はじめに
企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」(以下、収益認識基準)及び企業会計基準適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」(以下、収益認識適用指針)が原則適用となる2021年4月まで半年を切りました。また、現行の企業会計基準第15号「工事契約に関する会計基準」(以下、工事契約基準)及び企業会計基準適用指針第18号「工事契約に関する会計基準の適用指針」は、2021年4月に廃止されます。
今回から3回に分けて、建設業において収益認識基準が適用された際に、変更になるであろう会計処理を中心に重要論点を見ていきたいと思います。
また、税務の観点からは、収益認識基準の公表を受けて、平成30年度税制改正において法人税法の一部改正、及び2018年5月30日に法人税基本通達の一部改正がなされています。重要論点を考察する上で、必要に応じて税務上の留意点についても触れていきたいと思います。
収益認識基準の概要及び建設業における重要論点
収益認識基準の基本となる原則は、「約束した財又はサービスの顧客への移転を当該財又はサービスと交換に企業が権利を得ると見込む対価の額で描写するように、収益を認識すること」です。これを簡易な表現にすると、「顧客との約束を果たした時点で、企業が得られるであろう対価額にて収益を計上する」となります。
収益認識基準の概要については「収益認識基準の会計・税務上の取扱い①」をご参照下さい。
これを踏まえて、基準適用にあたって建設業における会計処理に重要な影響を与える可能性が高い論点を以下の通り、ピックアップしてみました。
表1 建設業における収益認識の重要論点
1 | 収益計上の方法及び時期 |
---|---|
2 | 保証サービスへの収益認識 |
3 | 代理人取引に係る収益認識 |
4 | 変動対価 |
5 | 重要な金融要素 |
また、この他にも、工事契約に含まれる複数の履行義務(*1)、工事契約の変更や追加工事がなされた場合などの論点、新たな概念として登場した契約資産・契約負債、顧客との契約から生じた債権の区分など、会社によっては様々な論点が生じ得ますが、当コラムでは重要論点として上記5項目を取り上げ、順に見ていきたいと思います。
(*1)「履行義務」とは、収益認識基準における重要な用語の一つであり、「顧客との契約において、別個の財又はサービスを顧客に移転する約束」を意味します。
収益計上の方法及び時期
それでは、ここからは具体的な論点を見ていきたいと思います。今回は前項で挙げた個別論点の内、「1 収益計上の方法及び時期」についてみていきます。
建設業における収益認識基準適用にあたり、最も注目度が高い論点である「収益の計上方法、計上時期」を、(1)工事進行基準の適用、(2)原価回収基準の容認、(3)代替的な取扱い、というポイントのそれぞれについて具体的に確認していきます。最後に建設業界における収益認識基準早期適用会社の開示例を確認し、イメージを具体化していきたいと思います。
(1)工事進行基準の適用
【関係する会計基準】
まず、現行の工事契約基準と収益認識基準を比較したいと思います。
現行の工事契約基準では、工事契約について、①工事収益総額、②工事原価総額、③決算日における工事進捗度、について信頼性をもって見積もることができるかどうかを判定します。①~③のいずれも合理的に見積もることが出来る場合には、工事進行基準を適用し工事進捗度に従って一定期間にわたって収益を認識します。それ以外の場合には工事完成基準を適用し、完成・引渡し時の一時点で全ての収益を認識します。
一方、収益認識基準では、履行義務について、Ⅰ.一定の期間にわたり充足される履行義務、Ⅱ.一時点で充足される履行義務、のいずれに該当するかを判定します。
Ⅰ.に該当する場合は、履行義務の充足度合いに従って一定期間にわたって収益を認識し、Ⅱ.に該当する場合には履行義務が充足される一時点で収益を認識します。
Ⅰ.に該当した場合の会計処理は、現行の工事進行基準と類似しており、既に原則として工事進行基準を採用している会社では、Ⅰ.を適用したい企業が多いものと思われます。収益認識基準の適用後、Ⅰ.として判定されるためには、関係する履行義務が、下記表2の条件のいずれかを満たす必要があります。
表2 一定の期間にわたり充足される履行業務(収益認識会計基準 第38項)
(1) | 企業が顧客との契約における義務を履行するにつれて、顧客が便益を享受すること |
---|---|
(2) | 企業が顧客との契約における義務を履行することにより、資産が生じる又は資産の価値が増加し、当該資産が生じる又は当該資産の価値が増加するにつれて、顧客が当該資産を支配すること |
(3) | 次の要件のいずれも満たすこと
|
検討対象となる履行義務が上記表2のいずれかに該当すれば、現行の工事進行基準とほぼ同様の会計処理を実施することができます。
まとめとして、現行の工事契約基準と収益認識基準の対比を表にすると、下記の通りになります。
表3 工事契約基準と収益認識基準の比較
工事契約基準 | 収益認識基準 | |
---|---|---|
判定対象 | 下記3要素を合理的に見積もることが出来るか否かによって、「工事進行基準」or「工事完成基準」を判定
|
履行義務が表2に該当するかによって、 「履行義務の種類」を判定 |
判定 | ①②③のいずれも信頼性をもって見積もることが出来る場合 ⇒工事進行基準 工事進行基準に該当しない場合 |
表2のいずれかに該当する場合 ⇒一定期間にわたり充足される履行義務 (文中Ⅰ.) 表2のいずれにも該当しない場合 |
収益認識 | 工事進行基準 ⇒工事進捗度に従い、 一定の期間にわたって収益を認識 工事完成基準 |
Ⅰ.の場合 ⇒履行義務の充足度合いによって、 一定の期間にわたって収益を認識 Ⅱ.の場合 |
【建設業への当てはめ】
続いて実際に建設業で考えられる例によって、表2に該当するケースを見ていきます。
例①
ケース | 発注者所有の土地の上に建設が行われる工事契約の場合 |
解釈 | 発注者は工事の進行により生じる建設物を支配できることが多い |
履行義務の判定 | 表2の(2)の条件を満たすため、一定の期間にわたり充足される履行義務として判定される場合が多いといえます。 |
例②
ケース | 建設会社所有の土地の上に建設が行われる工事契約の場合 |
解釈 | ①建設会社が建設した発注者仕様の建設物を他に転用できない場合が多い ②建設会社は履行した部分に対する対価を受け取る権利を有する場合が多い |
履行義務の判定 | 表2の(3)の条件を満たすため、一定の期間にわたり充足される履行義務として判定される場合が多いといえます。 |
このように、工事契約は「一定の期間にわたり充足される履行義務」に該当することが多く、その場合、履行義務が充足される一定の期間にわたって収益計上がなされることになります。
これは、現行の工事進行基準における、「工事進捗度を合理的に見積り、これに応じて工事収益を認識する」という考え方そのものといえ、結果、収益認識基準上の会計処理も、工事契約基準上の工事進行基準とほぼ同様の処理となることが多いといえます。
【税務上の論点】
法人税法においては、工事進行基準に関しての改正はなされておらず、従来通り適用可能とされています。また、法人税基本通達2-1-21の4「履行義務が一定の期間にわたり充足されるもの」において、「一定の期間にわたり充足される履行義務」については、上述の「収益認識基準第38項」の3要件をそのまま引用する形の規定が設けられており、基本的に会計と同様の考え方にあるといえます。
但し、長期大規模工事(工期が1年以上、請負金額が10億円以上)については注意が必要です。
会計上は、長期大規模工事についても、形式的な要件は無く、上述の表2の3要件や進捗度の合理的な見積りの可否によって、会計処理が決定されます。
一方、税務上は、金額等の一定の形式的要件により、長期大規模工事に該当すると判断された場合、工事進行基準が強制適用となります。
会計と税務の処理が相違した場合には、税務調整が必要となりますが、この点で、法人税では実務上の管理の煩雑さに配慮し、一定の特例規定を認めています。但し、会計・税務の判断過程が異なるゆえに、両者の処理に差異が生じる可能性があります。
(2)原価回収基準の容認
【関係する会計基準】
工事契約基準では決算日における工事進捗度が信頼性をもって見積もれない場合には、工事完成基準を適用します。
収益認識基準では、工事進捗度について合理的に見積もることができないとの理由で工事完成基準を適用する定めはありません。
工事進捗度を合理的に見積もることができない場合において、発生費用を回収することが見込まれるに際は、発生原価を期間費用として処理するとともに、当該原価のうち回収可能部分を収益計上することとなります。これは現行認められていない、「原価回収基準」の容認がなされているものです(収益認識基準45項)。
即ち、工事進捗度を合理的に見積もることができない場合には、従来とは異なる会計処理が求められるケースが出てくると思われます。
【建設業への当てはめ】
例③
ケース | 工事中断などにより、工事進捗度を合理的に見積もることができなくなったものの、工事完成に要する費用を回収することは見込まれている場合 |
処理 | 進捗度を合理的に見積もることが出来るようになるまで、原価回収基準を適用 |
(3)代替的な取扱い
収益認識基準では、現状の実務への配慮として、いくつかの「代替的な取扱い」が設けられています。工事契約の収益認識に関しても、以下の代替的な取扱いが認められています。
①初期段階にて進捗度が見積もれない場合
詳細な予算が編成される前等、進捗度を合理的に見積ることができない理由が契約の初期段階であることに起因する場合、当該契約の初期段階に収益を認識せず、進捗度を合理的に見積もることができる時から収益を認識することができる、とされています(収益認識適用指針99項、172項)。
②期間がごく短い工事契約の場合
契約における取引開始日から完全に履行義務を充足すると見込まれる時点までの期間がごく短い場合には、一定の期間にわたり収益を認識せず、完全に履行義務を充足した時点で収益を認識する、即ち工事完成基準を適用することができる、とされています(収益認識適用指針95項)。
(4)開示例
最後に、建設業界における収益認識基準早期適用会社から、有価証券報告書内の収益認識に関する記述を2例紹介します。両社とも、基本的に工事契約については「一定の期間にわたり充足される履行義務」として、従来の工事進行基準と同様の処理を行いつつも、期間が短い工事契約については、上記の代替的な取扱いを採用し、従来の工事完成基準と同様の処理を行っていることがわかります。
住友林業株式会社 有価証券報告書(2020.3)
「第5 経理の状況 1 連結財務諸表等 (1)連結財務諸表 注記事項(会計方針の変更)」
株式会社オープンハウス 有価証券報告書(2019.9)
「第5 経理の状況 1 連結財務諸表等 (1)連結財務諸表 注記事項(収益認識関係)」
おわりに
今回は、建設業での収益認識基準における重要性が高い論点を確認する第1回目として、最も注目度が高い「収益計上の方法及び時期」について見てみました。
現在、工事進行基準をメインに採用して会計処理を行っている会社にとっては、収益認識基準適用後も、収益計上方法については大きな変更なく、会計処理を継続できる可能性が高いといえます。一方、諸々の理由により「一定の期間にわたり収益を認識する方法」が適用できない場合、新たに認められるようになった原価回収基準や、現行の実務への配慮から認められた代替的取扱いについても、適用の可否を確認すべきでしょう。
次回も引き続き、重要論点として挙げた残りの項目について、具体的に掘り下げてみていきたいと思います。
北海道大学経済学部卒業。公認会計士(日米)・税理士。公認会計士試験合格後、新日本有限責任監査法人監査部門にて、建設業、製造業、小売業、金融業、情報サービス産業等の上場会社を中心とした法定監査に従事。また、同法人公開業務部門にて株式公開準備会社を中心としたクライアントに対する、IPO支援、内部統制支援(J-SOX)、M&A関連支援、デューデリジェンスや短期調査等のFAS業務等の案件に数多く従事。2008年4月、27歳の時に汐留パートナーズグループを設立。税理士としてグループの税務業務を統括する。
新たな会計ルール
「新収益認識基準」とは