ジェイアンドエス保険サービス株式会社
リスクエンジニア
加藤 仁 氏
2019年4月、長時間労働を規制する改正労働基準法が施行されることとなり、月100時間以上の残業は違法となります。追って建設業もその規制対象となる予定です。
本セミナーでは、相次ぎ報道される過労死の実態や、働き方改革実現に向けた役割と課題、改正労働基準法施行5年後までに使用者が知っておくべきこと、労働安全対策としてのセーフティコミュニケーション(労務管理としてのコミュニケーションの重要性)などについてジェイアンドエス保険サービス株式会社リスクエンジニア 加藤 仁 氏よりお話をいただきました。
karoushi
相次ぎ報道される過労死の実態
キーワードその1は「KAROUSHI」です。
過労死は日本独特の現象で、欧米には長時間労働して亡くなるという概念がありません。対応する訳語がないので、欧米の辞書には日本語で、そのまま載っています。2013年のNHK 記者過労死、2015年の電通新入社員過労死、2017年、新国立競技場建設現場監督過労死などマスメディアでも次々に過労死が報道されました。電通では過去にも過労死で若い命が失われたことがありましたが、その教訓が生かされることなく、悲惨な事件を繰り返しました。
過労死と認定される要件
労働基準法の施行規則の中に労災として認められる長時間労働の基準が整理されています。ひとつが脳血管疾患や虚血性心疾患など心臓に対する負担、もうひとつは心理的負荷による精神障害です。前者は発症前の1カ月間に100時間超の時間外労働があったり、発症前の2~6カ月間に80時間以上の残業が続いたりしたケースを例示しています。
後者は心理的に過度の負担を与えるような精神・行動の障害や疾病、すなわち直前に上司から激しく怒鳴られたり、人格を否定されるような叱責をされたりといったケースや発症前6カ月間、業務による強い心理的負担を受けた場合が該当します。
働き方改革
建設業における働き方改革
キーワードその2は「働き方改革」です。
その一環として、2019年4月には労働基準法が改正施行されます(予定)。現行の労基法では労働時間は1日8時間、1週で40時間という制限があります。36協定を結んでいる場合、月45時間あるいは年間で360時間に拡大することができます。ただし、建設業の場合、特別条項の36協定を結んでしまえば上限なく残業できます。建設業は労基法の枠外で働くことができた業界でした。
改正労基法では上限規制は変わりませんが、36協定の上限を超える労働時間については罰則規定が定められました。法律は2019年にスタートするのですが、建設業は5年遅れで、この規定が適用されることになります。i-ConstructionやICT技術などを使い、長時間労働を削減する体制を5年+1年で整えなさいということです。
国交省の資料には適正な工期設定や施工時期の平準化、適切な賃金水準の確保、週休2日制の推進、労働法の把握・教育などが書かれていますが、課題は多く、中小零細事業者が目標を実現することは非常に難しいのではないでしょうか。
出典:国土交通省「建設業における働き方改革」より
2024年4月(改正労働基準法施行5年後)
2024年4月:改正労働基準法が建設業にも適用
キーワードその3は「2024年4月」です。
改正労働基準法の施行から5年後、建設業界にも改正労働基準法が適用されます。2024年までに過労死を防止するため長時間労働の低減を実現しなければなりません。
そこで、労働安全の世界で実践されているリスクアセスメント手法を応用して長時間労働対策を考えてみます。特に重要なのは、危険性・有害性に対するリスク低減措置としてどんな対策を優先して実施するべきかと、いう点です。
手順1 の法令順守は、安全管理の大前提です。労基法や労働安全衛生法などの各種法令を守ること、民法やその他の法令も徹底的に守ることです。法令が守られると大半の危険性・有害性はなくなるといわれています。
手順2 は計画段階での措置で、長時間労働の原因となる業務の廃止・簡略化を検討・実施すること
手順3 は物理的な対策を行うことで、i-ConstructionやICT技術の活用や機械化、ICカード、PCなどによる勤怠管理の導入などが有効です。人間がしていた労務管理をコンピューターにやらせようという考え方で、実現は十分可能だと思います。
手順4 は管理的対策で、就業規則の整備、時間管理の徹底、労働法の教育、ストレスチェック制度の活用などです。
手順5 の個人用保護具は、労働安全の分野では個人用保護具の使用にあたりますが、長時間労働抑止の場合、これに該当するものはありません。何が何でも 手順4 までの段階で危険性・有害性を抑える必要があるということです。
優先すべきは物理(設備)的対策で、管理的な対策となる人的対策に先んじて対応することがリスクアセスメントを奏功させる秘訣です。
事業所における労務リスクをコントロールする上で、ぜひ知っておいていただきたいことをいくつかご紹介します。
使用者が知っておくべきこと1:ストレスチェックを実施しているか
労働安全衛生法では、事業者に対し、年一回のストレスチェックの実施を義務づけています。2015年からスタートし、常時使用する労働者数50人以上の事業所が対象ですが、国は50人未満であっても実施を推奨しています。実施していなくても罰則規定はありません。また、厚生労働省は将来的には義務化を考えているとも伝えられます。過労死災害など何らかの問題が起きた場合、実施していないと問題が大きくなる可能性がありますので、ぜひ実施をご検討ください。
使用者が知っておくべきこと2:医師による面接指導を行っているか
残業が多い労働者に対し、医師による面接を行わなければなりません。これは知らない人が多く、そこまでの対応は実施したことがありませんという答えが返ってきます。対象労働者の医師による面接指導は安衛法上の義務で、努力規定ではありません。1カ月あたりの残業時間が100時間を超え、疲労の蓄積が認められる場合、まず声をかけて医師の面接を受けるかどうか聞くのが法の趣旨です。声をかけたという履歴を、きちんと残しておくことが非常に大事です。
使用者が知っておくべきこと3:いじめ、パワハラを把握し、対処しているか
部下に対する強い言動は指導の一環とみなして、黙認しているのが現状でしょう。ただ、いじめ、パワハラを放置していると、会社に責任が及ぶ可能性があります。労働契約法では会社に従業員の生命、身体などの安全を確保しつつ勤務するための必要な配慮をするよう求めています。パワハラ、いじめを放置し、問題が起これば、安全配慮義務違反に問われます。パワハラなどの実態把握のためにアンケート調査をしたり、ガイドラインを作成したりするといった会社側の措置も大事です。
使用者が知っておくべきこと4:労働時間の管理を社員に任せていないか
労働者の労働時間は使用者が適正に把握する責務があります。労働時間の適正な把握のためには単に1日何時間働いたということなどを把握するのではなく、労働日ごとの始業時間や終業時間を確認し、これをもとに何時間働いたかを確定する必要があります。終業時間の確認、記録はタイムカード、ICカード、パソコンの使用など客観的な方法が推奨されます。36協定の順守は当然で、実際には延長できる時間数を超えているにもかかわらず、過少申告させる行為は厳禁です。
労働時間の適正な把握
労働時間の適正な把握
キーワードその4は労働時間の適正な把握です。
厚生労働省が「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」を公表しています。ネットで簡単にダウンロードできますので、労務管理の担当者には、ぜひご覧いただきたいと思います。実際の労働時間を使用者が適切に管理していない実態が長時間労働や割増賃金未払いの問題の一因として捉え、使用者の責務を改めて明示するものです。
労働時間は使用者が現認して適正に記録する責務があり、労働者自身による労働時間(自己申告性による労働時間管理)は、パソコンの使用、タイムカードの厳格運用等、客観的な労働時間管理が必要であります。全てを労働者任せてはいけないということです。労働者に時間管理を任せている場合は、タイムカード、パソコンのログの乖離(かいり)は労働基準監督署が入ると必ずチェックされているようです。
また、時間外労働に制限を設け、それを超える労働時間を申告させないようにする措置等は厳に取締りを受ける可能性があります。
出面帳(でづらちょう)等、勤務の有無だけを管理するような方法は、時間管理とは言えません。労働時間の管理は今後の重要課題となりますが、ICT技術の積極活用など、事務処理負担の軽減について検討を行う必要があるといえます。
使用者が知っておくべきこと5:入社2、3年の社員が突然、欠勤することはないか
入社2~3年目の社員が突然欠勤すると、『新型うつ』の可能性があります。『新型うつ』は、今までの定義に当てはまらない新たなうつ病の形態で、主に若手社員に多くみられます。この病気の問題は、普段は健常者にしか見えないものの、職場では強いうつ状態となり、一方、自宅療養の期間に大いに羽を伸ばしている姿を自らSNSに発信するなど、周囲の人間からは『わがまま』『仮病』と判断されるようなこともあります。医師によってもその見解が分かれる非常に判断の難しい病で、その存在を否定する医師もいます。強制的に出社させると症状が悪化し、安全配慮義務違反に問われる可能性があります。
原因の一つとして考えられているのが、社会的経験が未熟でコミュニケーション能力が未発達であることです。このため、周囲の人に相談、援助を求めることもできず、精神的苦悩を解決できないまま重症化することがあります。
セーフティーコミュニケーション
セーフティーコミュニケーション
キーワードその4は労働時間の適正な把握です。
キーワードその5はセーフティーコミュニケーションです。
うつ病の原因となる長時間労働ですが、うつ病の発症に至るまでには一定のプロセスがあります。長時間労働は、労基法でも発症との因果関係として基準を設けているとおり、最大因子となるものの一つです。さらにそこにパワハラや人間関係のストレス等が複合的に加わり、周囲の人に救済を求められないような状況が継続した場合、うつ病を発症するリスクが高まることとなります。そして、職場におけるコミュニケーションの改善は非常に有効なリスク低減対策となります。
職場におけるコミュニケーション不調が発生する要因はどこにあるのか。その一つが、個々の社員が孤立しやすい労働環境にあります。IT化や分業自体の進展は決して誤った方向性ではありませんが、コミュニケーションが希薄となる原因であることは事実です。
以前から比べれば社内旅行等の親睦機会が減少している職場がほとんどでしょう。それらを踏まえた上で、コミュニケーションの改善を図る方法を見つけ出さなければなりません。
もう一つの原因が、管理者の高圧的な態度にあります。
人間の感情は表情に現れます。硬い表情の管理者には部下は近づこうとしません。
包容力のある態度・表情はコミュニケーション改善のポイントといえます。
コミュニケーション能力の向上は、部下だけでなく、管理者にとってもストレスの生成を軽減する結果をもたらすはずです。
今一度、自社におけるコミュニケーションの実態を振り返り、その改善にチャレンジしてみてはいかがでしょうか。
ジェイアンドエス保険サービス株式会社
リスクエンジニア
加藤 仁 氏
1985年 損害保険会社に入社。 教育部門、リスクマネジメント部門、自動車保険料率算定会出向等の勤務経験を経て、現在、ジェイアンドエス保険サービス株式会社にて、建設業・製造業での労働安全講演、火災防災、自動車交通安全、食品・医療機関等の衛生管理に係る調査等、幅広いコンサルティング活動に従事しています。
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