1.はじめに
企業の消費税の納付額に多大な影響をもたらすインボイス制度の開始まで約1年となりました。
しかしながら、インボイス制度に関する調査では、特に中小企業をはじめとしてインボイス制度への認知度が高まっていないことが示唆されています。
アンケート対象者には経理・財務担当者も多く、今後各社において急速な制度理解が求められることと思われます。
そこで今回は、インボイス制度の基礎を改めて確認しながら、何から始めれば良いかなどのアクションプランまでを総まとめしたいと思います。
2.インボイス制度(=適格請求書保存方式)の認知度
インボイス制度の認知度について確認するにあたり、現在WEBで結果を公開している(株)マネーフォワード、フリー(株)、(株)TKC、(株)ラクス、(株)MS-Japanの5社が行った調査を参照します。
下記に、5社の調査の内、認知度に関する回答を集約しました。
上記結果を確認すると、部分的な理解に留まる、ほぼ・全く理解していないと回答した割合が、全体の約43%に上ります。
これだけを以て理解不足の度合いを断定するのは尚早ではありますが、多くの会社でインボイス制度に不安を抱えているであろう経理・財務担当者は多いといえるでしょう。
3.インボイス制度のキーワード
まず、インボイス制度の理解に必要な4つのキーワードについて確認します。
①インボイスとは
インボイスとは、改正消費税法に定められた項目を記載した請求書のことで、「適格請求書」が正式名称です。「適格請求書発行事業者」として申請・登録を受けた事業者しか発行できず、「適格請求書発行事業者番号」の記載が必須になります。
②適格請求書発行事業者とは
適格請求書発行事業者とは、適格請求書を発行するために、所轄税務署長に申請し、登録を受けた事業者のことです。インボイスの発行は適格請求書発行事業者の登録を受けた課税事業者のみが可能です。
③適格請求書発行事業者番号
適格請求書発行事業者番号とは、登録を受けた事業者に与えられる番号です。法人の場合には「T」+法人番号13桁、個人事業主の場合には「T」+新規の番号13桁がそれぞれ与えられます。インボイスには、適格請求書発行事業者番号の記載が必須となります。
④仕入税額控除
仕入税額控除は、消費税の納税額を算出する方法の一つです。課税事業者が納付すべき消費税額について、売上と同時に受領した消費税額から仕入の際に支払った消費税額を差し引くことで求めるというものです。
この仕入税額控除の適用にはいくつか条件が付されていますが、インボイス制度開始後には、インボイスを受領した仕入に係る消費税額のみ仕入税額控除の対象となります。言い換えると、インボイスを受領できない仕入の際に支払った消費税額は、控除できなくなります。
4.インボイス制度の焦点
昨今、社会的にインボイス制度が話題になっているのは、「インボイスが無い仕入分の仕入税額控除が出来ない」ことに起因します。
前項の②の通り、インボイスを発行できるのは「登録を受けた課税事業者」のみです。その為、免税事業者はインボイスを発行することが出来ず、免税事業者からの仕入を行った場合、当該仕入に際して支払った消費税分の仕入税額控除が出来ず、納付する消費税額が増加することになります。
①課税事業者への影響
インボイス制度開始後、課税事業者は免税事業者からの仕入分について仕入税額控除が出来なくなります。その為、免税事業者からの仕入が多い事業者ほど消費税の納付額が増加することになります。
特に免税事業者との継続的な取引関係がある場合には、当該免税事業者と取引を継続するのか、インボイスを発行できる事業者に絞って取引先の再検討をするのかといった判断が必要になります。
この判断にあたっては、関係性の構築やコミュニケーションのコスト、仕入れる商品やサービスの希少性や価格なども勘案することが必要です。
②免税事業者への影響
免税事業者においては、課税事業者へ転換するかどうかの判断が必要になります。既に関係のある課税事業者は勿論ですが、新規の取引先が継続的に発生している場合、他社とのコンペで選ばれないケースが増える可能性もあります。
また、課税事業者となる場合には、今取引のある免税事業者からの仕入分の仕入税額控除が出来ないため、課税事業者と同様に自社の仕入先についても判断が必要になります。
5.建設業の諸問題との関連
ここからはインボイスに関係する建設業の諸問題についてみていきます。
①一人親方問題
建設業において、小規模事業者のかなりの割合を占めており、2019年に国土交通省が行った調査では、一人親方が小規模事業者の45%近くを占めるとされています。
この一人親方のかなりの割合が免税事業者であるとされる為、取引のある課税事業者はその件数や現在の仕入税額控除における割合などを確認する必要があるでしょう。
②偽装一人親方問題
建設業界の一部企業においては、雇用しているのと同等の関係にありながら業務委託契約としている、いわゆる「偽装一人親方」が問題視されてきました。
この問題は、会社側が社会保険料等の法定福利費の負担逃れを目的に行っているケースが多くありますが、インボイス制度によって偽装一人親方へ支払う消費税の控除が不可能となることから、会社側のメリットが大きく減少し、状況の是正につながることが期待されています。
③価格転嫁問題
価格転嫁とは、コストを適切に販売価格に反映することを指します。飲食店を例に出すと、各種食品の値段が上がったことから販売価格を上げる、などが該当します。
インボイス制度開始後の影響として警戒されているのが、免税事業者に対する消費税分の値下げ要求の横行です。これは下請法や独占禁止法に違反する可能性のある行為で、これに関連したトラブルの増加が懸念されています。
建設業においては価格転嫁率が非常に低く、帝国データバンクが2022年6月に公表した調査では、41.3%に留まっているとのことでした。市場価格に転嫁できないということは、下請け業者に仕入額の減額を迫るということも考えられます。この状況において、免税事業者であるということを背景に更なる値下げを求められるといったトラブルについては警戒が必要です。
④電子帳簿保存法との関係
電子帳簿保存法でも改正が行われ、相手方から電子で受領した請求書は電子で保存することが義務付けられることとなりました。
これに伴い、取引先の取り組みの状況によっては、請求書について電子で発行するよう要請される場合があります。建設業においてはバックオフィス周辺のIT化も進んでいない企業が多いとされていることから、インボイス制度への対応に加えての対応となった場合には対応に苦慮する企業が多いのではないでしょうか。
6.アクションプラン
(1)既に課税事業者の場合
①適格請求書発行事業者の登録申請
既に課税事業者である事業者は、まず「適格請求書発行事業者の登録申請手続き」を行うことが最優先となります。2023年10月のインボイス制度開始時に適格請求書発行事業者である為には、2023年3月末までの申請が必須となります。
②インボイス発行時の対応決定
登録申請が終わった場合、自社でどのようにインボイスを発行するかについて検討が必要です。今どのように請求書を発行しているか、今後どのように発行するか、電子化の度合いはどの程度か、電子帳簿保存法との兼ね合いはどうするか、といった議論を中心に社内の体制を考える必要があるでしょう。
③取引先とのコミュニケーション
②と合わせて必要なのが、取引先とのコミュニケーションです。免税事業者が取引先のどの程度かの確認から始まり、取引のある免税事業者の課税事業者への転換予定の確認、経過措置適用期間中のコミュニケーションなどが必要になります。特に建設業では一人親方を中心とする免税事業者との取引が多いことが想定されるため、当期や前期の仕入額に占める免税事業者の割合を算出するのは必須と言ってもいいでしょう。
④取引先の選択
③のコミュニケーションが終わると、課税事業者に転換しない取引先数と控除できなくなる消費税額の概算を出すことが出来るようになります。控除できなくなる消費税額=上昇するコストと、新たな取引先と連絡を取り、関係を構築するコストを天秤にかけて検討する必要があります。重要なのは、コミュニケーションコストを考慮に入れることです。既存の取引先とは、これまでの積み重ねによる相互理解によって、日々のコミュニケーションや納品物の仕上がりに関する共通認識が醸成されていることが一般的です。取引先を変えると、そうした共通認識が無くなり、これまで言わず・聞かずに完成されていた仕事について一つ一つコミュニケーションが必要になります。
(2)免税事業者の場合
①取引先とのコミュニケーション
免税事業者の場合には、まず取引先とのコミュニケーションから始める必要があります。自社が課税事業者になるか否かによって、取引終了の可能性があるかどうかが焦点となります。
②課税選択
①のコミュニケーションの結果を踏まえ、今すぐ課税事業者となり、適格請求書発行事業者となるか、経過措置期間が終わると同時に課税事業者となるか、或いは免税事業者のままでいるか、といった選択をする必要があります。
③取引先への連絡
②の選択について結論が出たら、取引先に対して判断の内容を連絡し、結論に応じて適格請求書発行事業者の登録申請手続きが必要です。先述の通り、2023年10月からインボイスを発行するためには、2023年3月中に申請が必要になることから、遅くとも2023年3月初旬までには結論を出す必要があるでしょう。
7.おわりに
インボイス制度に限りませんが、新しく始まる制度については、制度運用開始後に頻繁に生じる問題点などを補う形で細かな定めがなされるのが一般的です。その為インボイス制度についても、2023年10月の制度開始から1,2年で制度が細かく定められていくことになるでしょう。
現在は宥恕措置が適用されている、電子帳簿保存法における電子取引書類の電子保存義務化は2024年1月から強制適用になります。このことから見ても、今すぐにインボイスへの対応を開始することをお勧め致します。
北海道大学経済学部卒業。公認会計士(日米)・税理士。公認会計士試験合格後、新日本有限責任監査法人監査部門にて、建設業、製造業、小売業、金融業、情報サービス産業等の上場会社を中心とした法定監査に従事。また、同法人公開業務部門にて株式公開準備会社を中心としたクライアントに対する、IPO支援、内部統制支援(J-SOX)、M&A関連支援、デューデリジェンスや短期調査等のFAS業務等の案件に数多く従事。2008年4月、27歳の時に汐留パートナーズグループを設立。税理士としてグループの税務業務を統括する。
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