五反田TOCビルは今
2024年春、当時とすれば「春の珍事」とでもいうべき事態が発生しました。東京都品川区西五反田にそびえ立つ「東京卸売りセンター(TOC)の建て替えが、突如として延期になったことです。すでに入居テナントの撤去も終わっていました。それが突如、中止になります。TOCは西五反田のシンボル的な建物だっただけに、事業中止は入居テナントばかりでなく、社会的にも大きな衝撃をもたらしました。
建て替え中止の背景には、高騰する資材や人件費に伴う建設費の、想定外の増加があったことは明白です。そのため、事業会社はさらなる高収益化を目指して、事業計画を練り直しているとされています。
そうはいっても、新たな計画に基づく事業に着手するまで、ビルを遊ばせておくわけにはいきません。その結果、現在はエクセルシオールカフェ、ナチュラルローソン、ユニクロ、ダイソーなどが入居・出店しています。
駅中心に11個所で再開発だったが
JR東日本の中野駅(東京都中野区)周辺では、駅を挟んで北口と南口合わせて11の再開発事業が計画されているといいます。目玉事業は駅の北口にある、独特な外観を持つ「中野サンプラザ」を解体し、跡地に61階建ての超高層ビル「NAKANOサンプラザシティ」を建設するというものでした。29年度の完成を目指して準備が進められてきましたが、区がはじき出した周辺再開発の総事業費2,639億円では、現時点で900億円不足するとし、野村不動産などの事業者は、施工許可申請取り消しを申し出ました。ここにも急激な資材、労務費のアップが影を落とすこととなりました。
中核医療拠点になるはずが
順天堂大学は、埼玉県の浦和美園地区に開設を予定していた「(仮称)国際先端医療センター」の病院建設を断念し、2024年11月29日付で県に病院設備計画中止届を提出しました。その背景には、概算工事費が当初計画時点(2015年1月)の834億円から、2024年7月には2,186億円と2・6倍に膨らんだことがあります。事業費の推移を見ると、834億円が18年3月には980億円、22年4月には1,014億円と1,000億円台に突入。さらに23年11月には1,338億円となり、1年もしないうちに2,000億円を超えてしまったというわけです。つまり、この8カ月の上昇率は63・4%増ということになります。
大学側は膨らむ事業費に対応し、看護系学部の開設、宿舎の整備・大学院棟の建設を先送りし、まずは病院棟と陽子線棟の建設を優先するとともに、病院棟の規模も800床から500床に縮小したものの、今後のさらなる事業費増大が予想されることから「県民の皆様に貢献することができるための最先端医療機能を備え、かつDX(デジタルトランスフォーメーション)を活用したミライ型基幹病院の開設はとうてい困難な見通しであることが明らかとなった」とし、開設断念に至る経緯を明らかにしています。高度な地域医療施設誕生を期待していた地域住民は、大きな落胆を味わうことになりました。
建設中止掲げて当選
愛知県豊橋市の市長選挙では「新アリーナ建設中止」を掲げた長坂尚登氏が当選しました。このアリーナは地元のプロバスケットボールチーム「三河ネオフェニックス」のホームとなるところです。
バスケットボールのトップチームで構成する「Bリーグ・プレミア」が、26年度に発足することになっており、ネオフェニックスも参入することが決まっています。ただし、参入するためには平均入場者4,000人以上、売上高12億円以上ということのほか、5,000席以上の観客席を持つ本拠地アリーナを確保することが求められます。サッカーのJリーグも発足当時、ホームに観客収容数の下限を決めました。既存のグラウンドに、急ピッチで観客席を増設するなどの工事が進められたことが思い出されます。
長坂市長は、就任直後の11月21日、事業者に対して契約解除を申し入れましたが、その一方で「事業継続」を求める市民の請願書が、市議会議長に手渡されました。230億円という多額な費用がかかる建設事業ですが、市の人口の6人に1人にあたる5万8,000人(全体では13万4,000人)の署名という「重さ」がどう判断されるのか。新市長にすれば「中止」を打ち出して当選したのですから、簡単に「中止」を中止するわけにもいかないことは明白です。中止を求める署名も5万2,000人分あったということですから、拮抗した数字だと言えるのではないでしょうか。そうした背景からか、市議会は建設の方向にあり、市長と議会との間でのやりとりを含め、今後の成り行きが注目されるところです。
資材、労務費は今
日本建設業連合会(日建連、宮本洋一会長)の、24年11月版「建設資材高騰・労務費の上昇等の現状」によると、建設技能者の労務単価は20年度に比べ16%アップし、全建設コストを4・8%上昇させることとなりました。これに資材価格の上昇分を加えると、仮設費・経費などを含めた建設コストは、土木で22~26%、建築で21~24%上昇したとしています。あわせて、設備関連や一部建設資材で納期遅延が発生し、工期への影響が出ているとしています。
設備に関しては、製造業の国内回帰による活発な工場建設、大都市圏や地方都市での大型プロジェクトやデータセンター建設が、同時期に進行しているため、設備工事の需給がタイトになり、資機材・工事価格が大きく高騰するとともに、遅延が発生していると訴えています。「設備屋がいないから、受注できない」という、ゼネコンの恨みとも愚痴とも言える言葉が、いよいよ真実味を帯びてきました。
一方、発注する側も資材や労務費上昇に頭を抱える事態になってきています。
東京都がまとめた、24年度上半期工事関係資料(速報値)によれば、全体の不調発生率は、前年同期に比べ2・91ポイントアップし、13・32%となりました。工種別でみると、建築が25・87%(8・76ポイント増)、道路舗装を除く土木が10・31%(1・14ポイント増)、道路舗装が14・89%(7・91ポイント増)、設備が12・98%(2・41ポイント増)となり、建築は4件に1件が不調という「前代未聞」とも言える結果となりました。資材高騰のスピードに積算業務が追いつかない姿がにじみ出ていると言えるでしょう。
おわりに
社会全般では、生活に直接影響を及ぼす「食品値上げ」に注目が集まります。また、岸田内閣が打ち出した「5%の賃上げ」や「時給改定」といった賃金面での上昇もあります。単純に言えば、「入り」も大きくなる代わりに「出」も多くなるという構図となるでしょう。
とはいうものの、建設資材や労務費の値上がりは、想定を超える速さで進行したと言えるのではないでしょうか。さすがに新型コロナ感染拡大防止のための、中国をはじめとした、建設資機材の輸出制限はなくなったものの、この時に国際的なサプライチェーンの見直しが進められたことは明らかです。日建連が指摘する製造業の国内回帰は、海外工場での生産コスト上昇という意味合いだけでなく、やはり安定的な物品の供給という点から見れば、必然の結果だといえるのではないでしょうか。
今、建設業界は仕事量も価格も「沸騰」している状況だと見ることができます。そうした状況での開発事業が、コスト、工期面でマッチングしなくなってきたのは、必然の流れなのかもしれません。
顧問
服部 清二 氏
中央大学文学部卒業。設備産業新聞社を経て建設通信新聞社へ。
国土庁(現国土交通省)、通産省(現経済産業省)、ゼネコン、建築設備業、設備機器メーカー、鉄鋼メーカー、建設機械メーカーなどの取材を担当。特に建築設備業界の取材歴は20年以上にわたる。
その後、中部支社長、編集局長、企画営業総局長、電子メディア局長兼業務総局長を歴任、2019年6月電子メディア局の名称変更に伴い、コミュニケーション・デザイン局長に就任。建設通信新聞「電子版」、「月刊工事の動き」デジタル、講演集や各種パンフレットの作成、協会機関誌の制作、DVD撮影などを行う部署を管轄した。2021年7月から現職。
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