1.はじめに
2023年度の日本経済は新型コロナ5類移行に伴って経済活動が正常化し始めた一方で、物価高による節約志向や暖冬による季節商材の販売低迷等が加わり実質GDPは1.6%と発表されています。
2024年度は内閣府の発表では個人消費や設備投資の内需がけん引し、1.3%程度と見込んでいます。春闘での賃金上昇の実現が期待されるものの、物価高という景気の下振れ要因の影響は大きいため、景気低迷の長期化が懸念されています。
今回はこういった日本経済の状況下で建設業界の2024年度の見通しについて考えていきたいと思います。
2.2023年度の建設業界の振り返り
設備投資については企業の投資意欲は低くないものの、人手不足が建築工事を遅延させているのに加えて、コスト高が実質的に投資を抑制している面がありました。
国土交通省によれば建設業のピーク時の人数は1997年の685万人であったのが、2023年度には479万人まで減少しています。単純には比較し難い面もありますが、1997年の政府と民間を合わせた設備投資額は約71兆円、2023年の設備投資額は67兆円ですので、設備投資額△5.6%減少であるのに対して、就労人数は△30.0%も減少しています。このことからも、人手不足が深刻であり、企業側に設備投資の意欲があったとしてもなかなか進まないということがご理解いただけると思います。
コスト高についても、いわゆるウッドショックといわれる建材自体の価格高騰は落ち着きをみせてはいるものの、多くの輸入建材を輸入に頼っている日本では円安の影響が未だ大きい状況です。コロナ禍前は1米ドル=102~3円台だったことを考えると、為替影響だけで1.4~1.5倍近くになります。また、それに加えて原油高による輸送コストの増加も影響して建材の価格は高止まりしています。
3.2024年度以降の建設業界見通し
日本経済全体の押し上げ要因としては、自動車業界の生産回復、インバウンド需要の増加、半導体市場の回復等が期待されています。また、賃金上昇の傾向も引き続くとみられています。
一方で、価格転嫁や人件費上昇によるインフレ率の上振れリスクがあることや、ウクライナ情勢の緊迫化や中国の経済不安等は、景気を悪化させる要因として懸念されています。
このような経済状況の中で、建設業界においても引き続き、建材価格の高止まりは継続するとみられ、価格転嫁できていない事業者は採算が悪化していく状況にあります。この状況が続くと、今後は価格転嫁できる事業者とできない事業者で収益格差が広がっていくことになります。全体としては企業業績が緩やかな回復をみせていることに加えて、脱炭素に向けたグリーン投資、デジタル化に向けたIT投資、人手不足対策としての省人化・省力化投資が投資意欲の下支えとなり設備投資額は底堅い推移をみせると考えられます。
その上で、やはり建設業界で深刻な問題となっているのが人手不足です。これについてもう少し詳しくみていきたいと思います。
4.建設業界の人手不足
建設業界では人手不足の問題が叫ばれて久しく、就業人数の減少は前述の通りです。他の業種であれば、人手不足を人材派遣で補うということも可能ですが、「土木、建築その他工作物の建設、改造、保存、修理、変更、破壊若しくは解体の作業又はこれらの作業の準備の作業に係る業務」については人材派遣が禁止されています。そのため、他の業界に比較して不足した人員を簡単に穴埋めできない状況になっています。
その建設業界へ「2024年問題」が重くのしかかります。「2024年問題」とは流通業界等でも抱えている問題で、今まで建設業界は猶予されていた時間外労働の上限規制を適用しなければならないというものです。具体的には、時間外労働は原則45時間/月、360時間/年以内(特別条項が適用される場合は720時間/年等の規定あり)としなければならず、違反した場合は罰則も設けられています。建設業は他の業種と比較しても長時間労働が常態化しているといわれており、時間外労働の上限規制が適用される2024年において深刻な労働力不足が露呈するものと考えられます。
5.建設業界の2024年問題への対応
建設業における最大の優先事項は、若年層の入職増加と定着率向上による人手不足の解消です。これに向けた具体的なアクションとしては、一人当たりの負担を削減するためのデジタル化が一つ有力なものとなるでしょう。特に紙業務や紙業務の為の移動がある場合は、迅速なデジタル化を目指すことが必要です。ただし、これには初期投資も必要であり、そもそもどのようにデジタル化を進めるべきなのかきちんと計画した上で進める必要があります。そのため、デジタル化だけで2024年問題に対応するのは現実的ではありません。
これと並行して、労働環境を整える必要があるでしょう。労働に見合った賃金を支払うことや、社保等福利厚生を整備することはとても重要です。国土交通省の過去の調査では、建設業離職者(離職時若年層)の辞職理由として「雇用が不安定である」、「労働に対して賃金が安い」といったことが上位に挙げられています。まずは労働者が経済的に安定して仕事に打ち込める環境を整えることが人材確保につながります。また、同アンケートでは「休みがとりづらい」といった回答も多くみられました。建築業界では前述のように人材不足が深刻化しているためか、業界標準として週休二日の定着までも遠い状況です。工期は労働時間の長期化、休日数の減少を経て、人材確保に多大な影響を及ぼします。建設業法にも「著しく短い工期の禁止」が明記されている通り、施主も含めた工期の適正化は建設業の問題解決のキーポイントとなるでしょう。
6.おわりに
建設業界も、原材料の高止まりや、人材不足など日本経済全体で抱える問題を抱えています。一方、日本経済全体と同様に、建設業界においても賃上げが進むものと予測されます。国土交通省も労務単価の全国平均(公共工事の見積に用いられる賃金の基準)を5.9%引き上げた23,600円とすることを決めました。引き上げ率は2014年の7.1%以来の高い水準です。しかし、賃上げが実現してもなお、建設業界は人材不足の問題に直面します。「2024年問題」を抱える建設業界は大きな変化を迫られており、今年は重要な年といえるかもしれません。
執筆者
北海道大学経済学部卒業。公認会計士(日米)・税理士。公認会計士試験合格後、新日本有限責任監査法人監査部門にて、建設業、製造業、小売業、金融業、情報サービス産業等の上場会社を中心とした法定監査に従事。また、同法人公開業務部門にて株式公開準備会社を中心としたクライアントに対する、IPO支援、内部統制支援(J-SOX)、M&A関連支援、デューデリジェンスや短期調査等のFAS業務等の案件に数多く従事。2008年4月、27歳の時に汐留パートナーズグループを設立。税理士としてグループの税務業務を統括する。
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