1.はじめに
どの業種においてもIT技術を活用して競争力を高めることが求められる時代になり、業界や企業規模を問わずIT投資の検討が必要になっています。建設業界も例外ではありません。むしろ、労働環境の改善や人手不足に課題を抱える建設業では、IT投資による労働生産性の向上や業務効率化に期待すべき面も大いにあるでしょう。
今回から2回にわたって建設業におけるIT投資を考えるためにIT投資はそもそもどのようなものかをご紹介し、その投資効果の評価や会計処理等について解説したいと思います。
2.IT投資とは
まず、IT投資の概要を確認したいと思います。
IT投資とは、IT機器やシステムの利用によって、業務効率化や業務改善を図る投資の総称です。IT投資と一口にいってもその対象はとても広く、いわゆるDXと呼ばれるような最新のシステムや機器を用いた大掛かりな業務改善から、古いPCを新型のPCに買い替えるといったことまで、広くIT投資に含まれます。
このようにIT投資は範囲が広い分、何から手をつけてよいかわかならないという方も多いかと思います。事業活動のどの領域も対象となるのがIT投資ですが、中小企業で特に重要となってくるのが以下の3点になるでしょう。
人材育成…ITシステムの開発、保守の内製化に向けた人員強化、社内研修制度等
DX推進…デジタル技術の活用によるビジネスモデル変革、ビジネスプロセス変革
セキュリティ対策や人材育成はどの業種でも共通のものになります。ただ、例えばセキュリティ対策でいえば、扱う情報の機密性や被害にあった場合の影響の大きさに応じて対応を考える必要があります。
また、人材育成については、IT投資を行う中で見落とされがちです。ITに詳しい人材が社内にいない場合、IT投資の際に外部委託することが一般的であると思いますが、外部ベンダーに丸投げで社内の人間が全くわからず、効果測定さえできない、といった状況にならないよう注意する必要があります。そのため、一定レベルの知識を有する人材を、育成や採用によって社内に確保するという、より広義のIT投資も必要になってくるでしょう。
DXは、取り組む内容が業種・企業規模によって様々です。適用範囲も広く、人材育成等はDXに含まれることもあるでしょう。比較的大規模なものを含む場合も多いですが、ここからは中小規模の建設業を想定したDXについて考えていきたいと思います。
3.建設業におけるDX
建設業におけるDXの大きな方向性としては、大きく2つあるかと思います。
一つは建設技術のデジタル化です。AIやICT、BIM/CIMといった技術の開発が進んでいます。現場の画像をAIが分析して工事の進捗状況を把握するシステムや、遠隔操作で機械を操縦するシステム等が該当します。ただ、建設技術のデジタル化については投資額がそれなりにかかるものも多いです。そのためむやみに取り入れるのではなく、どこに人工をとられてしまっているかなどの問題点を洗い出してから取り組むことが必要です。また、業務委託から始めるというのも一つの手です。例えばドローン操縦等は専門業者が多くいますのでそれを取り入れてみて、実際に問題が解消され採算がとれる見込みが立てば自社で導入するといったような方法も考えてみましょう。
二つ目は情報共有のためのDXです。建設業界において主業務は現場に行われるのに対して、それを報告したり取りまとめたりする事務方の作業は事務所で行うというケースがほとんどでしょう。このような場合においては、報告や情報共有にクラウドツールを導入することによって現場と事務の情報共有をリアルタイム化する、といった効率化が考えられます。また、建設業界では施主~元請け~下請け~孫請けといった多重構造となっているため情報共有に工数が割かれています。状況の共有や修正等に関するコミュニケーションを施工管理アプリ等に置き換えれば、コミュニケーションコストの大幅なカットを実現することが可能となります。ただし、多重構造であるために、たとえ元請けの1社がDXを進めても効果は限定的です。そのため、自社だけで完結できる部分からスモールスタートしていく方向で考えていくのが良いでしょう。
4.IT投資と効果測定
こういったIT投資に関して、事前にどれほどの効果が期待できるかという検討はなされることが多いと思いますが、一方で投資した後の効果測定はしていないという企業も多いかと思います。IT投資の効果は簡単に数値化できないものも多く、その評価が難しい領域です。一般的に、財務指標と結び付けられるものは出来る限り財務指標を用いて測定します。ROIやIRR等を用いることが多いです。
ROIとは「Return On Investment」の略で、日本語では「投資収益率」や「投資利益率」と訳されます。投下した資本でどれだけの利益を生み出すことができたのかとパーセンテージで表す指標で、算定式は以下となります。
IRRとは「Internal Rate Of Return」の略で、日本語では「内部収益率」といいます。「投資によって得られる将来のキャッシュフローの現在価値と、投資額の現在価値が等しくなる割引率」といった説明がされますが、簡単にいうと“その投資で得られる利回り=利率”のことです。計算式は以下となります。
例えば100万円の投資を行い、1年後に得られる将来キャシュ・フローが110万円だったとします(2年目以降はキャッシュフローが発生しないと仮定します)。そうすると、キャッシュフロー総額110万円を10%で割引くと100万円となり、投資額100万円とイコールとなり、この投資のIRRは10%と計算されます。
上記のIRRの例はかなり単純化していますが、ROIと比較すると、IRRの計算にかかる手間はかかりやすいと言えるでしょう。計算の手間だけで言えばROIの方が取り組みやすいといえますが、ROIはIRRと違い貨幣の時間価値を考慮していないため、長期間にわたって影響のある投資判断には向いていないといわれます。
5.非財務指標を用いた効果測定の必要性
前項では投資判断で用いられることの多い代表的な財務指標をご紹介しました。しかし、実際にはIT投資の評価を行うにあたって財務指標に結び付けることができないものの方が多いかと思います。そういった場合は非財務指標としてBSC(バランス・スコア・カード)やSLA(Service Level Agreement)といった手法を用いて効果測定を行うことが一般的です。非財務指標を用いた効果測定の詳細については次回のコラムで詳しくみていきたいと思います。
ITは大型の有形固定資産などと異なり、5年、10年といった短いスパンで新たな技術が登場し、トレンドにも変化が出ます。その為、業界の変化や自社の実態に合わせ、IT環境の見直しや再投資も同様のスパンで必要になる可能性が高くなります。この時、過去のIT投資の効果測定が適切に行われていないと、どのくらいの期間で投資回収が出来るか、投資対効果がどれほどか、などの、次のIT投資の判断に役立つ情報が得られません。結果、次のIT投資のタイミングや金額を見誤ることに繋がるため、どのような手法であれ、自社の実態に合わせた投資効果の測定は必須と言っても良いでしょう。
6.おわりに
建設業だけでなく、あらゆる業界でITに投資することは避けられない時代になっています。元々IT対応が遅れている建設業界ですが、逆にこれから改善の余地が大きい業界であるともいわれています。事業者の規模によっては資本的にも人材的にも取り組むのが難しい面もありますが、今後の人手不足等を考えると何も対応しないのはむしろリスクがあると考え、積極的に取り組んでいただきたいと思います。
北海道大学経済学部卒業。公認会計士(日米)・税理士。公認会計士試験合格後、新日本有限責任監査法人監査部門にて、建設業、製造業、小売業、金融業、情報サービス産業等の上場会社を中心とした法定監査に従事。また、同法人公開業務部門にて株式公開準備会社を中心としたクライアントに対する、IPO支援、内部統制支援(J-SOX)、M&A関連支援、デューデリジェンスや短期調査等のFAS業務等の案件に数多く従事。2008年4月、27歳の時に汐留パートナーズグループを設立。税理士としてグループの税務業務を統括する。
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