間をかけて少しずつ実施するのが現実的とし、3段階のステップに分けた進め方を提案している(表1)。

表1 見積、工事日報、賃金確認の活用の普及・拡大の取組の進め方(案)
入契制度 見積(工事価格・下請価格の適正化) 工事日報(週休 2 日/作業時間) 賃金台帳(賃金)
第 1 ステップ ○総合評価(入札時)、工事成績(検査時)における評価の試行 ○ 材工分離した見積を取る※ ○ 1 工種・1週間※ ○ 賃金台帳の開示(部分的)
○ 1 工種・全期間※
○ 複数工種・1週間※
○ 賃金台帳の開示(概ね全工種)
○ 全工種・全期間※
第2ステップ 評価の規定 ○ 発注者以外の者(第三者)による確認の試行 ○ 第三者による確認の試行 ○ 第三者による確認の試行
○ 第三者による見積、工事日報、賃金台帳の確認を試行
第 3 ステップ ○ 評価方法の拡充(実質、上限下限がほとんど必要なくなる) ※ 材工分離した見積を取ることを特記等で規定 ※ 工事日報の記録を特記等で規定 ※ 賃金台帳の開示を特記等で規定
※:実施宣言を入札時に評価/実施状況を検査時に評価

担い手確保には賃金の行き渡りの確認が必要

 報告書ではこのほか、▽施工方法などの事前意見聴取▽工事終了時の適切な賃金支払いの確認と証明▽作業時間・賃金支払いの確認に対する総合評価での加点評価▽「真に競争力が高い会社」が調査基準価格の制限を受けることなく入札できる仕組み▽価格の妥当性の説明を求める工事の試行▽上限・下限の適切な運用と、申し込みたい価格での入札-なども提案している。

 建設産業では担い手の確保が喫緊の課題となっている。特に現場の第一線で働く建設技能者の人手不足は深刻で、今後入職者が増えなければ産業基盤を揺るがしかねない状況にある。ただ、担い手の確保には安定した工事量と、適正な受注価格が確保できるかが重要になる。工事量が減少すると、すぐに労務費を犠牲にした価格競争を繰り返しているようでは、持続可能な産業にはなれない。

 報告書は公共工事を対象に「下流から上流へ価格が決まる」構造転換に向けた各種施策を述べているが、建設技能者への賃金の行き渡り施策は民間工事でも重要になる。この報告書はその際に大いに参考になるだろう。是非多くの方に一読されることをお勧めしたい。

坂川 博志 氏
 執筆者 
日刊建設工業新聞社 常務取締役事業本部長
坂川 博志 氏

1963年生まれ。法政大社会学部卒。日刊建設工業新聞社入社。記者としてゼネコンや業界団体、国土交通省などを担当し、2009年に編集局長、2011年取締役編集兼メディア出版担当、2016年取締役名古屋支社長、2020年5月から現職。著書に「建設業はなぜISOが必要なのか」(共著)、「公共工事品確法と総合評価方式」(同)などがある。山口県出身。

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