1.はじめに
2021年からエネルギー価格が高騰し始め、それ以降さまざまな物の価格が上昇し続けています。建築業界においてもその影響は大きく、資材の高騰だけでなく、納期遅れも発生しています。それに加えて物価上昇にも耐えうる賃上げも求められおり、原価の上昇要因が多く存在している状況です。
このような大幅な原価の上昇を全て売主側で負担することは困難であり、迅速に価格転嫁を進めなければなりません。今回は建設業界における資材高騰の状況と価格転嫁の取り組みについてご紹介したいと思います。
2.建築資材の価格が高騰している理由
まず、そもそも建築資材の価格はなぜ高騰しているのかその背景を改めてみていきます。
1つ目は前述の通り、エネルギー価格の上昇です。エネルギー価格の上昇も複合的な要因によるものですが、そのうちの一つは米国や中国を中心として世界的にエネルギー需要が増加傾向にあるためです。そして、需要の増加に対して、原油の生産能力はほとんど変化していません。結果として生産能力から生産量を差し引いた余剰生産能力が急減し、紛争等のニュースに過剰に反応しやすい環境となっています。また一大産油国であるロシアによるウクライナ侵攻、先物取引のAI化が進みより多くの投機マネーが原油先物市場に流入したことも原因の一つとなっているといわれています。そしてエネルギー価格が高騰したことが波及して製材の生産や輸送コストの増加、そして石炭や銅などの主要な原料価格の高騰を招いています。
2つ目はいわゆるウッドショックです。米国ではコロナの流行や低金利政策により住宅着工件数が増加しています。また、中国でも木材需要は増加しており、木材の価格は一時期よりも落ち着きを取り戻しましたが、高い状態が続いています。
3.建築資材の価格高騰状況
建築資材の価格が実際にどれくらい上昇しているかは以下のグラフをご覧いただくと一目瞭然かと思います。以下のグラフは「建設物価 建設資材物価指数」の推移を示したものです。「建設物価 建設資材物価指数」は建設資材の総合的な価格動向を明らかにすることを目的に作成されている物価指数で、建設工事において直接的に使用される建設資材に限定し、サービス(機械賃貸、機械修理、土木建築サービス等)の料金は含んでいません。前項の通り、2021年頃からエネルギー価格の高騰とウッドショックの影響が大きく出ています。
4.価格転嫁の状況
原材料価格が上昇した分を製品やサービスの価格に上乗せして販売して利益を確保することを価格転嫁といいます。私たちの身近な生活においても、外食の際などにいつも通っているお店のメニューの価格が上がったといった経験をしているのではないかと思います。これは食材の価格等の原価上昇を販売価格に転嫁している一例です。
では価格転嫁はどのくらい行われているのでしょうか。建設業界以外の業界と比較しながら帝国データバンクの調査結果をみていきたいと思います。まずは全体の価格転嫁の状況です。多少なりとも価格転嫁できていると回答したのは全体の74.5%でした。転嫁できているとした企業のうち、仕入上昇分のうち、どれくらいを価格に転嫁できているかという問いに対しての回答が右側の棒グラフになります。10割と回答したのは4.5%でした。平均すると43.6%、つまり100円仕入が上昇していても43.6円しか売価を上げられていないという状況で、他のコスト削減を行わない限り大幅に利益が減少するということになります。
業種別にみると価格転嫁の進捗状況は以下のようになっており、どちらかといえば建設業は価格転嫁が進んでいる業種であるといえそうです。しかし、上記のどれくらいの価格を転嫁できているのかというデータを合わせて考えると十分な状況であるとはいえないでしょう。
5.価格転嫁を進めるために
前項の調査によれば価格転嫁をできている事業者もいますが、建設業界のような施主~元請け~下請け~孫請けといった多重構造になっている業界では概して下流の事業者にしわ寄せがいくケースが多くみうけられます。そこで、価格転嫁を進めるために中小企業庁では価格交渉の好事例・ポイントとして以下を紹介しています。
経営トップによる発信
適正な価格転嫁が行われるよう、会社を挙げて対応する方針を経営トップが社内・取引先に発信。
発注者側からの価格交渉の働きかけ
調達本部の社員が取引先を訪問し、能動的な交渉を実施。
「原材料」や「電力」、「労務費」や「運送費」などの費目を明示した価格交渉用のフォーマットを提示し、取引先に呼びかけ。
原材料費のみならず、エネルギーコスト・労務費の価格転嫁
輸送コストの高騰に対応するため、原油価格上昇分を考慮した燃料サーチャージを導入し、契約額に加算して支払い。
労務費の値上げに対応する予算を措置し、適正な転嫁を行う環境を整備。
社内体制の整備
取引先との交渉内容を記録し、上長が必ず確認することをルール化。また、そのデータを社内で一元管理し、交渉の進捗状況や結果を見える化。(引用:中小企業庁HP)
この他にも中小企業庁では価格転嫁に関する相談をできる窓口を設置しています(https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/network/)。この相談窓口では価格交渉に関する基礎的な知識の習得支援を行ってくれます。また、日本建設業連合会でも発注者・施主向けに価格が上がることに対して理解を求めるチラシを作成していますので、こういったツールを価格交渉に活用していただきたいと思います(https://www.nikkenren.com/sougou/notice/pdf/jfcc_pamphlet_2309.pdf)。
6.おわりに
現状、建設業界に限らず、あらゆる業界で価格高騰が続いており、この状況が収束する気配は今のところありません。価格上昇分を全て転嫁するというのは現実的ではないかもしれませんが、自社で吸収するといっても限界がありますので今後、価格転嫁を進めるのは避けられないでしょう。
価格交渉に際して重要なのは理由を明確に説明することです。原価管理を全く行わず仕入単価が上昇したからなんとなく価格に転嫁するのではなく、きちんと内訳を示して説明することが第一歩です。ご紹介した中小企業庁の相談窓口では原価管理の基礎の習得支援も行ってくれるそうです。利用できるツールをフル活用してこの難局を乗り切っていただきたいと思います。
北海道大学経済学部卒業。公認会計士(日米)・税理士。公認会計士試験合格後、新日本有限責任監査法人監査部門にて、建設業、製造業、小売業、金融業、情報サービス産業等の上場会社を中心とした法定監査に従事。また、同法人公開業務部門にて株式公開準備会社を中心としたクライアントに対する、IPO支援、内部統制支援(J-SOX)、M&A関連支援、デューデリジェンスや短期調査等のFAS業務等の案件に数多く従事。2008年4月、27歳の時に汐留パートナーズグループを設立。税理士としてグループの税務業務を統括する。
PickUp!
工事進行基準での収益計算
~資材高騰による見積原価変更の会計処理〜