ITに関する知識はあらゆる分野で求められています。ITの役割は、コスト削減など人を支援するところから、人と一緒にビジネスを動かすものへと変化してきました。
建設業界では市場が成長し続け、人手不足などの課題が深刻化しています。そうした課題解決の一助になる建設業のDXについて改めて確認するとともに、建設業界のIT予算やIT投資の目的について触れながら、進め方・準備についてお話しいただきました。
DXとは
建設業界の未来
人手不足は、建設業の深刻な課題の一つです。国土交通省は、令和元年10月に出した「建設業の働き方改革」において、2017年の建設業就業者数が498万人と、1997年のピーク時から約27%減少していることを示しました。建設投資額の推移では、新型コロナウイルス感染症の影響もありましたが、基本的には投資額増加・右肩上がりの成長を続けています。
橋やトンネル、歩道橋など多くのインフラの老朽化に伴い、点検の重要性が高まっていますが、技術者の数も経験も不足しています。人手不足解消のため大量雇用も一つの手段ですが、就業者数が減少している現状では、理想通りの採用は難しく、他の考え方をする必要があります。また2024年には、時間外労働時間の上限規制が始まります。デジタル技術によって業務プロセスを変革することで業務効率化を図り、人ができる仕事の量を増やす。こうした例が時間外労働時間の上限規制の問題解決の糸口になります。
出典:「『2025年の崖』を回避し、推進する建設業DX」セミナー資料より
DXとは
DXの認知度は、2018年に経済産業省が発表した「DXレポート」によって高まりました。レポートでは既存システムがブラックボックス化し、データを活用しきれていないことを指摘しています。
データを活用しきれない場合、市場の変化に柔軟に対応できず、デジタル競争の敗者になる可能性や、サイバーセキュリティトラブルによるデータの損失・流出などの危険性も高まります。これらの課題を克服できない場合、2025年以降に生じる年間最大12兆円の経済損失の可能性を2025年の崖として示しています。そのため、2025年までにシステム刷新を集中的に推進する必要があると述べています。
出典:「『2025年の崖』を回避し、推進する建設業DX」セミナー資料より
DXへの取り組み状況
IPA(独立行政法人情報処理推進機構)が発刊した『DX白書2021』(2021年10月)では、約6割の企業が何らかの形でDXに取り組んでいることが明らかになりました。多くの企業がDXに前向きであり、取り組む企業も急速に増えました。この背景には、新型コロナウイルス感染症の流行で市場が大きく変わり、従来型のビジネスだけを続けることは困難であると体験したこともあるでしょう。
経済産業省が2021年8月に発表した「DXレポート2.1」では、企業がDXの具体的な戦略を定め、着実に歩みを進めて行くに当たり、DX成功パターンを策定することが示されています。DXは変革を進めるための手段の一つに過ぎず、何をもって変革とするかは各社異なります。自社に合ったDXを行い、変革を実現することが必要です。
出典:「『2025年の崖』を回避し、推進する建設業DX」セミナー資料より
DXのステップ
DXに取り組むためには、段階を踏む必要があります。まずはデジタイゼーションです。デジタル化という場合、多くがこの範囲を指します。ITを利用してビジネスプロセスを変革し、効率化やコスト削減、付加価値の向上を実現します。ペーパーレス化、RPA活用などもこの段階に当たるため、比較的取り組みやすいステップです。
次に目指すのは、音楽の楽しみ方がCD購入からストリーミング利用へ変化したように、ITでユーザー体験やビジネスモデルを変革し、差別化競争力をつけるデジタライゼーションです。建設業界では、デジタルツインなどがこの段階に該当します。現実の構造物を仮想空間に再現し、保全予知を行うことなどが考えられます。DXはデジタライゼーションの先にある取り組みで、ITツールを入れただけでは到達できません。
建設業界のIT投資とレガシーシステム
国内企業のIT市場規模推移
国内民間企業のIT投資市場は右肩上がりを続けており、2021年度は前年度比2.8%増の13兆3,300億円と予測しました(矢野経済研究所『2021 国内企業のIT投資実態と予測』(2021年10月)。新型コロナウイルス感染症の流行でテレワークの環境を整えざるを得ず、投資が増加した側面もありますが、DXの必要性を認識した投資による基幹システムの刷新なども増えています。
出典:「『2025年の崖』を回避し、推進する建設業DX」セミナー資料より
業種グループ別 IT予算の増減
「企業IT投資動向調査報告書2021」(JUAS(一般社団法人 日本情報システム・ユーザー協会)(2021年3月))において、建築土木業のDI値はIT投資に積極的な金融業よりも大きな値でした。建築土木業のIT投資に対するポテンシャルは高く、意欲が非常に高いことが分かります。高齢化や労働力不足、技能継承の問題や図面など紙が多いこと、さらには人力作業に頼らざるを得ない状況が要因となり、現状の課題を変えたいと考える企業が増え、IT投資の増加につながっています。
出典:「『2025年の崖』を回避し、推進する建設業DX」セミナー資料より
IT予算の増加理由
増やしたIT予算はどこへ投資されているのでしょうか。2020年度・2021年度予測ともに、基幹システムの刷新とデジタル化に向けた対応が上位を占めました。まずは基幹システムを刷新し、デジタルを活用できる環境を整え、活用しています。多くの企業が将来の成長や競争力強化のために動き出しています。
DX推進を妨げる要因の一つとして、既存システムのブラックボックス化を挙げました。DXへの第一歩がデジタル化、デジタイゼーションです。2020年度1位が基幹システムの刷新、21年度予測1位がデジタル化に向けた対応というのは首肯できます。
出典:「『2025年の崖』を回避し、推進する建設業DX」セミナー資料より
レガシーシステムの問題点
自社システムがブラックボックス化すると、障害対応の遅延が発生します。レガシーシステムは他のシステムにも影響を与え、システム環境全体のパフォーマンスが低下します。さらにビジネス要件を満たせない可能性も出てきます。加えて、運用管理費が肥大化していきます。新しいテクノロジーとの相性も悪く、戦略的なICT投資を行うことが難しくなり、他社から後れを取ることも出てくるでしょう。仮にレガシーシステムのまま新しいテクノロジーに対応させようとすると、更にカスタマイズが積み重ねられ、複雑化が進みます。
こうしたことから脱却するために、多くの企業が基幹システムの刷新を検討しています。同等の新しいシステムに置き換えるケースもあれば、クラウド基盤に移し替えるケースもあります。他方で基幹システムは未導入というケースもあろうかと思います。
中堅・中小規模の建設業の課題に、リソースの確保や拡大、不要な業務フローやコストの削減、生産性拡大などが挙げられますが、これらを全社最適に向けたデータ利活用を実現させるのが基幹システムです。在庫管理や勤怠管理、採算管理など、特化したソフトを導入している企業もあると思います。この場合、例えば勤怠管理ソフトと原価管理ソフトでそれぞれ別のソフトを使うと重複入力や、入力漏れなどがどうしても起きてしまいます。また、入力の手間も倍かかります。間違えれば修正にさらに時間を取られ、業務横断的な情報連携ができているとは言えません。アナログな管理方法では、正確に把握することは困難です。そのため、情報の一元化を行うことで自社の発展可能性は大きくなります。実際に刷新した企業から、処理速度が速くなり、顧客からの評価も上がったという声もありました。基幹システムは、大企業のみが導入するものではありません。中堅・中小企業にも合った基幹システムもあります。ただ、システムを「刷新した」「導入した」だけでは業務改善につながりません。新しい方法に変わることに対し、心理的な負荷がかかることもあります。
システムの刷新・導入の目的を全社に浸透させ、全社で同じ目的と価値を共有していかなければいけません。あるDX成功企業がDXを進めるにあたり、一番力を注いだのはDXの目標設定だったという話がありました。全社横断でDXビジョンを作成し、戦略と価値観を同時並行して変更できたことがDX推進につながりました。また、別のDX成功企業は、経営トップのコミットメントが社内の空気の変化を生み、好循環につながったと話しています。費用対効果がわからず。基幹システムの導入刷新やデジタル化に躊躇してしまう企業もあると思います。ですが、このまま取り組まなければDXを活用する企業との差は歴然です。
建設業の業務で利用できるDXの技術は、タブレット、クラウド、VR、BIM/CIM、5G、ドローン、AI、360度カメラ、施工管理ツール、自動運転、ロボット、アシストスーツ、3Dプリンターなど、基幹システム以外にもたくさんあります。そのため、何を使うか、何のために使うか考える必要があります。
出典:「『2025年の崖』を回避し、推進する建設業DX」セミナー資料より
成功に向けた建設業DXの進め方
建設業DXの進め方
デジタル化の先にDXがあったように、DXにも段階があります。それぞれの企業ごとに答えがあるといっても、同業種・同規模の企業の取り組みを情報収集することも重要です。内容によっては、異なる業種や規模でも参考になる取り組みもあります。解決したい課題が複数あっても、まずは一つ成功を積み重ね、ある程度長い期間をかけて全社的なDXにつなげていく必要があります。関連企業の多い建設業界でDXを進めるためには、まず自社だけの導入でも成功体験を得られるもの、技術習得が容易なもの、という目線でゴールを設定し、スタートさせるということも重要なのではないかと思います。
DXを推進するための準備
現状分析をすると、無駄な業務であった可能性や、目的が不明確な業務が出てくるかもしれません。現状が不透明なまま解決策を考えると、解決策を誤り、効果が出ません。どのツールが良いか分からなければ検討課題として残し、ITベンダーに適切なツールを相談しましょう。ツール導入にあたっては、実際に使う人が便利であると実感できることが必要ですが、協力会社と共に行うことで効果が出る場合もあります。
ITベンダーによるDXサポートも充実し始めています。課題や問題点を整理できない場合は、アドバイザーになります。他社での事例をもとにしたアドバイスや、サポートを受けられることは非常に大きな力です。
DX推進でよく聞かれること
DXを推進するにあたり、DX専任組織が必要なのか、また効果測定についてよく尋ねられます。DX専任組織がなくてもDXは進められます。メイン担当者として決定権を持ち、現場を熟知して、できればITも多少は分かる人が一人いれば十分です。人が多いほど話がまとまらず、いつまでも前に進まないのはよくある話です。
成功体験を得るためには効果測定が欠かせません。ITツール導入時の課題に、効果測定ができないという声をよく聞きます。そのため、最初は分かりやすく、やりやすい効果測定を行うことが重要です。効果測定を提供しているITベンダーなどもあります。効果測定評価から改善活動計画策定まで行ってくれるので、思うように効果が出ないなどのケースでは利用してみるという手もあります。
さいごに
建設業界では、まだまだDXの恩恵を受けられる業界です。建築の場に企画・計画・設計・施工などと段階があるように、建設業界のDXにもデジタル化のための環境整備・情報のデジタル化、施工のデジタル化という段階があります。現状を確認しながらステップアップすることが大切です。
少しでもDXによる生産性向上を体験した企業は大きな変化を感じています。変化に対応できる企業と、そうでない企業に大きな差が出てきます。現在利用できる技術を使い、どのように業務を変えれば理想的な姿になるのか。今、まさに考え動き出すときです。これまでの業務を単にデジタル化するのではなく、ゼロベースで考えることがビジネスの変革につながります。
株式会社矢野経済研究所
主任研究員
小山 博子 氏
<講師プロフィール>
矢野経済研究所ICT・金融ユニットにて、エンタープライズITの分野で主にクラウドや3Dプリンタの調査研究に従事している。
■事業担当ドメイン
・通信/放送/ネットワーク
・情報サービス/ソリューション
・テクノロジ/デバイス
・エンタープライズ
■専門分野及び主なプロジェクト実績
・クラウド(アプリケーション/基盤)に関する市場動向調査
・デジタルトランスフォーメーション(DX)に関する市場動向調査
・3Dプリンタに関する市場動向調査
・CS調査
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