1.はじめに
収益認識は会計処理にかかる業務フローの中でも、会社の売上に直結する最重要プロセスの一つです。その分業務プロセス上のリスクが高い部分でもあります。特に建設業の収益認識については見積りの要素が多く、収益を認識する業務フローに関してはどういったリスクがあり得るのかを理解することが肝要です。
こうした、会社におけるリスクを予防し、健全な経営の維持を目指して構築するものとして、内部統制があります。内部統制というと中小企業には無縁のものに思われるかもしれませんが、建設業のように会計処理に特徴がある業界では企業規模関係なく抑えておくべき論点も多いものです。
今回から2回にわたり、内部統制の基本を確認した上で、建設業の特性を踏まえて収益の認識に関して起こり得るリスクを考えていきたいと思います。
2.内部統制の概要
内部統制は、上場会社のような大会社に必要な統制システムで、中小企業にとっては必要ないものと考えている方も多いかと思います。しかし、中小企業であっても株主や取引先、金融機関をはじめとするステークホルダーが存在する以上、健全な企業運営が必要不可欠であり、事実ほぼ全ての会社で、健全な経営の為に何らかのルールや統制が存在しているはずです。
内部統制はそうした細かな統制を含む、会社全体の健全性を体系的且つ効率的に担保するために構築されるものです。
3.内部統制の目的と定義
内部統制については、金融庁の公表した枠組み、会社法、金融商品取引法でそれぞれ定義されています。それぞれの定義を確認したいと思います。
【金融庁】
金融庁が公表しているのは、内部統制を整備する4つの目的です。
■業務の有効性及び効率性
企業で定めた事業活動の目的達成に向けて、業務の有効性や効率性を高めること
■財務報告の信頼性
財務諸表及び財務諸表に重要な影響を及ぼす可能性のある情報の信頼性を確保すること
■事業活動に関わる法令などの遵守
事業活動に関わる法令その他の規範の遵守を促進すること
■資産の保全
資産の取得、使用及び処分が正当な手続及び承認の下に行われるよう、資産の保全を図ること
これは、健全な経営の維持のため、全ての企業が常に意識するべき目的です。続いて、会社法と金融商品取引法における内部統制の定義を確認します。
【会社法】
会社法における内部統制は、第362条4項6号に以下のとおり定義されています。
【金融商品取引法】
金融商品取引法では第24条の4の4第1項で内部統制について触れられており、定義は以下のとおりとなっています。
会社法と金商法、それぞれの定義について重要になるのは、金融庁が公表している4つの目的との関係性です。
会社法では4つの目的でいうところの「業務の有効性及び効率性」や「事業活動に関わる法令などの順守」が、金商法では「財務報告の信頼性」という観点が重視されているように思われるかもしれません。しかし、4つの目的は相互に関連しており、一部の目的だけを達成するというのは事実上困難であるとされています。その為、会社法の定義も金商法の定義も、4つの目的全てを達成することを前提に理解する必要があります。
但し、会計監査を受ける事業者でない場合、両者の定義の差を意識して内部統制を構築する必要性は、一旦無いと考えてよいでしょう。
中小企業が内部統制を構築する際は、まずは金融庁が公表している4つの目的の達成を意識することが重要です。
4.内部統制の構成要素
次に内部統制の6つの構成要素を確認しておきたいと思います。この構成要素も4つの目的と共に金融庁が公表しているものです。
■統制環境
「統制環境」とは、内部統制の目的を達成する風土や社風を指します。いくらルールや仕組みを整備しても、経営者や従業員の意識が低ければ内部統制の目的は達成されません。そのため、統制環境は構成要素の基礎ともいえます。
■ リスクの評価と対応
「リスクの評価と対応」とは、事業活動を行う際に発生しうるリスクを洗い出し、そのリスクへの対応を検討・実行することを指します。ルールや仕組みを構築しても人為的ミスなどの発生リスクは完全に無くすことはできません。そこで評価によって洗い出されたリスクに対する対応策を考えます。
■ 統制活動
「統制活動」とは、ルールや仕組みを確実に機能させるための方針や手続きを指します。
責任範囲の明瞭化、職務の分掌、権限や職責の付与に関する方針や手続を定めます。
■ 情報と伝達
「情報と伝達」とは、必要な情報が適時、適切に関係者に伝わるための、環境やシステム構築を指します。関係者にはその情報を必要とする全ての人であり、社外の人間も含まれます。
■ モニタリング
「モニタリング」とは、ルールや仕組みが上手く機能しているかを継続的にチェックすることを指します。
モニタリングには「日常的モニタリング」と「独立的評価」と呼ばれる2つの方法があります。日常的モニタリングは通常の業務に組み込まれているものであり、独立的評価は通常の業務から独立した視点で経営者、取締役会、監査役、内部監査等を通じて実施されます。
■ ITへの対応
「ITへの対応」とは組織目標を達成するために適切な方針や手続を定めて、IT環境を整備し、利用することを指します。多様な業務でITが導入されている今日においては、TIへの対応は、他の要素と強く関連しあっており、独立して考えるのではなく他の関連する要素と一体として評価されるものになります。
ここまで簡単に確認した4つの目的と6つの要素を中心に内部統制を整備していくことになります。中小企業においていきなり全てを完璧に満たした統制を整備することはかなりハードルが高い為、優先順位をつけて一つずつ検討を行っていくことが必要です。
続いて冒頭で触れた建設業の特徴を確認したいと思います。
5.建設業の特色
建設業の特色の一つである年度を跨ぐ際の収益認識は、内部統制の構築において注意が必要な論点の一つです。
年度を跨ぐ場合、収益は履行義務の充足度を見積ることによって認識・計上されるのが一般的でしょう。
建設業の収益認識については、従来、工事進行基準を適用していた案件についても、2021年4月以降は収益認識基準の適用対象となりました(収益認識基準は全ての会社で任意に適用可能ですが、有価証券報告書を提出する上場会社等、会社法監査対象会社、及びその連結子会社・関連会社は強制適用となっています)。履行義務の充足に伴う収益の認識という処理については、工事進行基準と収益認識基準で大きな違いは無い為、会計基準の変化が内部統制の構築に関して大きく影響することは、基本的にはありません。
いずれの基準にしても、見積りの要素が強い収益認識にはどのようなリスクがあるのかを知ることが重要になります。これは前項の内部統制を構成する要素のうち、リスク評価にあたる部分です。
次回のコラムにて、建設業において識別される可能性の高いリスクを具体的に解説していきたいと思います。
6.おわりに
内部統制について検討する時間やコストを捻出するのは容易いことではありません。しかし、大企業にとっては避けて通れないものですし、中小企業にとっては業務の棚卸による効率化の機会にもなります。
中小事業者で内部統制の重要性を実感するケースは多くないかと思いますが、大企業に比較して内部統制の実効性を上げやすいというのは中小規模の段階から内部統制に取組む大きなメリットと言えるでしょう。
内部統制の構築にあたって規模が関係する要素に、組織的な認識の底上げがあります。内部統制の実効性を高めるためには、組織構成員の内部統制遵守の意識を高めることが必要不可欠です。大企業の場合、こうした文化を組織全体に浸透させるためには時間を要します。一方、中小企業であれば規模によっては経営層の意識次第で、組織文化に内部統制の実効性に対する意識を根付かせることができます。
いくら内部統制を構築しても、従業員の意識の低さで機能しないのでは意味がありません。先々規模の拡大を考えている企業や、業務において注意が必要なプロセスを含む企業では、早い内から内部統制に取組むメリットは十分にあると言えるでしょう。
次回は、建設業の収益認識にかかる内部統制リスクについて具体的な話に入っていきたいと思います。
北海道大学経済学部卒業。公認会計士(日米)・税理士。公認会計士試験合格後、新日本有限責任監査法人監査部門にて、建設業、製造業、小売業、金融業、情報サービス産業等の上場会社を中心とした法定監査に従事。また、同法人公開業務部門にて株式公開準備会社を中心としたクライアントに対する、IPO支援、内部統制支援(J-SOX)、M&A関連支援、デューデリジェンスや短期調査等のFAS業務等の案件に数多く従事。2008年4月、27歳の時に汐留パートナーズグループを設立。税理士としてグループの税務業務を統括する。
新たな会計ルール
「新収益認識基準」とは