1.はじめに
ファミリービジネスとは、一般的に特定の一族が担っている企業経営のことをいいます。似たような意味の日本語として「同族企業」や「オーナー企業」といった言葉が挙げられます。日本の法人税法では上位3株主の持ち株比率が50%を超える企業を「同族会社」と定義していますが、一般的には出資比率が低くても、創業者ファミリーが経営に参画しているか、個人株主として相応の株式を有していればファミリービジネスといわれることが多いかと思います。
日本のファミリービジネス企業の割合は非常に多く、100年以上続くファミリービジネス企業の割合は世界的にみてもトップクラスといいます。建設業においてもその割合は多いため、そのメリットとデメリットを知っておくことで会社のガバナンス体制の構築にお役立ていただけると思います。
2.建設業におけるファミリービジネスの割合
日本ではトヨタ自動車やサントリー等がファミリービジネス企業として有名です。海外でもウォルマートやイケアが成功したファミリービジネスとして知られています。建設業界でも鹿島建設や清水建設のようなスーパーゼネコンといわれる会社にも存在しますが、ファミリービジネス企業が多いのはやはり中小企業です。独立行政法人 中小企業基盤整備機構によれば日本の全企業数の約99.7%が中小企業だといわれています。そして中小企業の内、同族企業の割合は、調査にもよりますが9割を超えるといわれています。
建設業界においてはどうでしょうか。帝国データバンクがオーナー企業に対して調査を実施しています。少し古い2016年のデータになりますが、建設業が最多であったという結果が出ています。
社数 | 構成比(%) | オーナー率(%) | |
---|---|---|---|
建設業 | 102,185 | 23.5 | 85.9 |
製造業 | 69,895 | 16.1 | 73.2 |
卸売業 | 88,254 | 20.3 | 76.9 |
小売業 | 54,070 | 12.5 | 83.5 |
運輸・通信業 | 21,529 | 5.0 | 71.0 |
サービス業 | 71,618 | 16.5 | 71.3 |
不動産業 | 20,938 | 4.8 | 77.1 |
その他 | 5,614 | 1.3 | 59.7 |
合計 | 434,103 | 100.0 | 77.3 |
また、こちらは同じく帝国データバンクが長野県の企業に対して行ったアンケート結果になりますが、業種別のオーナー企業比率をみると建設業は87%となっており、非常に高い割合でファミリー経営が行われていることが伺えます。専門的な技術をもつ職人や中小規模の工務店は一族で経営を行い、同族者に事業継承するケースが一般的であり、現在もその慣習は続いているようです。
社数 | 構成比(%) | オーナー率(%) | |
---|---|---|---|
建設業 | 2,098 | 24.6 | 87.0 |
製造業 | 1,864 | 21.9 | 74.1 |
卸売業 | 1,270 | 14.9 | 79.1 |
小売業 | 1,298 | 15.2 | 85.1 |
運輸・通信業 | 350 | 4.1 | 75.3 |
サービス業 | 1,225 | 14.4 | 75.8 |
不動産業 | 223 | 2.6 | 78.0 |
その他 | 191 | 2.2 | 76.1 |
合計 | 8,519 | 100.0 | 79.8 |
3.ファミリービジネスのメリット
ファミリービジネスは企業業績において、そうでない企業と比較して優れているという研究結果もあり、注目されています。ここからはファミリービジネスのメリットをみていきたいと思います。
迅速な意思決定・経営判断
ファミリービジネス企業は経営判断を話し合う場における主要な登場人物が家族や親族であるため、率直な意見交換をすることができ、意思決定のスピードが速くなるといえます。また、所有と経営が一致しているため株主からの反対を受けにくく迅速な意思決定が可能になります。
長期的な視野による経営判断
ファミリービジネスでは、経営者と株主の利益相反が基本的には起きません。ファミリービジネスに限らず、日本企業では、長年勤めた従業員が役員として内部昇進するケースが見られます。このようなケースにおいて、経営者が自分の任期中に問題が起きなければ良いと考え、短期的視点による経営判断が行われるケースも見られます。一方、ファミリービジネスにおいては、創業家一家で経営に参画していることから、長期的な視野で経営に取り組む傾向が強くなります。そのため、目先の利益に走る必要がありません。また一般的に経営者や役員の任期も長い傾向にあるため、長期的な戦略を実行しやすいというメリットもあります。
企業継続へのモチベーションが高い
ファミリービジネス企業の経営者は自分が受け継いだ会社を成長させ、次世代へ引き継ぎたいという想いが強い傾向にあります。社員も親族が多いため、自分たちの会社を継続していくというモチベーションが高くなりやすい企業風土であるといえます。
4.ファミリービジネスのデメリット
続いて、ファミリービジネスにおけるデメリットをみていきたいと思います。
少数株主との利益相反
ファミリービジネス企業であっても、少数株主が存在するケースは多くあります。一般的に、少数株主は保有する株主分の影響力しか持ちませんが、ファミリービジネスにおいては事情が異なるケースがあります。親族同士ということで、株主同士・経営者同士・株主と経営者といった以上の関係性であることが多く、例えば、少数株主が本来得られる利益を支配株主に搾取されたり、逆に関係性がこじれ、少数株主から無茶な株式の買取請求をされたり、といったトラブルも生じがちです。
こういったケースが想定されることから、企業評価を受ける場面において、ファミリービジネス企業は株主価値を割引評価されることも考えられ、少数株主側だけでなく、支配株主側にも一定のデメリットがあるといえます。
保守的経営になる
これはメリットの裏返しとも言えるデメリットですが、長期間にわたり、創業家の一族が経営にあたり外部の意見や指摘を取り入れないと、保守的な経営になりやすいと言われています。業績がいい時期は問題になりにくいですが、業績の低迷が続いたり、リーマンショックやコロナ等による不況に直面したりするなどした際には、保守的な判断が適切でない場面が生じます。
このようなケースにおいては、せっかく外部のコンサルタント等からアドバイスを受けても自社に適用することが出来なかったり、方針転換をしようにも親族間で意見対立が生じたり、といったことにも繋がります。
このように、ファミリービジネスはイノベーションが起きにくくなることもあり、その影響で収益性や成長性が弱まるリスクが考えられます。
ガバナンスの欠如
これがファミリービジネスの最大の欠点ともいえるかもしれません。経営者一族が公私混同して会社を私物化していたり、権力が一極集中しやすいので好き勝手に会社を利用したりしてしまうということが起きやすい環境にあります。その結果、法令や社内ルールを遵守する意識が弱まったり、取締役会の監督機能が形骸化したりするケースがあります。建設業は他の業界と比べて、守るべき法令が多く、健全なガバナンス体制が求められる業界です。そして、ファミリービジネス企業においては、通常のコーポレートガバナンスと共に、ファミリーガバナンスとしてのルールを明確にすることが望ましいといわれています。
5.おわりに
今回はファミリービジネスの主なメリット・デメリットをご紹介しました。冒頭にご紹介したように日本では建設業界に多く、一般的であるためファミリービジネスであるかどうかを意識されることも少ないかもしれません。しかし、ファミリービジネス以外の企業でもコーポレートガバナンスが企業価値向上に必要であるとの意識が高まっている現在、ファミリービジネス故に脆弱なガバナンス体制となっている企業は、金融機関からもリスクを割高に評価され、資金調達コストが割高になる可能性等も考えられます。
それぞれの企業によってリスクや投下できるコストも異なります。最適なガバナンス体制を構築する人材が内部にいなければ外部の専門家を利用してみるのも良いかもしれません。
執筆者
北海道大学経済学部卒業。公認会計士(日米)・税理士。公認会計士試験合格後、新日本有限責任監査法人監査部門にて、建設業、製造業、小売業、金融業、情報サービス産業等の上場会社を中心とした法定監査に従事。また、同法人公開業務部門にて株式公開準備会社を中心としたクライアントに対する、IPO支援、内部統制支援(J-SOX)、M&A関連支援、デューデリジェンスや短期調査等のFAS業務等の案件に数多く従事。2008年4月、27歳の時に汐留パートナーズグループを設立。税理士としてグループの税務業務を統括する。